2021-01-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「真理の微笑」

三十六-2 そんな時だった、病室のドアをノックして、「ジャ、ジャ~ン」と言ってあけみが入ってきたのは。 そしてベッドに近寄ってくるなり、前回と同様に抱きついてきた。 今度はキスまでしようとした。「ねぇ、本当にあたしの事、わからないの」 私は頷…

小説「真理の微笑」

三十六-1 私は午前六時頃には目が覚めた。サイドテーブルに封筒が載っているのを見て、慌ててパソコン雑誌の間に挟んでテーブルの引出しにしまった。病院の窓口が開くのは午前九時だから、それまでは真理子に見つけられるわけにはいかなかった。真理子は朝…

小説「真理の微笑」

三十五 月曜日になった。 真理子が朝食後に顔を出し、午前九時前に会社に向かった。 午前中に、電気店から待望のラップトップパソコンなどが届いた。私は早速、業者に使えるように設置してもらった。壁の電話線の差し込み口から電話線をモデムの電話線の差し…

小説「真理の微笑」

三十四 真理子が買ってきてくれたアイスクリームはとても甘かった。しかし、それより真理子とのキスの方が遥かに甘かった。「事故を起こしてからのあなたは変わったわね」「そうか」「キスがうまくなったもの」「俺は変わっていないつもりだけど、もしそうだ…

小説「真理の微笑」

三十三-3 「ただ、次の商品企画になると、ちょっと……」「真理子では荷が重いか」「そうではありませんが、会議に加わってもわからないと思うので」「分かった。企画会議は真理子抜きでやっていい」「わかりました。社長から話していただけるんですね」「あ…

小説「真理の微笑」

三十三-2 午前十時前に高木は来た。「すまなかったね」 私はつい、掠れた声で言ってしまった。病室に入ってきたばかりの高木には、掠れた声は届かなかったようだ。「すまない」 私は掠れた声で何とか言った。上手く聞き取れなかったようだが、言っている事…

小説「真理の微笑」

三十三-1 朝食は半分残した。 食事が済むと薬を飲んだ。看護師が膳を片付けながら、薬を飲んだか確認した。 看護師がいなくなると電話機を見た。夏美に電話がしたかった。ただ、声が聞きたかった。しかし、何を話していいのか分からなかった。 夏美は、また…

小説「真理の微笑」

三十二 夕食を終えた。今日は土曜日だからリハビリはなかった。明日も日曜日だからない。 それよりも月曜日からの言語聴覚士との事が気になった。今は喉を痛めているが元のように話す事ができるようになるのか。そうすると声はどうなるのだろう。私は富岡で…

小説「真理の微笑」

三十一 真理子が戻ってくる前に看護師がやってきた。着替え用のパジャマを今日と明日の分の、合わせて二日分置いていった。明日が日曜だったからだ。その際、来週から言語聴覚士のところにも行く事になった事を伝えられた。どの程度話せるのか調べるのだと言…

小説「真理の微笑」

三十-3 電話で夏美と話したい事は、まだいっぱいあった。 辛くはないか。祐一はどうしている、学校には馴染んだか……。 そんな言葉が、次から次へと頭に浮かんだ。だが、そんな話をすればするほど辛くなっていくだけだった。今も、そしてこれからも夏美に会…

小説「真理の微笑」

三十-2 真理子が出て行くと、私はベッドサイドの電話機を取って、夏美の実家に電話をかけた。あいにく、義母が出た。私はすぐに電話を切った。少し待って、またかけた。また、義母が出た。また、すぐに電話を切った。 電話機をサイドテーブルに戻そうとした…

小説「真理の微笑」

三十-1 看護師が体温と血圧を測りに来るまで眠っていた。起きても、少し頭がぼうっとしていた。看護師が出て行くとベッドに横になった。そこでまた少し眠ってしまった。 午前八時に朝食が運ばれてきて、再び起きた。 朝食をとっている時、真理子がやってき…

小説「真理の微笑」

二十九 夜、ベッドに入ってもなかなか眠れなかった。昼間聞いた夏美の声が耳に残っていた。 真理子が病室に入ってこなければ、もっと夏美の声を聞いていただろう。私が話さなくても、夏美が話してくれさえすれば良かった。 明日になったら、また電話をしよう…

小説「真理の微笑」

二十八 真理子は苛立っていた。 話を聞いていくうちに、会社で浮き上がっている真理子が想像できた。 真理子は取締役の一人に名前を連ねているが、形式的なものに過ぎなかった。それが私が入院しているので、私の代理になろうとしたのだ。 しかし、会社組織…

小説「真理の微笑」

二十七 ベッドサイドのテーブルから富岡の手帳を取り、カバーを見た。裏側には名刺を挟めるような切り込みが七段あった。しかし、そこにはクラブやバーの名刺は一枚も挟まれていなかった。 表の方には、会員制のクラブのカードが何枚か挟まれていた。ゴルフ…

小説「真理の微笑」

二十六-3 「あなたの自宅は知っているから、今朝、張り込んでみたのよ」「なるほど」と私は感心した。女は見た目より賢かったのだ。「あなたの奥さん、赤いポルシェに乗っているでしょ。目立つからわかるの」 そうか、真理子は高級外車に乗っているのか。「…

小説「真理の微笑」

二十六-2 それからどれくらい時間が経っただろうか、三十分とは経っていなかったと思う。 突然、病室に若い、少しケバケバした女性が現れた。 私を見るなり、「修ちゃん、こんなところにいたの」と抱きついてきた。 私は彼女を引き離すと、「ちょっと、待っ…

小説「真理の微笑」

二十六-1 眠りの中で、億万長者になった夢を見ていた。祐一が広い家の芝生で遊び、その側に夏美がいた。夢の中では祐一は四、五歳ぐらいだったろうか。夏美は大学生の時のような若さだった。白いブラウスに白いスカートを着ていた。 夏の穏やかな日だった………

小説「真理の微笑」

二十五 刑事の事は気になったが、気にかけても仕方なかった。 しかし、すっかり忘れていた事だったが、茅野の駐車場に自分の車を止めていたというのは、あまり上手くはなかったと思った。もし、事故が起こらなくて、富岡が失踪したという事になったとしても…

小説「真理の微笑」

二十四 二人の刑事が出て行くと、「何あれ」と真理子は怒っていた。「その誰かの失踪とあなたの事故がどう関係があると言うのよ。邪推もほどほどにして欲しいわ」 真理子の怒りは当然だった。事故の事を訊きに来るのなら、まだしも、高瀬隆一の失踪について…

小説「真理の微笑」

二十三-2 そんな話をしている時、看護師が入ってきた。「今、警察の方が来ているんですけれど、お通ししていいでしょうか」 真理子は「またなの」と言った。「ええ」と看護師は応えた。 私は正直言えば帰ってもらいたかったが、事故の事など、知りたい事もい…

小説「真理の微笑」

二十三-1 次の日も午前中には真理子は姿を見せなかった。 昼食後、リハビリが始まった。 四階のリハビリルームに行くと、看護師が富岡修と書き込んで理学療法士を紹介した。「矢島です、よろしく」 まず手指の練習から入った。手首を回すところから始めて、…

小説「真理の微笑」

二十二 真理子が来るのが待ち遠しかった。 伝えたい事や、やって欲しい事はいくらでもあった。 今、来たら、まずカード型データベースの事を訊き始めるだろう。 だが、昨日の話は会社移転の事だった。今日、真理子はその事を会社の経理と営業に相談して、そ…

小説「真理の微笑」

二十一 会社移転となれば、形式的にでも取締役会と株主総会を開かなければならないだろう。 まだ、私には株主の事も、誰が取締役になっているのかさえも分からなかった。どんな会社組織になっているのかも把握していないのだ。これらの事は真理子を通して、…

小説「真理の微笑」

二十 昼過ぎに体温と脈拍を測りに来た看護師が「明日の午後、シャワーをしましょうね」と言った。「そこでですか」と、病室に備わっているシャワー室を見て言った。声はまだ上手く出せていなかったが、看護師も聞き取る事ができるようになっていた。「いいえ…

小説「真理の微笑」

十九 次の日、真理子は手帳と富岡のインタビュー記事が載った雑誌を持ってきた。「これでいい」と真理子が訊くので「うん」と頷いた。 その時、医師が入ってきた。ドアをノックしたのだろうが、気付かなかった。 昨日の採血とレントゲンの結果を伝えにきたの…

小説「真理の微笑」

十八-3 一階の売店は普通のコンビニとあまり変わりなかった。違っていたのは、ドラッグストアのように紙おむつや包帯などのようなものも数多く、何種類も売られている事だった。 私は角の書籍コーナーに連れて行ってもらって、雑誌を見た。パソコン雑誌は二…

小説「真理の微笑」

十八-2 キスをしたが、私の頭はさっきの事で占められていて、いつもよりは淡白だったかも知れなかった。真理子がちょっと変な顔をしたからだった。だが、気にしているわけにもいかなかった。「会社の方はどうだった」「大丈夫よ。うまく行っているわ」「そ…

小説「真理の微笑」

十八-1 病室に戻って考えた。 今までは、富岡を知る事を避けてきた。というよりも逃げていた。自分が殺した奴の事など知りたくもなかったからだ。忘れる事ができるなら、そうしたかった。 しかし、今日のような事があればどうする。相手を知らずして、どう…

小説「真理の微笑」

十七 真理子がいなくなると考える事しかできなかった。 松葉杖をついてある程度歩けるようになっても、ほとんどは車椅子の生活になる。そうなれば、真理子が側に付いてくるか、介護士が付き添う事になるだろう。とすれば、夏美と祐一の事が気にかかっても、…