小説「真理の微笑」

十八-3

 一階の売店は普通のコンビニとあまり変わりなかった。違っていたのは、ドラッグストアのように紙おむつや包帯などのようなものも数多く、何種類も売られている事だった。
 私は角の書籍コーナーに連れて行ってもらって、雑誌を見た。パソコン雑誌は二つしか置いてなくて、いくつかの週刊誌と一緒に買い物かごに入れた。
「これでいい」と真理子が訊くので、私は頷いた。レジで会計を済ませると病室に戻った。

 パソコン雑誌を開くと、目次の次には、トミーソフト株式会社のワープロソフトの広告がバーンと大きく見開きで出ていた。真理子が後ろから覗き込むように見ていた。
「凄いでしょう」という声とともにいい匂いが漂ってきた。何もかも忘れたくなった。
 本来なら(株)TKシステムズの広告として、ここにそのソフトが載っているはずだった。でも、今ここに載っているのはそうじゃない。トミーソフト株式会社のものとして載っている。ここの場所に広告をうつのは、(株)TKシステムズの夢だった。しかし、それは叶わなかった。もはや、永遠に叶わない夢になってしまった。
 だが、一方、表面的に見れば、皮肉な事に私は成功者になっていた。だから、何も考えなければ、その成功者として、私は私の果実を受け取ってもいいはずだった。美しい妻を抱き寄せて、その成功に浸れば済む話だった。
「何を考えているの」
 真理子が後ろから、私の首に腕を巻き付けるようにしながら訊いた。
 私は今考えていた事を振り払い、パラパラとパソコン雑誌のページをめくった。トミーソフト株式会社が売り出したワープロソフトの記事が多くを占めていた。
「こんなにも載っている」と見せると「そうね」と真理子は言った。
 トミーソフト株式会社の広告は今までも見てきた。しかし、雑誌の最後の方に載せているのが関の山だったはずだ。
 トミーソフト株式会社が売り出したワープロソフトの正式名称は「TS-Word」だったが、誰がそう言い出したかは分からないが、すでにトミーワープロで通用していたし、もはやそう呼ばれていた。特集記事も「トミーワープロのすべて」と銘打たれていた。TS-Wordはトミーワープロの横に括弧書きで添えられていた。もう一冊のパソコン雑誌もトミーワープロを特集していた。私が入院している間に、トミーワープロはビジネスソフトのトップの座を駆け上がっていたのだった。
 パソコン雑誌の記事の中にも、私が事故を起こして入院中だという事が書かれていた。書かれてはいたが大した内容ではなかった。
 本当は週刊誌の方が読みたかったが、それは真理子のいるところではやめた。自分の事故の後追い記事を捜している事は、真理子には決して気付かれたくなかったのだ。