2023-08-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか? 7」

六 買物に浅草に来ていた。頼まれた物は、まだ買ってはいなかったが、取りに行けばいいだけだった。おやつの饅頭だったのだ。 時間があった。店々を見て歩いていた。そのうちに、染料屋に入り込んでいた。 朱色の染料に目が奪われた。それが溶かれた水は、ま…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

五 風車の筆学所はますます評判を上げていった。風車はその風貌とは異なり、人柄が良かったからだ。そして、先生向きだった。教えることが好きだったのだ。 教え子が増えるにつれ、離れにも長い座卓が置かれるようになったので、みねの身の回り品は、女中部…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

四 次の日から、昼餉はいらないと言って、遠出をするようになった。飯田橋の辺りを歩き回っていたのだ。そして、ついに、二宮権左衛門の屋敷を見付けた。大きな屋敷だった。 寺も近くにあった。 この屋敷に、二宮権左衛門がいる時に襲えば、仕留められる。そ…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

三 風車の筆学所は、盛況だった。教え子がすでに三十人を越えていた。教える場所のキャパシティも超えていたので、昼餉までの部(午前の部)と昼餉からの部(午後の部)とに分けて教えていた。相手の理由で毎日来られない子もいた。それらの子は、授業料を按…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

二 修太郎と修二郎は、朝餉の済んだ巳の刻(午前九時から十一時頃)の少し前に来た。 風車は、二人を表座敷に上げ座布団に座らせ、座卓の前に着かせた。彼らの横に風車が座ることになった。 硯などは、今日二人が来ることを予想して用意して置いた。両国に買…

小説「僕が、剣道ですか? 7」

僕が、剣道ですか? 7 麻土 翔 一 秋も過ぎ、寒さが増してきた頃だった。 みねは、年若いきくをたてて、二人は仲良く炊事をしていた。 もうすぐ朝餉だった。 みんなが、卓袱台の前に座った。僕が「頂きます」と言うと皆が「頂きます」と言って箸を取った。 …

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三十六 料亭を出ると、夜風が気持ちよかった。 少量の酒だったが、何だか酔った気分になった。 風車はみねと手を繋いでいた。 僕はききょうを抱いていたので、それはできなかった。代わりに、きくが頭を預けてきた。それは少しの間だけだったが。 ききょうは…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三十五 船着き場に着いた。 風車は、みねの手を取りながら、桟橋に降りた。 舟は空いていた。 二艘使うことにした。 一つの舟には、風車とみねを乗せた。そして、もう一艘の舟に僕と行李を担いでいる小僧が乗った。 向こう岸には、すぐに着いた。 舟から下り…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三十四 その日が来た。 朝早くに目が覚めた。風車も同じだったろう。 昨日に増して、風車は落ち着きがなかった。それは当然だった。 僕も、朝餉を食べたが、何を食べたか覚えてはいなかった。 午前中に使いの者が来るはずだったが、それを待つのが長かった。…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三十三 鈴蘭こと、みねの迎えに行く前日になった。もう準備はおおよそ整っていた。足りない部分は、おいおい揃えていけばいい。 朝から風車は落ち着かなった。 「明日ですよ、明日」と僕が言っても、耳に入らないようだった。 今日は夕方に着物を呉服店に取…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三十二 風車と風呂に入った。 「後、四日ですね」と僕が言った。 「ええ、それでわたしの人生も変わります」と風車が言った。 「いい方に変わりますよ」と僕が言った。 「そう、信じています」 「明日はどうされますか」と訊いた。 「おみねの布団を買おうと…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三十一 家に戻ると、きくに饅頭と魚を渡しながら、今日のことを話した。 「そうでしたか。大変でしたね」と言った。 「身請けの後に祝宴もしてあげようと思うのだがどうだろう」と言った。 すると、「祝宴は両国のどこか料亭を借りて行えばいいんじゃありま…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三十 風車は、歩くのに支障がなくなってからは、遠くまで歩いて行った。歩くことから躰を鍛え始めていたのだった。 畑の草取りもしてくれた。 そして、怪我を負ってから一月が経った。僕は医者ではないから、風車の躰がどうなっているかは分からなかった。ま…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十九 風呂は風車と入った。 風車の足腰がまだしっかりしていなかったことと、前の習慣からだった。ただ、ききょうが一緒に入れないことに駄々をこねた。 駄々をこねるききょうに、「そんなに私と入りたかったか」と訊いたが、言っていることは分からなかっ…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

次回は、8月25日金曜日にアップの予定です。

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十八 風車の躰の傷は、日を増すごとに良くなっていった。 そして、食欲も出て来た。まだ風呂には、入れないので、僕が一日置きに、風呂を焚いた時の湯で、躰を拭いた。下の方は自分で拭いていた。着替えもその時に行った。 こうして、半月ばかりが過ぎた。…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十七 風呂はききょうと入った。 風呂上がりに、新しく購入してきたおむつを当ててみた。タオルとは感触が異なったが、こちらの方がおむつとしてしっくりときた。おむつカバーをして、湯上がり用の着物を着せて、湯屋を出た。 風車は当分、風呂には入れなか…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十六 僕は道場内の床に座ると、襷(たすき)を借りた。着物の袖を襷にしまった。 そして、木刀も選んだ。中が空洞のものを渡されても困るからだった。振ってみて、手にしっくりした物を選んだ。 そして、そっと腰から二本差を取る時に、定国を握った。定国…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十五 朝餉を済ませると、身支度をした。 余所行きの着物を着た。こんなときに着るとは、思わなかった。 奥座敷に行き、床の間から定国を手にすると、本差と脇差を帯に差した。 玄関の土間に行くと、上がり口から、草履を履いた。 きくが「ご武運を」と言っ…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十四 離れから、きくが離れたところで時を止めた。 奥座敷に行き、あやめを呼んだ。 「風車様のことですよね」とあやめは言った。 「そうだ。うなされているようだが、何を思い浮かべているのか、あやめには分かるか」と訊いた。 「行ってみなければわかり…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十三 次の日も風車は帰ってこなかった。 その翌日、朝餉の後に両国に向かった。約束したおむつを取りに行くためだった。代金を払って、おむつを受け取ると大きな風呂敷、二つに包んでくれた。大きな方を背負って、もう一つはぶら下げて店を出た。 その後で…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

次回は、8月22日火曜日にアップの予定です。

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十二 翌日、風車は早速、吉原に行った。 十両持っているとしたら、明日も帰ってこないだろう。 きくが「風車様はどうされたのでしょう」と訊いたが、僕は答えられなかった。 畑では、キュウリの芽が苗になり、大きくなっていた。添え木を埋め込んだ。それ…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十一 六日間、風車は吉原から戻ってこなかった。 僕はその間、畑仕事をした。いや、畑仕事らしきことをした。植えたキュウリの種からは、僅かに芽が出ていた。それが順調に育つのかどうかは分からなかった。茄子の苗は育ってきたので、添え木をした。 風車…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二十 夕餉の後、一局碁を打った。二子局だった。しかし、心ここにあらずの風車は惨敗した。 ハンディなしで打ったが、僕が中押し勝ちした。こんな風車と碁をしていても面白くはなかった。 風車は早くに離れに行った。吉原の遊女の記憶に浸ろうとしているかの…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十九 僕は久しぶりに定国を取り出して、中庭の畑ではないところで素振りをしていた。 野菜売りがやってきて、きくが何やら買っていたようだった。 僕は一汗をかくと、井戸から水を桶に汲んで、着物の上半身を脱ぐと手拭いで拭いた。 その時に、昼餉ができた…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十八 船着場に行き、船賃を払い、他の客と一緒に舟に乗った。 向う岸に着くと舟を降り、川岸に上がった。 川の向こうは浅草だった。 吉原は浅草寺の裏手にあった。粋な旦那衆に会った。 僕は門を潜り、高木屋を探した。見付けると、中に入った。女将が出て来…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十七 昼餉が済むと、明らかに風車はそわそわしていた。 「どうしたのかしら、風車殿はあまり食べませんでしたね」ときくが言った。いつもなら、大盛りのご飯をお代わりするのに、今日は普通に盛ってもらうように言い、お代わりをすることはなかった。 吉原の…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十六 風呂に入る時間まで、僕は眠っていた。 きくから渡された浴衣を見た。御札は貼ってなかった。きくはもう幽霊は切られたものだと信じ切っていたようだった。 風呂場では、風車は機嫌が良かった。躰を洗いながら、故郷の歌を歌っていた。 「故郷はどこで…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十五 昼餉にききょうのお粥を作っているつもりだった。そのお粥に卵を落として、ききょうの分を取り分けた後で、醤油で味付けしたら美味しかったので、僕も食べた。ききょうも取り分けた分は沢山食べた。少しだけ、僕の分も混ぜて食べさせた。 昼餉をとらせ…