2022-12-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「真理の微笑」

次回は、来年1月10日火曜日にアップの予定です。

小説「真理の微笑」

三十三 朝食は半分残した。 食事が済むと薬を飲んだ。看護師が膳を片付けながら、薬を飲んだか確認した。 看護師がいなくなると電話機を見た。夏美に電話がしたかった。ただ、声が聞きたかった。しかし、何を話していいのか分からなかった。 夏美は、また「…

小説「真理の微笑」

三十二 夕食を終えた。今日は土曜日だからリハビリはなかった。明日も日曜日だからない。 それよりも月曜日からの言語聴覚士との事が気になった。今は喉を痛めているが元のように話す事ができるようになるのか。そうすると声はどうなるのだろう。私は富岡で…

小説「真理の微笑」

三十一 真理子が戻ってくる前に看護師がやってきた。着替え用のパジャマを今日と明日の分の、合わせて二日分置いていった。明日が日曜だったからだ。その際、来週から言語聴覚士のところにも行く事になった事を伝えられた。どの程度話せるのか調べるのだと言…

小説「真理の微笑」

三十 看護師が体温と血圧を測りに来るまで眠っていた。起きても、少し頭がぼうっとしていた。看護師が出て行くとベッドに横になった。そこでまた少し眠ってしまった。 午前八時に朝食が運ばれてきて、再び起きた。 朝食をとっている時、真理子がやってきた。…

小説「真理の微笑」

二十九 夜、ベッドに入ってもなかなか眠れなかった。昼間聞いた夏美の声が耳に残っていた。 真理子が病室に入ってこなければ、もっと夏美の声を聞いていただろう。私が話さなくても、夏美が話してくれさえすれば良かった。 明日になったら、また電話をしよう…

小説「真理の微笑」

二十八 真理子は苛立っていた。 話を聞いていくうちに、会社で浮き上がっている真理子が想像できた。 真理子は取締役の一人に名前を連ねているが、形式的なものに過ぎなかった。それが私が入院しているので、私の代理になろうとしたのだ。 しかし、会社組織…

小説「真理の微笑」

二十七 ベッドサイドのテーブルから富岡の手帳を取り、カバーを見た。裏側には名刺を挟めるような切り込みが七段あった。しかし、そこにはクラブやバーの名刺は一枚も挟まれていなかった。 表の方には、会員制のクラブのカードが何枚か挟まれていた。ゴルフ…

小説「真理の微笑」

二十六ー2 しばらくして、医者と看護師がやってきた。医者が私の胸に聴診器を当てた。やがて聴診器を首にぶら下げて「心配いりません。胸の音は綺麗です」と言った。 「そうですか。ご心配をおかけしました」と言うと、「いいんですよ。気になったらいつで…

小説「真理の微笑」

二十六ー1 眠りの中で、億万長者になった夢を見ていた。祐一が広い家の芝生で遊び、その側に夏美がいた。夢の中では祐一は四、五歳ぐらいだったろうか。夏美は大学生の時のような若さだった。白いブラウスに白いスカートを着ていた。 夏の穏やかな日だった……

小説「真理の微笑」

二十五 刑事の事は気になったが、気にかけても仕方なかった。 しかし、すっかり忘れていた事だったが、茅野の駐車場に自分の車を止めていたというのは、あまり上手くはなかったと思った。もし、事故が起こらなくて、富岡が失踪したという事になったとしても…

小説「真理の微笑」

二十四 二人の刑事が出て行くと、「何あれ」と真理子は怒っていた。 「その誰かの失踪とあなたの事故がどう関係があると言うのよ。邪推もほどほどにして欲しいわ」 真理子の怒りは当然だった。事故の事を訊きに来るのなら、まだしも、高瀬隆一の失踪について…

小説「真理の微笑」

二十三 次の日も午前中には真理子は姿を見せなかった。 昼食後、リハビリが始まった。 四階のリハビリルームに行くと、看護師が富岡修と書き込んで理学療法士を紹介した。 「矢島です、よろしく」 まず手指の練習から入った。手首を回すところから始めて、そ…

小説「真理の微笑」

二十二 真理子が来るのが待ち遠しかった。 伝えたい事や、やって欲しい事はいくらでもあった。 今、来たら、まずカード型データベースの事を訊き始めるだろう。 だが、昨日の話は会社移転の事だった。今日、真理子はその事を会社の経理と営業に相談して、そ…

小説「真理の微笑」

二十一 会社移転となれば、形式的にでも取締役会と株主総会を開かなければならないだろう。 まだ、私には株主の事も、誰が取締役になっているのかさえも分からなかった。どんな会社組織になっているのかも把握していないのだ。これらの事は真理子を通して、…

小説「真理の微笑」

二十 昼過ぎに体温と脈拍を測りに来た看護師が「明日の午後、シャワーをしましょうね」と言った。 「そこでですか」と、病室に備わっているシャワー室を見て言った。声はまだ上手く出せていなかったが、看護師も聞き取る事ができるようになっていた。 「いい…

小説「真理の微笑」

十九 次の日、真理子は手帳と富岡のインタビュー記事が載った雑誌を持ってきた。 「これでいい」と真理子が訊くので「うん」と頷いた。 その時、医師が入ってきた。ドアをノックしたのだろうが、気付かなかった。 昨日の採血とレントゲンの結果を伝えにきた…

小説「真理の微笑」

十八 病室に戻って考えた。 今までは、富岡を知る事を避けてきた。というよりも逃げていた。自分が殺した奴の事など知りたくもなかったからだ。忘れる事ができるなら、そうしたかった。 しかし、今日のような事があればどうする。相手を知らずして、どう対応…

小説「真理の微笑」

十七 真理子がいなくなると考える事しかできなかった。 松葉杖をついてある程度歩けるようになっても、ほとんどは車椅子の生活になる。そうなれば、真理子が側に付いてくるか、介護士が付き添う事になるだろう。とすれば、夏美と祐一の事が気にかかっても、…

小説「真理の微笑」

十六 「今日は、午後二時頃だと思いますが採血があり、その後レントゲンを撮ります」 そう看護師が言って、膳を持って出ていった。 朝食が済んだ後に、車椅子が運ばれてきて、二人がかりで車椅子に座った。 病室から出るのは初めてだった。車椅子に乗り、六…

小説「真理の微笑」

十五 次の日、体温と脈拍を測りに来た看護師に起こされた。午前七時を少し過ぎた頃だった。 昨夜は何時に眠ったのだろうか。窓の外が明るくなり出した頃だった記憶がある。 夢の中で、私は夏美や祐一と食卓で歓談していた。たわいもない話だった。たわいもな…

小説「真理の微笑」

十四ー2 その様子を見ていた真理子は、顔を近づけると「凄いわね。なんだか、前より鋭くなった感じ」と言って、今度も真理子の方から唇を重ねた。 私はその柔らかい唇の感触を楽しんだ。そして、私は舌を真理子の口に入れた。その瞬間、真理子はちょっと驚…

小説「真理の微笑」

十四ー1 真理子が帰っていった後は、不思議な気持ちでいっぱいだった。 自分は真理子を好きになっている。いくら否定してもこれはもう確実な事だった。あのキスがそれを決定的にした。しかし、相手は自分が殺した男の〈妻〉だった。 一方、(株)TKシステ…

小説「真理の微笑」

十三 自分の顔を見るのが嫌だった。三十数年培ってきた感覚からしても、元の方がましだったと思えるのに、殺した人間の顔になるなんて最低だった。これから先は、いつも鏡という、そこら中にある恐怖に脅かされながら、暮らさなければならないのだ。窓ガラス…

小説「真理の微笑」

十二 後で特別個室であると知ったが、看護師が入ってきて、「お名前を言ってください」と言った。私は富岡と言おうとしたが、うまく声が出せなかったので、真理子が代わって「富岡修です」と言った。 「では、検温しましょう」と、年輩の看護師は体温計を振…

小説「真理の微笑」

十一 私は富岡を殺した後、その死体を彼の車のトランクに入れて別荘から離れた場所に埋めるつもりだった。リュックには折りたたみのスコップを入れていた。都内の自宅とはおよそ離れた所にある量販店で買い入れたものだった。今度の計画に必要なものはすべて…

小説「真理の微笑」

十 山頂近くは霧深かった。車は麓の人気ない駐車場に止めておいて、バスで途中まで来てから、あとは徒歩で彼の別荘に向かった。初めから殺害計画を持っていたので、車で直接彼の別荘に向かうのは避けた。 人造湖を見おろす位置に建つ別荘はすっかり霧に包ま…

小説「真理の微笑」

九 病院に現れた北村の奥さんはまだオムツの取れない赤ん坊を抱いていた。おんぶひもに支えられて指をしゃぶりながら眠る男の赤ちゃんを見ていて、祐一の赤ん坊時代を思い出していた。八年前の私は、大手の子会社のソフトウェアの会社で働いていた。同世代の…