2019-10-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか?」

三十七 次の朝、道場に行くと相川と佐々木を呼んだ。そして、これから城中に向かうことを伝えた。「無事、帰ってこられるかは、分からない」「そんな」と相川も佐々木も驚いた。「そこで、道場の後のことは二人に任せた」「急にそんなことを言われても」と相…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十六 数日間は何事もなかったが、その日の夕餉に佐竹が「鏡殿、明後日、登城せよ、との命が大目付様よりありました」と言った。 島田源太郎が「何用であろう」と佐竹に訊いたが、佐竹も「さぁ」と言うばかりであった。 だが、僕だけは分かっていた。大目付…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十五 たえと会った数日後のことだった。 午後三時に道場の者たちを帰らせた後、城から使いの者が来て、僕に登城せよ、と言ってきた。時刻が時刻なだけに不審に思ったが、その者に付いて城に向かった。 近道をしようということになって、林のある道を抜ける…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十四 三日目が来た。 勝ち残った者たちが集まっていた。 対戦相手が、相川より読み上げられていった。 偵察隊の試合は、午前中に集中させた。 まず、昨日、木刀を下段に構え、さらに床に木刀が着くぐらいまで下ろした者と、つばぜり合いのすぐ後に下段に構…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十三 二日目は、残りの百組の選抜試験が行われた。 四組目までは順調に選抜試験は進んでいた。五組目に現れた浪人風情の者がくせ者だった。相手はまだ十五歳ほどの少年と言っていい若さだった。その浪人者は、「始め」の後、正眼に構えるところを下段に構…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十二 十五の日にもらった名簿には、二百五十人が記名されていた。 そして、選抜試験の当日に集まったのは、さらに五十二人で、道場の者の相川と佐々木を除く者も含めると四百人が戦うことになった。 二人一組なので、二百組の対戦となる。それを勝ち抜いた…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十一 六曜に一度の、相川と佐々木の稽古も、一と十五の日の堤道場を訪れるのも変わりなく、冬を迎え、中頃になってきた。十一月には、選抜試験があるというので、道場の門弟も気合いが入っていたし、一と十五の日に訪れる堤道場の稽古の気合いの声も荒々し…

小説「僕が、剣道ですか?」

三十 僕は、慣れない筆と紙で、状況を整理してみた。 今の藩主は病弱だが、側女に二歳になったばかりの男子がいる。しかし、二歳の男子では藩政は司れないから、それをやるのは、後ろ盾になっている側用人と大目付に四人の目付だ。それに対して、藩主の次男…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十九 城から屋敷まで付けてくる者がいた。襲ってくる気配はなかったので、放っておいた。 風呂に入り、夕餉の時に島田源太郎や佐竹に今日の詮議について、話して聞かせた。「大目付がそんなことを言っておったか」「城内にいる御家老の身が心配です。島田…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十八 次の日の午前中、城より使いの者が来て、大目付より鏡京介に質疑があるとの伝言が伝えられた。 鏡京介は、城に上がる支度をきくにしてもらい、伝言を伝えに来た者と一緒に登城した。 殿中に入る前に、若侍に刀を渡し、控えの間に通された。 襖が開け…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十七 朝、道場に行けば、小手の次に胴、突きそして面の打ち方を教えた。そのうちに、連続技も教えるつもりだった。 一の日が来たので、僕は堤道場に行った。 たえが門の所で待っていて、「家に寄っていきますか」と言うので、「道場の稽古風景を見学させて…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十六 朝餉の後、道場に行くと、前進しながらの素振りをしていた。数日の間に、皆の動作が素早くなっていた。 相川と佐々木を呼んだ。「お前たちは掛かり稽古をしろ」 二人は掛かり稽古の意味がわからないようだったので、説明をした。元立ちといわれる者に…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十五 相手の数は増えてきていた。「鏡殿」と佐竹が言った。「ご心配、無用。まだ、数が足りていません」「そんなことを言っても、もう十人はいますぞ」「十人は、一人と同じことです。全員を成敗しなければ、この先、やっかいごとは続くでしょう」「でも相…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十四 翌日、道場に行くと、どこで知り得たのか、龍音寺の噂で持ちきりだった。 噂話はだいぶ大袈裟になっていた。こういう話は大袈裟に伝わるものなのだろう。 僕がいくら修正しようとしても、余計に悪くなっていった。 午後になって、家老が横手門の前で…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十三 朝餉の後は、家老はすぐに城に戻っていった。 僕は島田源太郎に、きくを連れて町に出てもいいか、尋ねた。「昨日の父の話を気にしているのか」と訊かれた。「そういう訳ではありません」と答えたが、家老の嫡男だけあって、なかなか鋭いなと思った。…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十二 道場は活気づいていた。百人を二組に分けて、一日置きに五十人ずつが道場に稽古に来ていた。 選抜試験をしたためか、緊張感があった。 彼らは素振りの練習をしていた。場所がないため、同じ位置にいての打ち下ろしだった。 僕は、一度、練習を止めさ…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十一 二週間ほどが経った。十五の日が来た。道場が休みの日だった。 僕は一人で町に出た。 堤道場がどうなっているのか、見てみたいと思ったのだった。 道場の近くに来ると、中から稽古をしている音が聞こえてきた。門の所に立っていると、たえが来た。「…

小説「僕が、剣道ですか?」

二十 次の日、道場に行くと、勝ち残った百十七人が揃って待っていた。 僕は神棚に一礼をして、その下に座った。「これから言うことをよく聞いてくれ。選抜試験は、今回一回きりではない。三ヶ月に一回行う。次からは今、道場にいる者も試験を受けてもらう。…

小説「僕が、剣道ですか?」

十九 次の日も選抜試験は、朝早くから始まっていた。今日で一通りの対戦は終わる。それでも百十七人が残る。 明日は道場は休みの日だから、明後日はその百十七人が戦う。それでもその日に入門者は決まらない。翌日、もう一度戦って、ようやく入門者が決まる…

十八 朝餉の後に道場に行くと、もう人が集まっていた。 僕が道場に入ると「選抜試験はまだですか」と質問された。「今しばらく、待て」 一番年長の者を呼び、「何人ぐらい集まっている」と訊いた。「二百人ぐらい集まっています」「昨日の倍じゃないか」「選…

十七 祝宴が始まる前に風呂に入った。そして、祝宴に着て行く着物をきくに着せてもらった。 まもなく祝宴が始まった。 僕が最後に入っていき、家老の嫡男、島田源太郎の隣に座らされた。その時には盛大な拍手とかけ声が沸き起こった。 きくはその声と拍手の…

十六 早朝だった。 昨夜もきくとは交わらなかった。ただ、抱いて眠りはした。 きくはまだ眠っていた。起こさないように、きくから離れた。 立ち上がると躰が軽い。 毒の影響はすっかり無くなっていた。 障子を開けて廊下に出ると、まだ月は低く浮かんでいた…

十五 前の晩はきくと口づけをしただけで眠った。 きくを抱けるほど躰は回復していたわけではなかった。 しかし、朝起きると、自分で半身を起こせるだけでなく、まだ少しふらついてはいたが、立ち上がることもできるようになっていた。 きくがそんな僕を見て…

十四 きくと二人だけになるとホッとした。 横になろうとした時に股間がもごもごするので、手を当ててみた。おむつをしていた。 三日三晩、意識を失っていたのだから、下の世話は大変だったろうと思った。「済まなかったね」と呟いていた。「何ですの」ときく…

十三「先生」と看護師が言った。「どうした」「血圧がどんどん低下しています」「何」 医師は聴診器を僕の胸に当てた。そして「血液、採取」と叫んだ。 看護師は血液を採取する道具を取りに病室から出て行った。 その間に医師が「面会人は病室から出て行って…

十二 あの老人の言うように躰を動かすことができなくなったわけではなかったが、動きが緩慢になったのは事実だった。何としても催眠術を解かなくてはならなかった。 このままでは戦えなかった。 僕は、とにかく身を隠す場所を探した。 庖厨に出たので、その…

十一 荒れ寺が遠くに見えてきた。 先発隊が偵察に行ってきたところ、連中は起きてきたばかりのようで、全員かどうかは分からないが、ほとんどの者が寺の中にいるらしいということだった。 ここからは静かに近寄っていかなければならなかった。 もう少し近寄…

十 夕餉の時に、明日の盗賊討伐の話を島田源太郎にした。 早朝出発することも伝えた。「わかった。大変だろうが、くれぐれも頼み申す」と頭を下げられた。「失敗はしません」と答えた。何の勝算もあるわけではなかった。 その夜は激しかった。きくが声を上げ…