2023-01-01から1年間の記事一覧

小説「真理の微笑」

次回は、2024年1月9日火曜日にアップの予定です。

小説「真理の微笑」

四十四 九月の二十九日は、高瀬である私の誕生日だった。 毎年、私の好きなショートケーキを夏美が買ってきてくれて、祐一と三人でお祝いをした事を思い出した。だが、今はベッドの上で一人夕食を食べている。 十月になった。 しかし、猛暑は続いていた。た…

小説「真理の微笑」

四十三 リハビリを終えて病室に戻った時だった。 お腹が少しばかり膨らんでいるのが目立つ女性が、そのお腹を突き出すように椅子に座っていた。薄化粧の目鼻立ちのはっきりした女性だった。髪はセミロングでパーマをかけていた。淡いブルーのマタニティドレ…

小説「真理の微笑」

四十二 一週間が過ぎた。 月曜日の午前中に、教授回診があって、それぞれの担当医が教授に説明をしていた。私の内臓の数値は、良くなってきてはいるが、まだ高いという事だった。特に腎臓と肝臓がまだ悪いようだった。心電図は安定しているという事だった。…

小説「真理の微笑」

四十一 午前七時に看護師に起こされるまで眠っていた。体温と血圧を測っていった。 午前八時に食事を済ませると、ラップトップパソコンを取り出した。昨日、真理子が持ってきたソフトをインストールし、自分が使いやすいようにカスタマイズした。 そのうち、…

小説「真理の微笑」

三十九 次の日、真理子が来て会社に行った後、午前十時頃に西野と遠藤が来た。昨日、伝えた事を内山に言ったのだろう。 二人を枕元に引き寄せて、まだ上手く話せない事を伝えてから「カード型データベースソフトの件なんだけれど」と切り出した。二人は私の…

小説「真理の微笑」

三十七 昼食をとった後、午後二時からリハビリを行った。今日は平行棒に掴まって立つ練習をした。足腰が弱っているので、十回も繰り返すと息があがった。 理学療法士は決して否定的な事は言わない。 「いいですよ。今日はこれで十分です。だんだん慣れていき…

小説「真理の微笑」

三十六 私は午前六時頃には目が覚めた。サイドテーブルに封筒が載っているのを見て、慌ててパソコン雑誌の間に挟んでテーブルの引出しにしまった。病院の窓口が開くのは午前九時だから、それまでは真理子に見つけられるわけにはいかなかった。真理子は朝食時…

小説「真理の微笑」

三十五 月曜日になった。 真理子が朝食後に顔を出し、午前九時前に会社に向かった。 午前中に、電気店から待望のラップトップパソコンなどが届いた。私は早速、業者に使えるように設置してもらった。壁の電話線の差し込み口から電話線をモデムの電話線の差し…

小説「真理の微笑」

三十四 真理子が買ってきてくれたアイスクリームはとても甘かった。しかし、それより真理子とのキスの方が遥かに甘かった。 「事故を起こしてからのあなたは変わったわね」 「そうか」 「キスがうまくなったもの」 「俺は変わっていないつもりだけど、もしそ…

小説「真理の微笑」

三十三 朝食は半分残した。 食事が済むと薬を飲んだ。看護師が膳を片付けながら、薬を飲んだか確認した。 看護師がいなくなると電話機を見た。夏美に電話がしたかった。ただ、声が聞きたかった。しかし、何を話していいのか分からなかった。 夏美は、また「…

小説「真理の微笑」

三十二 夕食を終えた。今日は土曜日だからリハビリはなかった。明日も日曜日だからない。 それよりも月曜日からの言語聴覚士との事が気になった。今は喉を痛めているが元のように話す事ができるようになるのか。そうすると声はどうなるのだろう。私は富岡で…

小説「真理の微笑」

三十一 真理子が戻ってくる前に看護師がやってきた。着替え用のパジャマを今日と明日の分の、合わせて二日分置いていった。明日が日曜だったからだ。その際、来週から言語聴覚士のところにも行く事になった事を伝えられた。どの程度話せるのか調べるのだと言…

小説「真理の微笑」

次回は、12月25日月曜日にアップの予定です。

小説「真理の微笑」

三十 看護師が体温と血圧を測りに来るまで眠っていた。起きても、少し頭がぼうっとしていた。看護師が出て行くとベッドに横になった。そこでまた少し眠ってしまった。 午前八時に朝食が運ばれてきて、再び起きた。 朝食をとっている時、真理子がやってきた。…

小説「真理の微笑」

二十八 真理子は苛立っていた。 話を聞いていくうちに、会社で浮き上がっている真理子が想像できた。 真理子は取締役の一人に名前を連ねているが、形式的なものに過ぎなかった。それが私が入院しているので、私の代理になろうとしたのだ。 しかし、会社組織…

小説「真理の微笑」

二十七 ベッドサイドのテーブルから富岡の手帳を取り、カバーを見た。裏側には名刺を挟めるような切り込みが七段あった。しかし、そこにはクラブやバーの名刺は一枚も挟まれていなかった。 表の方には、会員制のクラブのカードが何枚か挟まれていた。ゴルフ…

小説「真理の微笑」

二十六 眠りの中で、億万長者になった夢を見ていた。祐一が広い家の芝生で遊び、その側に夏美がいた。夢の中では祐一は四、五歳ぐらいだったろうか。夏美は大学生の時のような若さだった。白いブラウスに白いスカートを着ていた。 夏の穏やかな日だった……。 …

小説「真理の微笑」

二十五 刑事の事は気になったが、気にかけても仕方なかった。 しかし、すっかり忘れていた事だったが、茅野の駐車場に自分の車を止めていたというのは、あまり上手くはなかったと思った。もし、事故が起こらなくて、富岡が失踪したという事になったとしても…

小説「真理の微笑」

二十四 二人の刑事が出て行くと、「何あれ」と真理子は怒っていた。 「その誰かの失踪とあなたの事故がどう関係があると言うのよ。邪推もほどほどにして欲しいわ」 真理子の怒りは当然だった。事故の事を訊きに来るのなら、まだしも、高瀬隆一の失踪について…

小説「真理の微笑」

二十三 次の日も午前中には真理子は姿を見せなかった。 昼食後、リハビリが始まった。 四階のリハビリルームに行くと、看護師が富岡修と書き込んで理学療法士を紹介した。 「矢島です、よろしく」 まず手指の練習から入った。手首を回すところから始めて、そ…

小説「真理の微笑」

二十二 真理子が来るのが待ち遠しかった。 伝えたい事や、やって欲しい事はいくらでもあった。 今、来たら、まずカード型データベースの事を訊き始めるだろう。 だが、昨日の話は会社移転の事だった。今日、真理子はその事を会社の経理と営業に相談して、そ…

小説「真理の微笑」

二十一 会社移転となれば、形式的にでも取締役会と株主総会を開かなければならないだろう。 まだ、私には株主の事も、誰が取締役になっているのかさえも分からなかった。どんな会社組織になっているのかも把握していないのだ。これらの事は真理子を通して、…

小説「真理の微笑」

二十 昼過ぎに体温と脈拍を測りに来た看護師が「明日の午後、シャワーをしましょうね」と言った。 「そこでですか」と、病室に備わっているシャワー室を見て言った。声はまだ上手く出せていなかったが、看護師も聞き取る事ができるようになっていた。 「いい…

小説「真理の微笑」

十九 次の日、真理子は手帳と富岡のインタビュー記事が載った雑誌を持ってきた。 「これでいい」と真理子が訊くので「うん」と頷いた。 その時、医師が入ってきた。ドアをノックしたのだろうが、気付かなかった。 昨日の採血とレントゲンの結果を伝えにきた…

小説「真理の微笑」

十八 病室に戻って考えた。 今までは、富岡を知る事を避けてきた。というよりも逃げていた。自分が殺した奴の事など知りたくもなかったからだ。忘れる事ができるなら、そうしたかった。 しかし、今日のような事があればどうする。相手を知らずして、どう対応…

小説「真理の微笑」

十六 「今日は、午後二時頃だと思いますが採血があり、その後レントゲンを撮ります」 そう看護師が言って、膳を持って出ていった。 朝食が済んだ後に、車椅子が運ばれてきて、二人がかりで車椅子に座った。 病室から出るのは初めてだった。車椅子に乗り、六…

小説「真理の微笑」

十五 次の日、体温と脈拍を測りに来た看護師に起こされた。午前七時を少し過ぎた頃だった。 昨夜は何時に眠ったのだろうか。窓の外が明るくなり出した頃だった記憶がある。 夢の中で、私は夏美や祐一と食卓で歓談していた。たわいもない話だった。たわいもな…

小説「真理の微笑」

十四 真理子が帰っていった後は、不思議な気持ちでいっぱいだった。 自分は真理子を好きになっている。いくら否定してもこれはもう確実な事だった。あのキスがそれを決定的にした。しかし、相手は自分が殺した男の〈妻〉だった。 一方、(株)TKシステムズ…

小説「真理の微笑」

十三 自分の顔を見るのが嫌だった。三十数年培ってきた感覚からしても、元の方がましだったと思えるのに、殺した人間の顔になるなんて最低だった。これから先は、いつも鏡という、そこら中にある恐怖に脅かされながら、暮らさなければならないのだ。窓ガラス…