2021-07-01から1ヶ月間の記事一覧
十三「先生」と看護師が言った。「どうした」「血圧がどんどん低下しています」「何」 医師は聴診器を僕の胸に当てた。そして「血液、採取」と叫んだ。 看護師は血液を採取する道具を取りに病室から出て行った。 その間に医師が「面会人は病室から出て行って…
十二 あの老人の言うように躰を動かすことができなくなったわけではなかったが、動きが緩慢になったのは事実だった。何としても催眠術を解かなくてはならなかった。 このままでは戦えなかった。 僕は、とにかく身を隠す場所を探した。 庖厨に出たので、その…
十一 荒れ寺が遠くに見えてきた。 先発隊が偵察に行ってきたところ、連中は起きてきたばかりのようで、全員かどうかは分からないが、ほとんどの者が寺の中にいるらしいということだった。 ここからは静かに近寄っていかなければならなかった。 もう少し近寄…
十 夕餉の時に、明日の盗賊討伐の話を島田源太郎にした。 早朝出発することも伝えた。「わかった。大変だろうが、くれぐれも頼み申す」と頭を下げられた。「失敗はしません」と答えた。何の勝算もあるわけではなかった。 その夜は激しかった。きくが声を上げ…
九-2 僕は部屋に戻ると寝転んだ。 一人で敵の根城に乗り込むのは、正直言って怖かった。しかし、仲間が入り込んできてしまえば、間違えて切りつけてしまうかも知れない、それを恐れたのだった。自分一人なら、相手はみんな敵ということになる。存分に戦える…
九-1 討伐隊の面々を道場に集めた。「不満かも知れないが、この討伐にあたっては私が指揮を執る」 佐竹から聞いていたらしく、一同は頷いた。「では、これから明日の作戦会議を開く」 僕は懐から寺の見取り図を出して広げた。「見取り図が見られるように、…
八 朝が来た。 目が覚めると、枕元に彼女がいた。よく見ると、可愛かった。だが、まだ十四歳だった。十四歳の女の子を抱いてしまったのだ。「お目覚めですか」「ああ、おはよう」と言うと「おはようございます」と返してきた。「今日も、いい天気ですね」と…
七 朝餉の後、庭で木刀を振るっていると、迎えの若い者が来て、道場に連れられていった。僕はすっかり道場主の待遇だった。昨日は三十人ばかりだったのが、今日は増えて、倍の人数に膨れ上がっていた。当然、道場には全員入って座ることができなかった。十人…
六-2 これで準備ができた。彼らは木刀で打ちかかってきたに過ぎない。そして、打ち負かされた。これでは実戦を経験したとは言えない。「もう一度だ。今度はさっきより強く打つ。痛いだろうが、それが実戦だ。本気でかかってこい。殺気というものの前に立っ…
六-1「どうなんです」 僕の母が医師に訊いた。「脳のMRIを取ったが、どこにも異常が見られません。自発的に呼吸もしています。どうして意識が回復しないのか、わかりません」 医師はそう答えた。 僕は家老屋敷では、客人扱いを受けていた。することがな…
五 僕は全身、血しぶきを浴びていた。盗賊たちがいなくなると持っていた刀を放り捨てた。 籠の戸が開き、「重ね重ね、ありがとうございました」と中の女性が礼を言った。 戸が閉まると、籠は持ち上げられ、動き出した。 僕は「あそこに倒れている仲間はどう…
四 籠に近寄ると、「私の屋敷まで来ていただけませんか」と中の女性が言った。 僕は考えた。この身なりだ。江戸時代のどこかなのだろうが、まるで分からない。 このままでは、どうにもならない。「お言葉に甘えさせていただきます」と答えた。武士の言葉とは…
三 僕が落ちたのは、白樺の林の中で、すぐ下の方から怒声が聞こえていた。 誰かの籠を盗賊が囲んでいる感じだった。 付き添いの者は女中二人、侍四人いたのだが、腰が引けていて全く役に立ちそうになかった。籠の中にいるのは女性だろう。 盗賊は八人。勝ち…
二 しかし結局、富樫の説得に負けて、「これっきりだぞ」と言って、試合に出るはめになってしまった。 翌日、試合があるというのに、とある剣豪の夢を見た。明日、タイムスリップするとは到底思わなかった僕は、次の試合の興奮が躰を包んでいるかのようだっ…
僕が、剣道ですか? 麻土 翔 一 二月、滑り止めの私立高校の受験に失敗した僕は、都立高校の試験が最後の希望だった。内申書の成績が悪い僕は、当日の学力考査が全てだった。 だが、二月下旬に行われた試験日には、僕はひどい風邪に見舞われていた。咳が止ま…
二十五 三月の面会時にも祐一を連れて行くと、高瀬は喜んだ。 高瀬と祐一だけで話しているうちに時間が来た。 夏美は二人に置いて行かれる気がした。 面会を終えて刑務所を出てくると、その高い塀を見て、「ここにお父さんは収監されているんだ」と、今更の…
二十四 夏美は毎日、ホームヘルパーの講習に通った。 そして一ヶ月後に修了証書を手にした。 夏美は、その修了証書を持って、十二月の高瀬との面会に臨んだ。 高瀬は面会室に入ってくると、「元気だったか」と訊いた。「元気よ」と夏美は答えた。そして、「…
二十三 秋を終え、畑仕事も一段落がついた頃、夏美は新聞に入っていた広告が目に入ってきた。その中でホームヘルパーに興味が湧いた。 高瀬隆一は、自動車事故により車椅子生活を余儀なくしている。刑期を終え、出所してきた時に高瀬に不自由な暮らしは、夏…
二十二 十月になった。 夏美は、結婚指輪と祐一の入学式の写真を差し入れていた。 この前、面会に来た時に、退室していく時の高瀬の左手の薬指に結婚指輪が光っていたように見えたからだった。 今まで面会時に高瀬とアクリル板越しに手を合わせたが、それは…
二十一 帰りの電車の中では、夏美は涙を流しているところを人に見られるのを隠すのに苦労した。 祐一を連れて来なくて良かったと思った。最初に面会した時は、嬉しさと弁護士がいた事でわからなかったが、こうして一人で高瀬に面会に来ると、会っているのに…
二十 一週間後、夏美は祐一を連れて、刑務所に午前八時半に着いた。高瀬隆一との面会手続きを取ろうとしたら断られた。 何故断られたのか理由を尋ねると、月二回の面会回数を超えるからだと言われた。誰か他に高瀬隆一に面会に来ている者がいるという事にな…
十九 警察から押収された品物が返却されてきた。 夏美は、それを二階の高瀬の自室となるところに収めた。 八月半ばになって、高瀬と面会できる事になった。弁護士事務所から連絡が来たのだった。 面会室のアクリル板越しに見る高瀬は、少し、いやだいぶ若返…
十八 六月になった。 判決が申し渡される事になった。「主文、被告人高瀬隆一を懲役八年の刑に処する。罪状、殺人及び死体遺棄罪、罰条、刑法第**条**項及び、刑法第**条**項。……」 主文が言い渡されると、報道陣は一斉に法廷を出ていった。 弁護側…
十七 傍聴席にいた夏美は、証人としてあけみが現れた時は、心穏やかではなかった。真理子の存在だけでも、いっぱいいっぱいのところにあけみが現れたからである。そして、あけみが「ここでそれを言えと言うの。男と女の事だからわかるでしょ」と言った時は、…
十六-2 三番目の証人は、あけみだった。 証人席に立つと弁護士から「お名前は」と訊かれたので、「あけみで~す」と答えたら、傍聴席から、微かに笑いの声が上がった。「源氏名はいいですから、本名を答えてください」「浅井さやかです」 人定質問が終わっ…
十六-1 十二月下旬になると、夏美は学校に行き、担任と相談をした結果、とにかく二月早々にある有名私立中学校と国立中学校を受験する事に決めた。 国立某中学校は、来月一月の中旬になってすぐの二日間のみ窓口受付を行い、有名私立中学校の方は、郵送であ…
十五-2 次に証人席に呼ばれたのは、富岡修の妻、真理子だった。真理子が傍聴席から立ち上がった時、ほう、という響めきが起こった。「証人の名前を言ってください」「富岡真理子です」 証人の人定質問が終わった後で、「証人と被告人との関係は」と弁護士が…
十五-1 第二回公判は十二月の中旬だった。祐一の業者テストが行われる時期と、学期末テストの時期に当たっていた。 しかし、公判を休むわけにはいかず、夏美は前と同じような席に座った。真理子も同じように座っていた。 第二回公判は、まず検察側の証拠の…
十四 九月になった。二学期になって、祐一は学校に行くのを嫌がった。大勢いる中で、一人だけなのが堪えられなかったのだ。祐一はせめて一学期だけは頑張って学校に通ったが、夏休みの間も誰も友達は来なかった。学校のプールに行く日も休んだ。 夏美は学校…
十三 夏美の実家から取材陣もいなくなり、ワイドショーにも富岡修の件が報じられなくなった六月のある日の事だった。 富岡修が高瀬隆一として詐欺罪で逮捕されたのである。 詐欺罪の逮捕は、明らかに別件逮捕であった。本丸は、高瀬隆一の富岡修殺しであった…