2021-04-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「真理の微笑 真理子編」

二十二 真理子は、午後一時になると、須藤のところに電話した。 真理子の提示した二百万円という数字は、当然予想していたよりもかなり低かったのだろう。しばらく沈黙が続いた。その沈黙の中には、怒りもあっただろう。 やがて須藤が「条件があるが聞いても…

小説「真理の微笑 真理子編」

二十一 手術の翌日、午前九時に社長室に入ると、滝川がお茶を運んできて、「手術はどうでしたか」と訊いた。「上手くいったわ」と答えた。「それはよろしかったですね」「心配してくださっていたのね」「それは、もちろんです」 真理子が「ありがとう」と答…

小説「真理の微笑 真理子編」

二十 水曜日は午前七時には目覚めた。 今日が最初の難関だということはわかっていた。ただ、真理子の心の中は醒めていた。心配をするという気持ちは、欠片ほどもなかった。だが、その演技はしなくてはならなかった。七、八時間の演技は、結構疲れるだろう。…

小説「真理の微笑 真理子編」

十九-2 やがて西野がノックして入ってきた。「これですか」 そう言って、差し出したのは、名刺を印刷する紙の種類を集めて、ホルダーファイルに入れたものだった。 清宮は「その中から、お好みの用紙を選んでください。今、うちにある用紙はそこに全てあり…

小説「真理の微笑 真理子編」

十九-1 秋月と湯川とのやり取りは、一時間ほどで終わった。 今日は、これで帰ると滝川に言ってきたので、会社に戻る気にはなれなかった。時間が空いた。ナースステーションに行き、一目、富岡を見て帰れないかと話した。面会時間以外なのでと言われたが、…

小説「真理の微笑 真理子編」

十八 真理子が起きたのは、午前十時を過ぎていた。 午前中のアリバイ作りは失敗したが、午後には面会に行こうと思った。ただ、あの富岡の様子では、時間を潰すのが難しそうだった。何か文庫本でも持っていって読んでいようと思った。 午後の面会から帰ってき…

小説「真理の微笑 真理子編」

十七 真理子は、午後三時前に家を出て、病院に行くと六階のナースステーションに行ってから、富岡の病室を訪れた。 もちろん、手指のアルコール消毒は済ませてのことだった。 椅子に座り、包帯にくるまれた富岡を見ていた。胸のあたりまで薄い毛布が掛けられ…

小説「真理の微笑 真理子編」

十六 土曜日に、病院の三階にあるICU前のナースステーションに行くと、富岡は六階のHCUに移されたと聞いた。 HCUとはICUと一般病棟の中間的な位置に存在する高度治療室のことで、ナースステーションに行くと、富岡の容態が安定したことと、水曜…

小説「真理の微笑 真理子編」

十五 会社には午後一時に着いた。 社長室に入ると、高木を呼んだ。 午前中に出社できなかったことを詫びた。「そんなことをお気にされなくても」と高木は言った。「わたしがいなくても何とかやっていけるってことよね」と真理子が言うと、高木は何も言えなか…

小説「真理の微笑 真理子編」

十四 金曜日に病院に行くと、整形外科医から説明があると言うので、ナースステーションから少し離れた会議室のような所に案内された。 中で待っていると、数人の医師たちが順番に入ってきて、真理子の前の席に座った。それから、何種類かの書類が真理子に手…

小説「真理の微笑 真理子編」

十三 家に戻ると、真理子はようやく解放された気分になった。 TS-Wordについては、製作数を六千ロットからいきなり一万ロットにしたが、あれは言ってみれば勢いのなせる技だった。何か考えがあるわけでもなかった。自分で決定できる位置にいたときに、何かし…

小説「真理の微笑 真理子編」

十二 会社の経営状態を見ていくと、それほど良くないことがわかった。 交際費も多かったが、その中には、富岡が毎週のようにしているゴルフや夜のクラブの経費も入っているのかも知れなかった。 しかし、何といってもヒット商品がないのが、一番の原因だろう…

小説「真理の微笑 真理子編」

十一 真理子が会社に着いたのは、午前十時を過ぎていた。医師の説明が意外と長かったのだ。 滝川がお茶を運んできたので、高木を呼んでくれるように言った。 お茶を一口啜ると、ハンドバッグの中から、メモ帳を取り出した。 まもなく高木がやってきた。机の…

小説「真理の微笑 真理子編」

十 次の日、午前七時に起きた真理子は、朝のシャワーを浴びると、昨日買ってきたパンの残りとレタスのサラダで朝食を済ませた。 午前八時になると、昨日買ったスーツを着て、病院に向かった。 病院に着くと、三階に上がりナースステーションに向かった。そこ…

小説「真理の微笑 真理子編」

九-2 赤いポルシェで百貨店に向かった。 そして、銀座のとある百貨店に入った。 婦人物のスーツの専門店を見つけたので、中に入っていった。「何かお探しでしょうか」 何人かいた店員の中から、真理子と同じくらいの年齢の女性が声をかけてきた。「会社に…

小説「真理の微笑 真理子編」

九-1 家に戻り、ハンドバッグから指輪を取り出して、何度も見た。そして自分がしている結婚指輪とも合わせて見た。しかし、何度見ても、どこから見ても、これは富岡がしていた結婚指輪に違いなかった。 ということはICUにいる男は富岡修であると認めな…

小説「真理の微笑 真理子編」

八-2 陽の光に目が覚めた。昨夜は何時に眠ったのかさえ、覚えてはいなかった。今は午前七時少し前だった。 起きるとすぐにシャワーを浴びた。バスローブのまま、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出して飲んだ。 そして書斎に行き、金庫を開けた。この中に自動…

小説「真理の微笑 真理子編」

八-1 シャワーを浴びて、ベッドに横たわった。サイドテーブルのバッグを開けて、中から富岡の手帳を取り出した。 広げてみた。七月の二週目までは、午後五時過ぎのイニシャルがついていた。由香里と会うのは、三日前だったようだが、その時は富岡はベッド…

小説「真理の微笑 真理子編」

七 意気盛んに会社に出向いていった割には、自分は何をしていたのだろうという反省しか思い浮かばなかった。 訳もわからないソフトの制作にGOサインを出したほかは、金庫を開けてみたり、これもよくわからず書類を読んではただ判を押してきただけのことだっ…

小説「真理の微笑 真理子編」

六 家に着くと、真理子はすぐに寝室に向かい、服を脱ぐとベッドに倒れ込んだ。 僅か二時間ばかりのことだったが、面会の失礼を詫びることと、来週の面会予約を取り消すことで疲れ切ってしまった。 話すことはテープレコーダーを回しているように、同じセリフ…

小説「真理の微笑 真理子編」

五-2 会社に着いたのは、午後三時頃だったろうか。 電話を終えた時は、午後一時をそれほど過ぎてはいなかった。それからソファを立って鏡の前に立った。病院に行く時には気付かなかったが、随分と窶れているように見えた。 しかし、これから行く所は富岡が…

小説「真理の微笑 真理子編」

五-1 家に戻ると真理子は夫の写真を並べることから始めた。明日持って行かなければならないからだ。 こうして写真を見ていると、以前はよく撮っていたが、最近、あまり撮っていないことがわかった。どうせ形成するのなら、少し若い頃の富岡になればいい、…

小説「真理の微笑 真理子編」

四 翌日、富岡の病院移送の件は、二日後に決まった。都内のとある大学付属病院が転院を許可したのだった。 そして、その二日後になった。富岡の容態が安定していたので、すぐに転院の準備が始まった。 真理子は、茅野の病院で会計を済ませると、富岡を乗せた…

小説「真理の微笑 真理子編」

三 ホテルの部屋に入ると、病院に電話をして部屋番号を伝えた。これで富岡に何かがあれば連絡が来るだろう。 疲れがどっと押し寄せてきた。このままベッドに倒れ込みたくなったが、そうすれば起き上がることは難しそうだった。 着替えなどを詰めてきた旅行鞄…

小説「真理の微笑 真理子編」

二-2 「夫は事故に遭ったのは不運でしたが、その中でも運が良かったということでしょうか」「ええ、昨夜のような事故が起これば、一応はパトカーや救急車、消防車が出動しますが、怪我人が路上に倒れている場合なら助けることも可能ですが、崖下に落ちてい…

小説「真理の微笑 真理子編」

二-1「じゃあ、行ってくる」 富岡はいつものように片手を振り、車を出した。これから蓼科の別荘に向かうのだ。「あなた、気をつけて」 真理子の声は上ずっていた。 もうこれで運命は変えられない。 走り出した車を見送って真理子は思った、これでいいんだ…

小説「真理の微笑 真理子編」

真理の微笑 真理子編 一 ボンネットを閉じた。 これで全ては終わった。後は富岡がこの車に乗って蓼科の別荘に向かえばいいだけだった。ブレーキに仕掛けた細工が、あの急カーブの坂のどこかでブレーキを利かなくさせ、その結果、車は崖下に転落するだろう。 …

小説「真理の微笑」

七十六 全てが順調すぎるほど順調だった。 九月のその日も真理子の焼くパンケーキの香りが心地良く漂ってきていた。 赤ちゃんは私の車椅子の隣のゆりかごの中で眠っていた。 この幸せが永遠にでも続いてくれたらいいだろうに、と私は思った。このまま私が富…

小説「真理の微笑」

七十五 三月になった。役員会も済み、必要な手続きを経て、企業決算も無事に終わった。 トミーワープロはその後も順調に売れ続けた。昨年のビジネスソフト売れ行きナンバーワン賞を某出版社から授与された。その授与は、某ホテルの会場で行われた。私はスピ…

小説「真理の微笑」

七十四 ベッドの中で私はなかなか勃起しなかった。今日の事が頭から離れなかったからだ。 今、私がここにいるという事は、真理子が富岡を殺そうとして果たせなかった事になる。とすれば真理子はどう思っているのだろう。今でも私を富岡だと思っているのだろ…