2020-04-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十九 僕は久しぶりに定国を取り出して、中庭の畑ではないところで素振りをしていた。 野菜売りがやってきて、きくが何やら買っていたようだった。 僕は一汗をかくと、井戸から水を桶に汲んで、着物の上半身を脱ぐと手拭いで拭いた。 その時に、昼餉ができた…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十八 船着場に行き、船賃を払い、他の客と一緒に舟に乗った。 向岸に着くと舟を降り、川岸に上がった。 川の向こうは浅草だった。 吉原は浅草寺の裏手にあった。粋な旦那衆に会った。 僕は門を潜り、高木屋を探した。見付けると、中に入った。女将が出て来て…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十七 昼餉が済むと、明らかに風車はそわそわしていた。「どうしたのかしら、風車殿はあまり食べませんでしたね」ときくが言った。いつもなら、大盛りのご飯をお代わりするのに、今日は普通に盛ってもらうように言い、お代わりをすることはなかった。 吉原の…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十六 風呂に入る時間まで、僕は眠っていた。 きくから渡された浴衣を見た。御札は貼ってなかった。きくはもう幽霊は切れられたものだと信じ切っていたようだった。 風呂場では、風車は機嫌が良かった。躰を洗いながら、故郷の歌を歌っていた。「故郷はどこで…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十五 昼餉にききょうのお粥を作っているつもりだった。そのお粥に卵を落として、ききょうの分を取り分けた後で、醤油で味付けしたら美味しかったので、僕も食べた。ききょうも取り分けた分は沢山食べた。少しだけ、僕の分も混ぜて食べさせた。 昼餉をとらせ…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十四「京介様」と呼ぶ声がした。きくだった。「朝餉ですよ」と言った。「今日はいらない。もう少し、眠らせてくれ」と言った。「わかりました」 きくは襖を開けて居間に入って行った。「どうでした」と言う風車の声が聞こえてきた。きくの声が聞こえてこない…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十三 風呂では、風車の機嫌が悪かった。僕に負けたのが悔しかったのだ。今日の風車は少し変だった。無理な手ばかり打ってくる。あれでは勝てない。僕も少しは碁に慣れてきたから、無理して生かすか、捨てて他で地を稼ぐか、ぐらいは分かってきていた。だから…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十二 表札を付けた後は、中庭の畑作りをした。土を掘り起こして、木の根や屑を拾い、たい肥を撒いて混ぜた。 それから四つほど畝作りをして、二つの畝には、茄子の苗を植えた。残りの二つは二週間ほど放置し、キュウリの種を埋めるのだった。 そのあたりで、…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十一 布団に入っていた。疲れていたが、眠くはなかった。 ききょうは眠ったが、きくの眠りはまだ浅かった。きくが深い眠りについたところで、奥座敷に行こうと思っていた。 その時だった。冷気が漂ってきた。女が来たのだ。きくが眠りから覚めるのを止めるに…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

十 次の日は、朝餉をとると、すぐに中庭の草刈りを始めた。僕の格好は昨日と同じだった。 中庭は草と薄が覆い茂っていた。小木も何本もあった。小木は斧で切り、薪と同じぐらいの長さに切り揃えると縄で縛った。小木の根元は鍬で掘り起こした。これも昨日と…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

九 僕は、躰をはたいて、塵を落とすと、きくを呼んだ。このままで寝室には行けそうになかったからだ。 きくが来ると「何ですか」と訊くので、「洗ったトランクスと折たたみナイフ、それにバスタオルと浴衣に手ぬぐいと下駄を持ってきてくれないか」と言った…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

八 僕が寝室に戻ると、「新しい家ですもの、京介様がいないと寂しくなります」ときくは言った。「厠に行っていたんだ」「そうでしたか」「寝よう」「はい」 昨日と同じことを言っていると思った。こんなことが続けば、いずれきくに気付かれるに違いなかった…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

七 湯屋には草履で行った。「しまった。下駄を買うのを忘れていましたね」と風車が言うと「明日、買いましょう」と僕が言った。 脱衣所の上の棚に浴衣とバスタオルと洗ったトランクスを置くと、下段の棚に着物と今まで穿いていたトランクスと肌着を置き、手…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

六 次の日の朝は大変だった。釜でお米を炊いたまでは良かったのだが、水加減がいまいちで少し緩めのご飯になった。そして、何よりも困ったのは、茶碗は買ってきていたのだが、箸を買うのを忘れたことだった。 仕方なく、僕が薪を折たたみナイフで切り、割り…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

五 布団に入ると、ふわふわとしていた。宿の布団は皆、煎餅布団のようなもので背中がゴツゴツとしていた。それに比べれば大した違いだった。 ききょうを真ん中にして寝た。行灯の火を消してから、布団に入ってきたきくの手を僕は握った。きくは鼻を啜ってい…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

四 食事処では、天ぷらを頼んだ。江戸の魚の天ぷらが食べたかったのだ。風車はご飯の大盛りのお代わりを二度もした。僕も大盛りではなかったが、お代わりをした。 味噌汁が上品な味で美味しかった。ききょうも匙で味噌汁をかけたご飯を沢山食べた。 夕餉の帰…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

三 次の日、朝餉をとると、きくはもう出かける準備を始めていた。一刻も早く、新しい家を見たかったのだ。 荷造りが終わると、宿代を払い、宿を出た。風車には、大きな風呂敷包みを背負ってもらった。僕は風呂敷を被せた千両箱が入っているショルダーバッグ…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

二 石原のその家は、川から少し離れた所の薄ヶ原の中にぽつんと建っていた。 周りは板塀で囲まれていた。 店の小僧が門の脇の戸の鍵を開け、そして、玄関の鍵を開けた。 広い庭には、薄が入り込んできていた。湯屋があり、開けて見ると五右衛門風呂だった。…

小説「僕が、剣道ですか? 6」

僕が、剣道ですか? 6 麻土 翔 一 日本橋を渡ると、遅い昼餉をとった。「これからどうします」と風車が言った。「そうですね。今夜の宿でも探しましょうか」と僕は答えた。「そうしますか」 きくはききょうをおんぶしていた。それほど遠くまでは行けそうに…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

四十 道は縦横に走り、そこら中に店が出ていた。 通り過ぎる人も旅姿ではなく、町人が多くなってきた。若い娘は綺麗な着物を着ていた。 風車はそれらの女性に見とれていた。「私たちも早めに宿をとり、旅の垢を落としましょうよ」と僕が言うと、「いいですね…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十九 湯上がりの一局は意外にも接戦になった。 やはり、後手番三子局の形で戦った。この方が戦い慣れているからだった。 後で打った一子を取られないようにすればいいのだ、と割り切った。 風車はこの石を取りに来た。攻めが強引だった。僕は取られないよ…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十八 部屋に入ると、僕はすぐに寝転がった。 今日は大変な一日だった。 午前中は、公儀隠密との戦いがあり、午後は関所を通過しなければならなかった。 だが、少しは時の止め方が分かり、全部の時を止めるのではなく、その場所一帯の時だけを止めればいい…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十七 時を動かした。 立っていた者が次々と倒れていった。 川に落とされた役人が必死に泳いでいた。 僕は、倒れている者の間を縫って、橋を渡っていった。橋の向こうにいた人も、渡ってきた。しかし、そこに切られて呻いている者たちを見て、立ち止まった…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十六 よく眠った。朝、起きた時の気持ちが良かった。 風車も起きていて、廊下に出ると朝の挨拶をした。「今日もいい日ですな」と風車が言うと、僕も「まことに」と応じた。 顔を洗って戻ると、朝餉の用意がしてあった。 おかずは、煮魚に卵焼きだった。そ…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十五 小競り合いをしていても、キリがなかった。 もう一度、攻めてみようと思った。 僕は飛び出すと相手に向かって走って行った。 突然、走り寄られて、相手は警戒していた。当然、技を使ってくるものと思っただろう。僕は、今度は信三郎の間合いに入って…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十四 根来兄弟との差が縮まってくるにつれて、定国の唸りが大きくなった。「頼むぞ、定国」と僕は言った。 根来信一郎の時は、定国に助けられたようなものだった。 二人から、七、八メートルほど離れた所で、僕は止まった。「鏡京介か」と一人が訊いた。「…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十三 次の宿場が見えてきた。「少し早いですが、あそこで宿をとりましょう」と僕が言った。「早いのは良いですよ。風呂上がりに碁でも打ちましょう」と風車が言った。 そうくるか、と僕は思った。 僕が風呂を出ると、きくとききょうが風呂に向かった。 ト…