小説「真理の微笑」

二十九
 夜、ベッドに入ってもなかなか眠れなかった。昼間聞いた夏美の声が耳に残っていた。
 真理子が病室に入ってこなければ、もっと夏美の声を聞いていただろう。私が話さなくても、夏美が話してくれさえすれば良かった。
 明日になったら、また電話をしようと思った。夏美が出てくれればいいが、そうでなければすぐ切ればいい。夏美が出るまで、電話し続ければ済む事だった。
 しかし、夏美が出たとしても何を話せばいいのだろう。第一、この声では上手く話せないではないか。伝えたい事は山のようにある。しかし、電話では上手く伝える事はできない……。そう思っていた時に、パソコン通信の事が頭に浮かんできた。パソコン通信を使ってメールを送ればいいではないか。
 だが、夏美の実家には、パソコンはなかった。パソコン通信のやり方は夏美も知っているから、パソコン通信ができる環境を、夏美の実家に作れば良かった。
 もし、夏美が出たら、パソコン通信ができるようにする事を伝えなければならなかった。上手く伝えられるだろうか。心配しても始まらない事だったが、考えずにはいられなかった。

 あけみの事も気にかかった。
 彼女の事だ。また来るに決まっている。百万円、渡さなければどうなるのだろうか。
 分からなかった。しかし、最初に病室に現れた時、修ちゃんと言って抱きついてきた事を思い出した。富岡とは親しかったのだろう。あるいは肉体関係を持っていたかも知れない。とすれば、そう無理は言ってはこないだろう。
 だが、お金が絡むと男女の仲は分からなくなる。早く手を打っておくにこした事はなかった。とはいえ、いいアイデアは全く浮かばなかった。
 躰が自由でありさえすれば、自分はトミーソフト株式会社の社長なんだから、百万円ぐらいのお金なんて何とでもできそうだった。そう思えるだけに歯痒かった。

 ナースコールをした。看護師がやってきた。
「どうしました」
 私は眠れない事を訴えた。
「じゃあ、眠剤をお持ちしますね」
 少しして、錠剤を入れた小さなカップと水の入ったコップを持ってきた。
 私は電動ベッドのスイッチを押して躰を起こして、小さなカップに入った錠剤を口に含むと、看護師が渡してくれたコップの水を飲んだ。看護師は空になったカップをポケットに入れると「これで眠れますよ」と言った。
 そうだといいが……と思ったが、看護師が病室の電気を消して出て行って、間もなくすると、睡魔に襲われ、私は眠りに落ちていった。