2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧
六十七 新年会は午前十時に始まる。 私と真理子はその一時間前にホテルの控え室に入った。控え室の中はごった返したようだった。出し物をするグループが隅の方で、最後のチェックを行っていた。 広報の中山がやってきて、「今日は一生懸命、司会を務めさせて…
六十六 真理子に送られて会社に入ると、新年会の準備で騒々しかった。何人かと挨拶を交わして社長室に入った。秘書室の滝川が「会社に届いている年賀状です」と言って持ってきた。ほとんどが出版社や会社関係からだった。 私は受話器を取ると由香里に電話し…
六十五 除夜の鐘はテレビをつけたまま、ベッドの中で聞いた。 私も真理子も汗まみれだった。私は絹のように滑る真理子の肌を何度撫でただろうか。 そして、その度に真理子も何度声を上げた事だろう。 私たちは躰を重ねたまま朝を迎えた。 昼間、私たちはダイ…
六十四 大晦日、起きたのは昼を過ぎていた。昨夜というより、朝まで私は真理子を抱いていた。 腕が痺れていた。何度、真理子の中に気をやった事だろう。何度してもしきれないくらい、真理子は魅力的だった。 真理子の上げる、あの切ないような声がまだ耳の底…
六十三 次の日、真理子の提案で、千葉の房総にある富岡の母の施設を訪ねた。 富岡の母はベッドに寝ていたが、私が来ると起こされて、車椅子に座った。 私と富岡の母とは車椅子で庭に出た。 その施設の庭からは、雄大な海が水平線まで見えた。風が強かった。 …
六十二 十二月二十八日は朝から会社は騒々しかった。夜には忘年会があるし、年明け早々に新年会がある。その新年会に向けての準備にも余念がなかった。 私が「仕事納めなんだから、ちゃんと気を引き締めてやれよ」と言っても効き目はなかったようだ。 真理子…
六十一 会社に戻るとしばらくは由香里の事が頭を離れなかった。 由香里は道路まで出て、介護タクシーが角を曲がるまで手を振っていた。顔や全体の感じは違っていたが、何となく夏美を思わせる雰囲気を由香里は持っていた。「わたしは今のあなたが好き」とい…
六十 十二月二十七日になった。今日は、ハウスクリーニングがある日だった。 十一時半に介護タクシーを呼んで、由香里のアパートに行った。 由香里の部屋は一階だった。電話で二階と聞いたら、どこかレストランで会う事にしようと思っていた。由香里はお腹が…
五十九 次の日、会社に出ると、まだ前日のパーティの雰囲気が抜けないのか、全体的に浮かれたような感じだった。酒が抜け切れていない社員もいた。 だが、私は何も言わず、社長室に入った。お茶を秘書室の滝川節子が出してくれた。 「新しい場所に会社が移っ…
五十八 二十二日、私は社長室から由香里に電話した。 ハウスクリーニングは二十七日に行われる事になった。 私が会社にいる間にすべてが済む。そして、その日は、ハウスクリーニングのために真理子は一日中、家にいなければならないはずだった。 由香里が出…
五十七 家に帰ると、郵便受けにチラシがいっぱい入っていた。私は車椅子を押す真理子に代わり、それらを手にした。年末らしく、ハウスクリーニングの広告が多かった。 これを見ている内に、私はこの家をハウスクリーニングしてもらいたくなった。 富岡の痕跡…
五十六 ボーナスが出ると社員は全員喜んだ。 「社長、こんなにいいんですか」 「はずみましたね」 あちこちから声が上がった。手を上げてそれに応えながら、真理子に車椅子を押されて、社長室に入った。ドアを閉めると静かになった。 福祉車両が来てからは、…
五十五 朝、出社すると、高木からボーナスの件で相談を受けた。トミーワープロは三万ロットを超え、四万ロットを超えるのも時間の問題であるという報告があった。社員は八十名あまりである。分かりやすいように通常ボーナスに加えて、百万円の特別ボーナスを…
五十四 会社に行く日になった。会社移転してすっかり真新しくなった会社にだった。朝から落ち着かなかった。それは当然だった。未知の領域に足を踏み込むのだから。 「大丈夫よ、わたしがついているから」 真理子は頼もしかった。 「そうだな」 介護タクシー…
五十三 朝になっていた。眠剤を飲まないでも昨夜は眠れた。 あれからどれほど真理子を抱いただろう。 真理子は化粧台にいて、髪をとかしていた。私が起きた事に気付くと「おはよう」と言った。私も「おはよう」と返した。 「昨日のあなたは凄かったわね」 私…
五十二 夕食は出前で寿司を頼んだ。病院では食べられなかったからだ。 大トロも美味しかったが、ウニやいくらもうまかった。これでお酒でも飲めたら最高だったが、肝臓の数値が悪いので、医者からはきつく禁酒を言い渡されていた。 夕食の後は、風呂に入った…
五十一 十二月になった。 カード型データベースソフトのβ版は各出版社などに送られて、概ね好評だった。メニューの表記間違いなどの細かなバグはあったが、データベースの根幹に関わるような決定的なバグは見つからなかった。もう少し様子を見て、来年の五月…
五十 西野と遠藤が病室にいた。カード型データベースソフトのβ版ができたのだ。 私に動作の最終確認をしてもらいに来ていた。 私は細かなところまでチェックした。メニューや操作方法には、特に問題はなかった。後は、実際にデータを入力してどうかという事…
四十九 二週間が過ぎた。 由香里は産婦人科の帰りに病院に寄った。十一時頃だった。病室に来る前に電話をかけてきた。 「奥さんいる」 「いないよ」 「良かった。病院の一階の公衆電話から電話しているの。すぐ上がっていくからね」 私は由香里に母子手帳を…
四十八 病室に戻り、パソコンを起動し、パソコン通信のメールボックスを開く時が辛くなっていた。 メールを開くと次のようなメールが届いていた。 『隆一様 あなたが失踪した日の朝の事を思い出すのです。 あの時、わたしは何も気付きませんでした。きっとあ…
四十七 カード型データベースソフトは、β版を作れるところまで来ていた。概ね、(株)TKシステムズで作っていたカード型データベースソフトを下敷きにしていたが、ユーザーインターフェイスをトミーワープロに合わせたために、メニュー構造が大幅に変わっ…
四十六 火曜日の午前十一時頃に由香里がやってきた。産婦人科で診察を受けた後だと言った。 「順調よ」 「そうか」 そう言うと、由香里は内緒話でもするかのように耳元に口を寄せて「男の子だって」と言った。 「男か」 「あれが見えたんですって」 エコーに…
四十五 パソコンを立ち上げると、パソコン通信ソフトのメールボックスを自然に開いていた。 『隆一様 今日は、あなたが好きだったチキンカレーにしました。祐一と二人で食べました。祐一はお代わりをしました。 あなたがいないのが寂しくてたまりません。会…
四十四 九月の二十九日は、高瀬である私の誕生日だった。 毎年、私の好きなショートケーキを夏美が買ってきてくれて、祐一と三人でお祝いをした事を思い出した。だが、今はベッドの上で一人夕食を食べている。 十月になった。 しかし、猛暑は続いていた。た…
四十三 リハビリを終えて病室に戻った時だった。 お腹が少しばかり膨らんでいるのが目立つ女性が、そのお腹を突き出すように椅子に座っていた。薄化粧の目鼻立ちのはっきりした女性だった。髪はセミロングでパーマをかけていた。淡いブルーのマタニティドレ…
四十二 一週間が過ぎた。 月曜日の午前中に、教授回診があって、それぞれの担当医が教授に説明をしていた。私の内臓の数値は、良くなってきてはいるが、まだ高いという事だった。特に腎臓と肝臓がまだ悪いようだった。心電図は安定しているという事だった。…
四十一 午前七時に看護師に起こされるまで眠っていた。体温と血圧を測っていった。 午前八時に食事を済ませると、ラップトップパソコンを取り出した。昨日、真理子が持ってきたソフトをインストールし、自分が使いやすいようにカスタマイズした。 そのうち、…
四十 夕食が終わった頃、真理子が病室に来た。私はセーフティーボックスの鍵を左手首から外して、パジャマのポケットに入れていた。真理子とキスをする時に首に回した手に鍵がぶら下がっていたのではまずいと思ったからだった。 真理子が「今日はどうだった…
三十九 次の日、真理子が来て会社に行った後、午前十時頃に西野と遠藤が来た。昨日、伝えた事を内山に言ったのだろう。 二人を枕元に引き寄せて、まだ上手く話せない事を伝えてから「カード型データベースソフトの件なんだけれど」と切り出した。二人は私の…
三十八 夕食が済んで、しばらくしたら真理子がやってきた。 大きな手提げ袋を両手に持っていた。今朝、渡したメモのソフトが入っているのだろう。 「大変だったんだから」という真理子に、「ありがとう、これで助かる」と言いながらキスをした。 「今日はど…