小説「真理の微笑」

三十六-2

 そんな時だった、病室のドアをノックして、「ジャ、ジャ~ン」と言ってあけみが入ってきたのは。
 そしてベッドに近寄ってくるなり、前回と同様に抱きついてきた。
 今度はキスまでしようとした。
「ねぇ、本当にあたしの事、わからないの」
 私は頷いた。
「キスをすれば思い出すわよ」
 あけみは強引にキスをした。私は口を閉じていた。
「こんなの修ちゃんじゃない」
 ドキッとするような事を言った。
「修ちゃんだったら、もっと甘~いキスをしてくれるのに」
 私は離れていこうとするあけみを手招きした。
「何、キスしてくれるの」
 あけみの顔が輝いた。
「違う」
 私は精一杯の声で言った。
「大きな声では話せないからだ」
 私は、あけみを枕元に引き寄せて言った。
「そうだったわね。喉を痛めているんだものね」
「この前、言っていた事は本当か」
「ほんとよ。あたし、修ちゃんに嘘なんかつかないわ」
「そうか」
「そうよ。修ちゃんに頼まれなければ、北さんと寝たりなんかしないわ」
「…………」
「あたし、嫌だったんだからね。でも、修ちゃんが、たっての頼みだからって言うから、言う事きいたのよ」
「分かった」
 あけみの香水の匂いが漂っていた。こうして、彼女の頭を抱えるように話していると、妙な気分になってくる。
「百万円の事だがな」
「あ~あ、あれ」
「そう」
「あれ、修ちゃんがこんなんだからもういいわ。諦める」
 私はふっと笑った。
「何がおかしいの」
「可愛い奴だな、お前って」
 私はあけみを抱き締めた。あけみもベッドに躰を預けるようにして、抱き締めてきた。
「約束は守るよ。すぐには無理だけれど」
「ほんと」
「ああ」
「うぁ~、嬉しい。修ちゃん、大好き」
 あけみは再びキスをしてきた。今度は私も応じた。というよりも、こんな若い女性にキスをせがまれて、そう何度も断れるだろうか。私は舌を絡ませ、あけみの口を吸った。
「えっ」
 あけみが驚いた表情をした。そして首をひねった。富岡とのキスとは違っていたのだろう。
「どうした」
「修さんのキス、何かエロくなってない」
 不審に思っているあけみを、私は笑った。こういう時には、動じてはいけないのだ。
「だって、甘~いキスをしたいんだろ」
「そうだけど」
「そうしただけだよ」
「ねぇ、もう一度、しよ」
 あけみは再び唇を寄せてきた。私は、富岡とのキスの記憶を消し去り上書きするように、先程と同じかより強く、あけみの口を吸った。私だってこんなキスをするのは初めてだ。
 あけみはベッドに躰をこすりつけるようにして「何だか、修さんとここでしたくなっちゃった」と言った。
「馬鹿な。ここは病院だぞ」
 あけみは私の耳元で「だから、興奮するんじゃない」って囁いた。そして「あたし、濡れちゃった」と言った。
 私の手を自分のスカートの中に入れさせて、股を触らせた。ストッキングははいていたが股のところがないタイプのものだった。だから、ショーツに直に触れた。
 あけみはそのショーツもずらそうとした。私は手を離そうとした。しかし、あけみは強く掴んで離さなかった。
 あけみのそこに直に触れた。すっかり濡れていた。私は自分が勃起しているのが分かった。指先を割れ目に沿ってなぞった。
 あけみのクリトリスに触れた。女のそこに直に触れるのは何年ぶりだろうか。
 夏美とも祐一が生まれてからは、あまり肌を合わせてはいなかった。仮に肌を合わせたとしても、昔のように前戯に時間をかける事はなかった。
 触れてしまうと、指を離す事ができなかった。ゆっくりと動かした。
 どれほど時間が経っただろうか。
 そのうち、押し殺すようにすすり泣くような声をあけみが上げた。そして、足が震えるのが分かった。手に夥しい体液がかかった。
 しばらくして、あけみが恥ずかしそうに「いっちゃった」と呟いた。
 私は濡れた手を枕元のティッシュで拭いたが、拭いた気がしなかった。あけみにクローゼットの位置を教えて、そこからフェイスタオルを取るように言った。そして「濡らしてきてくれ」と頼んだ。手を直接洗う事ができないので、濡れたフェイスタオルで拭いた。
「トイレを借りてもいい」
 そうあけみが言った。トイレの位置を手で教えた。しばらくしてあけみが出てきた。
「シャワートイレでよかった」
「そう」
「パンティ、替えを持っていたからはき替えてきちゃった」
 私は苦笑しながら「床が濡れている」と言った。実際には見えなかったのだが、そんな気がしたのだ。
「あっ、ほんとだ」
 あけみはティッシュペーパーを何枚か取って、そこにハンドバッグに入れていた香水を吹きかけて、床を拭いた。
「これでいいわね」
 淫臭より、香水の匂いの方がましには違いなかった。フェイスタオルを洗わせて、タオル掛けにかけさせた。
 それが済むと、あけみはまたキスをしてきた。
「よかったわよ」と言った後、一瞬、間を空けて「あなた、とても上手になったわね。まるで別人みたい」と続けた。褒め言葉には違いなかったが私にはひやりとするものだった。
「また、来るわね」と言ったので、私は慌てて「来る前に電話してくれ」と言った。「どうして」と言ったが、いきなり来られては困るからだった。ここの電話番号を教えると、あけみは赤い手帳を出してメモを取った。「じゃあ、電話するからね」と言ってあけみは帰って行った。
 あけみが病室を出て行った後、指の匂いを嗅いでみた。濡れたタオルで拭ったとはいえ、あけみの匂いは残っていた。その匂いを嗅いでいるうちに、また勃起してきた。