2020-03-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十二 きくが寄ってくると、「何て言われたのですか」と訊いた。 僕は少し考えて、「凶相が出ていると言われた」と答えた。「まぁ」 きくは振り向いて易者の方を見ようとした。しかし、その時には、易者は立ち去った後だった。素早かった。「変な易者でした…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十一 夕餉が終わると、風車はまた碁を打つ真似をした。 僕は部屋の隅の碁盤の前に行くと、座った。 風車が早速、三子置いた。そして、自分の第一子を打った。 僕はその石にかかるように石を打った。風車に自由に石を囲ませては、勝てないと思ったからだっ…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三十 風呂を出ると、昼餉が用意されるまで布団で眠っていた。 この宿には、昼に用意する御膳が決まっていて、上中下の差があるだけだった。きくと風車が相談して上にした。 昼餉が用意されると、僕は起き上がり凄い勢いで食べた。 起きてみると、お腹が空い…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十九 頬を叩く者がいた。 きくだった。隣に風車もいた。 足元には、斬り裂いた男が倒れていた。「あまりに帰りが遅いので、林を上がってきたのです」と風車が言った。 風車は千両箱を担いでいた。僕がそれに目をやると、「鏡殿を捜している間に盗まれては…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十八 次の宿場に着いたので、昼餉をとることにした。 僕は焼き鮭定食にした。「拙者もそれにするかな」と風車が言った。 きくは鴨南蛮にご飯を頼んだ。 時間を止めての戦いは疲労感を伴う。こればかりはどうしようもない。今は相手は小出しに戦いを仕掛け…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十七 朝餉が済むと、きくはききょうの白湯を貰いに行き、宿を後にした。 今日もいい天気だった。いつもより街道を歩く人の数が多かった。 しばらく、台車を押して歩いていた。すると、定国が唸る音がした。 僕は周りを見廻した。怪しい人たちは見当たらな…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十六 草道はでこぼこしていて、台車に乗った妊婦には快適とは言い難かっただろう。しかし、それよりも陣痛の方に気持ちが行っていたかも知れない。 僕も心が急いた。まさか、台車の上での出産は勘弁してくれと願った。 一キロが遠かった。いくら台車を押し…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十五 次の宿場に着くと、早速泊まるところを探した。 個室に泊まれるところが見つかったのでそこにした。このあたり一帯は温泉が出るそうだ。僕は久しぶりにゆったりと湯に浸かれることに期待した。 風車は早速、碁の手つきをしていた。 風車には分からな…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十四 寝るまでに三局した。さすがに、三局とも僕が負けた。しかし、数目の差だった。寄せで差を逆転されたのだった。 寄せにも強くならなければならなかった。何事でもそうだが、最後まで気を抜いてはいけないのだ。 少しずつ、碁のことが分かってきた。 …

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十三 宿場に着くと風車が食事処を探してくれた。 風車が見つけた所に行き、奥の部屋に通されると、僕は畳の上に倒れるように寝転がった。 女中が注文を取りに来た。僕はきくに任せた。 風車は「鰻はないのか」と女中に訊くとあると言うので、「では鰻定食…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十二 湯船に浸かると、風車が「それにしても足袋の中に小判を入れるなんてね。思いつきもしませんでしたよ」と言った。「鏡殿は鋭いですな」と続けた。「それほどでもありませんよ。ただ、部屋に上がってまで足袋を履いているのが気になっただけです」と言…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十一 朝、起きると、ききょうがはいはいしてやってきた。抱え上げると、嬉しそうに笑った。頬ずりはせずにほっぺたをくっつけた。柔らかな肌だった。「お前は美人になるな」と僕は、親馬鹿だが本気でそう思って言った。 風車は朝餉でもご機嫌だった。昨日…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

二十 焼き芋を食べ終えると、早々に風呂に入った。今日は朝から忍びの者と一戦を交えただけでなく、竹内道場で稽古までしてきたのだ。躰は疲れていた。着物を洗ったとはいえ、沢の水で注いだだけだったので、風呂場で足踏み洗いをしたいとも思った。 風車も…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十九 次の宿場に来ていた。ここは通過するか、甘味所でも見付ければ入るつもりだった。 だが、途中で珍しく道場を見付けてしまった。「鏡殿」と風車が言った。 風車は道場の前を黙って通過するつもりはなかったようだ。「入りましょうよ」と風車が言った。 …

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十八 次の日は、晴れた。宿賃を払うと、宿を後にした。 僕は台車を押しながら歩いた。「雨の後は、清々しいですな」と風車が言った。「そうですね」と僕は応えたが、公儀隠密に襲われなければですがね、と続けたくなったがその言葉は飲み込んだ。 きくは宿で…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十七 次の日も雨だった。 僕は下に降りていき、女将に今日も泊まると告げた。そして、昼は食べられるかと訊くと「ご用意はできます」と答えたので、「鴨南蛮が食べたいのだが、できるか」と尋ねた。「板長と相談して、後で答えます」と言われた。 朝餉の膳が…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十六 きくはききょうがいるのでお汁粉を二杯頼んだ。僕は饅頭と串団子にした。風車はおはぎを五つ注文した。「五つも食べられるのですか」と僕が訊くと、「いつもならもっと食べていますよ。これでも遠慮しているくらいです」と答えた。「そうですか」 甘味…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十五 次の日、朝餉を早めにとって、少しくつろいでいると、使いの者がやってきた。 風車は刀を帯に差して、その者に従った。僕も定国を掴むとその後を追った。 宿の者には、また後で来ると告げて外に出た。 使いの者に風車は付いていった。その後を僕は追っ…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十四 街道を歩いて行くと、団子屋が見えたので、きくに「入るか」と訊くと「はい」と答えた。それで、風車の方を見ると彼も頷いたので、団子屋に入ることにした。 椅子に座ると、「そういえば風車殿は酒を飲みませんね」と僕は訊いた。「拙者はこう見えても…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十三 朝餉は風車がいると楽しかった。まだ、昨日の火事の話をしていた。 おひつがすぐに空になった。おかわりをもらって、風車だけでなく、きくもききょうもよく食べた。僕もつられるように三杯目のおかわりをした。 朝餉が済んで一休みすると、宿を後にした…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十二 朝餉の席で、風車と一緒に食べている時に、風車はきくを見て、「えっ、鏡京介殿の奥方ではないのですか」と味噌汁の椀を持ちながら驚いていた。「そうですよ、わたしは鏡様の妻ではありません」ときくは言った。「拙者はてっきりご夫婦かと思っていまし…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十一 つづら折になっている街道に出た。その角を曲がると、前方に十人ほどの侍が待っていた。 定国が唸った。敵だった。林の中から手裏剣が飛んできた。僕は定国を素早く抜いてそれらを弾き返すと、手裏剣が投げられてきた林の中に入っていった。それと同時…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

十 今日は湖畔を回るように街道を通り、湖を見ながらの旅だった。温泉宿が街道沿いに続いていた。 昼は蕎麦を食べた。 明日は、湖とも別れるから、今夜は湖畔の宿を取った。 湖の見える部屋は個室にすると高かった。ここでも一人一泊二食付きで六百文かかっ…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

九 林が途切れると眼下に雄大な湖が見えた。そこに向かって坂を台車を押しながら下っていった。 途中に甘味処があった。店の前の席に座った。店の者が品書きを持ってきたので、僕はお汁粉ときなこ餅を頼んだ。きくはぼた餅二つとお汁粉を頼んだ。お汁粉は半…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

八 宿場に着くと、個室であることが条件だったので、良さそうな宿を選んで入った。角部屋の個室を借りることにした。一人一泊二食付きで四百文だった。 台車から荷物を降ろして、部屋まで運ぶと交代で風呂に入った。 夕餉を食べて、布団に入ると、きくが寄っ…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

七 店を出て、少し行くと人だかりができている。 何事かと思って見てみると、敵討ちだった。敵を討ちたがっているのは、乳飲み子を抱えた女性とその子どもと思われる七、八歳の男の子である。敵と言われている方は、見るからに強そうな壮年の侍だった。 女性…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

六 次の日はよく晴れていた。朝餉を食べると、おひつに残っていたご飯でおにぎりを作った。それは僕が持ってきたラップに包んでビニール袋に入れた。 ラップは五本ほど長いものを買って持ってきたのだった。前回の旅(「僕が、剣道ですか? 4」参照)の経験…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

五 ききょうのミルクを作ると、家老屋敷を後にした。 家老の屋敷を出る時、くれぐれも僕たちに関わらないように言った。もし、それが守れないなら、ここに戻ってきて、皆殺しにすると言った。 島田源太郎はしぶしぶ頷いた。道中手形と添え書きも書いてくれた…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

四 島田源太郎が戻ってくるには、時間がかかった。どうせ僕の話を鵜呑みにしたわけではないだろう。きっと、部屋住みの侍を起こして、僕を襲おうと思っているのだろう。 僕は彼らを縛るビニール紐を用意して待っていた。 襖が開けられると、三十人ほどの侍が…

小説「僕が、剣道ですか? 5」

三 僕は誰かに強く揺り動かされた。それで目が覚めた。 目の前にきくがいた。 僕はホッとして、また意識を失いそうになった。「京介様、本当に京介様なのですね」と耳元できくが言って、濡れた僕の躰に強く抱きついてきた。きくは泣きじゃくっていた。 しば…