小説「僕が、警察官ですか? 4」

十二

 駅に向かって歩きながら、あやめと話した。

「考えてみれば、あやめがやったことは刑事が尋問をしていて、犯人を落とすときと同じことだな。それを直接、意識の中でやるから、効果はてきめんだったんだ」と言った。

「そうですよ。わたしだけでなく、主様もやっているじゃないですか」

「そうかな。覚えはないんだが」

「今日だって、主様が相手を追い詰めていったではありませんか。だから、相手も自供したんですよ」

「そうだったかな」

「そうですよ」

「まぁ、そういうことにしておこう」

 

 電車が来たので乗った。品川、新橋、赤坂見附と乗換えを三回して、四谷三丁目駅で降りた。

 きくに携帯で電話をした。

「今、四谷三丁目にいるんだけれど、何か買っていった方がいい物があるか」と訊いた。

「明日は、お父さんとお母さんと食事をするでしょう。鍋にしようと思っているんですけれど、すき焼きはどうですか。野菜はあるので、お肉と卵を買ってきてくれますか」と言った。

「分かった。買っていく」と答えた。

 僕は駅のそばのスーパーに入って、すき焼き用の牛肉を一.五キロ買った。六人だから、二百五十グラムずつの計算だった。それと卵を買って、スーパーを出た。家までは十分ほどだった。

 

 家に帰り着くと、何だかぐったりとしてきた。スウェットに着替えると、ベッドに倒れ込んだ。そのまま一時間ほど眠った。

 起きると午後五時を過ぎていた。

 少し早かったが、風呂に入った。

 高橋丈治がしゃべったから、島村勇二まで辿り着けるだろう。だが、NPC田端食品の「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤を混入した事件の絵図を描いた者は、島村勇二ではないだろう。彼は言わば、実動部隊で、その上に作戦を立てた者がいるはずだった。そこまで来れば、二〇**年**月、起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入され、そのために何件かの事故が起きた事件を今扱っているのは、西新宿署の未解決事件捜査課だから、僕にも活躍できる場面があるかも知れなかった。

 その前に、島村勇二の方が先決だった。

 島村勇二を任意同行できて、事情聴取の現場に立ち会えたのなら、あやめを使って、この事件の絵図を描いた者が誰かを知ることができるかも知れないが、島村勇二は簡単には任意同行には応じないだろう。となると別件で逮捕して、今回の轢き逃げ事件を指図したことを自白させなければならない。

 そこまで、品川署がやれるだろうか。かなり、怪しかった。

 

 風呂から出て、ビールを飲んだ。

 ききょうと京一郎が部屋から出て来て、プリントを持って来た。

 きくはそれを受け取って「よく頑張ったわね。後で見て返すからね」と言った。

「順番にお風呂に入ってきなさい」と続けた。

 二人は、じゃんけんをして風呂に入る順番を決めていた。じゃんけんは京一郎の方が勝った。

「じゃあ、僕から入るからね」と京一郎は言った。

 ききょうは「また、負けちゃった」と言っていた。

 きくは、プリントを寝室の化粧台の上に置きに行った。

 僕はあぶったイカを裂いたものを肴にビールを飲んだ。

 

 日曜日は僕は昼まで眠った。

 子どもたちは近くの公園に遊びに行っていた。

 夕食は、四階のダイニングルームで父母と一緒にすき焼きをした。一.五キロ買ってきた肉があっという間になくなった。

 子どもたちは肉に目がなかった。

 

 月曜日になった。

 剣道の道具を持って、家を出た。

 黒金署の安全防犯対策課に着くと、すぐに家から電話がかかってきた。

 きくからだった。

「家の前に変な形の大きな車が止まっているんです」と言った。

 僕は時間を止めた。

 誰も僕に注目していなかった。

 僕は剣道の竹刀ケースを持って、安全防犯対策課を出て、家に戻った。

 家の前には、バキュームカーが止まっていた。

 一人は運転席にいて、一人は降りて、バキュームカーのホースを解こうとしていた。

 こんな所にバキュームカーが来るはずがなかった。だから、僕の家に、糞尿をまき散らそうとしていたのは、明らかだった。

 僕は竹刀ケースから定国を取り出した。そして、まずバキュームカーの外にいる奴の両腕、両足を定国で峰打ちにして、その骨を折った。時間が止まっているから、男は倒れなかった。

 今度は、運転している奴を引きずり出して、やはり、定国でその両腕、両足の骨を折った。それから、担ぎ上げて元の運転台に戻した。

 運転席のドアを閉めると、僕は定国を竹刀ケースにしまった。

 そして、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「こいつらの頭の中を読み取れ」とあやめに言った。

「わかりました」

 しばらくして、映像が流れてきた。

 二人は、尾藤昭夫と長瀬清彦だった。どちらも関友会の構成員だった。関友会の息のかかっている、墨田区****にある、し尿処理業者の高台清掃業有限会社の高台宗男から指示を受けて、し尿を鏡マンションにまき散らして来いと命じられていた。二人はそれをやりに来たのだった。

 僕はそこまで読み取ると、黒金署の安全防犯対策課に戻った。

 竹刀ケースを元の場所に戻して、携帯を耳にした。そして時間を動かした。

「どうしたらいいんでしょう」ときくは言った。

「警察を呼べ」と僕は言った。

「わかりました」と言って電話は切れた。

 しばらくして、きくから電話がかかってきた。

「変なことが起きたんです」

「どうしたんだ」

「作業員が救急車に乗せられて行きました」

「それで」

バキュームカーは、車を引っ張って行く車でどこかに運ばれて行きました」と言った。

「警察は来たのか」

「はい。警察の人が、わたしにはわからないいろいろなことをしていました」

「何か訊かれたか」と訊くと、「ええ、お宅でバキュームカーを頼んだんじゃないんですね、と言われました。もちろん、違います、と答えました」ときくは言った。

「それから、嫌がらせを受ける心当たりはありませんか、とも訊かれました」と続けた。

「どう答えたんだ」と僕は言った。

「特に心当たりはありません、と答えました。あなたが警察官だということはしゃべりませんでした」ときくは言った。

「それでいい」と僕は応えた。

 

 緑川に「ちょっと出かけて来る」と言って、鞄を持って安全防犯対策課を出た。もちろん、高台宗男に会いに行くためだった。誰の指示で、し尿をまき散らせと二人に命じたのかを確認しに行くためだった。

 新宿駅から両国まで電車で行った。そこからは歩いた。

 高台清掃業有限会社まで、十五分かかった。

 受付で、警察手帳を見せて、「社長に会いたいので、取り次いでください」と言った。

 受付嬢は内線で社長に電話をかけていた。

「お会いになるそうです」と言った。

「そうですか」

「ご案内します」と受付嬢は言った。

 受付のボックスから出て来て、左手の建物に向かった。エレベーターで二階に上がると、奥の部屋に向かった。

 ドアの前でノックをして、ドアを開け「内川です。警察の人をお連れしました」と声をかけて、ドアを大きく開いた。

 僕は中に入った。

 立派な部屋だった。

小説「僕が、警察官ですか? 4」

十一

 このままでは、高橋丈治の思うとおりの方向に取調は進んでいきそうだった。

 時を止めた。

「あやめ。取調官の意識を送れ」と言った。

「わかりました」と言った。

 取調官の意識が流れてきた。

 取調官浅井は、高橋丈治がすんなりと轢き逃げを認めたことに安堵していた。これで凉城恵子の轢き逃げ事件は終わると思っていた。後は、逃走経路と逃走資金を訊き出せば終わると思っていた。

「あやめ。取調官にどうして島村勇二の北軽井沢の別荘に潜んでいたのか、それと携帯の通話の履歴も調べるように意識させろ」と言った。

「わかりました」とあやめは言った。

 時を動かした。

 取調官の浅井は頭を振った。意識が送られてきたのだ。

「それで、どうして島村勇二名義の北軽井沢の別荘に潜んでいたんだ」と訊いた。

「それはそこが開いていたからですよ」と高橋丈治は言った。

 取調官は係員に「高橋丈治の携帯の通話履歴を見せてくれ」と言った。

 係員は「これです」と言って渡した。

 浅井は通話履歴を見た。

「おいおい、あんたと島村勇二は昵懇じゃないか。任意同行前にも通話をしている」と言った。

「たまたまですよ」と高橋は言った。

 僕は時を止めた。

「あやめ。高橋丈治に自白させるにはどうしたらいいかな」と訊いた。

「そんなの簡単ですよ。しゃべらせればいいだけですもの」と言った。

「どうやってしゃべらせるんだよ」と僕は言った。

「意識の中に入り込んで、しゃべりたくさせればいいだけです」と言った。

「やれるのか」と僕は言った。

「はい、できます」とあやめはあっさりと答えた。

「じゃあ、やってくれ」と言った。

 時を動かした。

 取調官が「たまたまにしては、別荘の件も含めておかしいじゃないか」と言った。

 そう言うと、高橋丈治は頭を抱えて、デスクに額を付けた。

 そして、顔を上げると、「五十万円もらったからですよ」と言い始めた。

 取調官が驚いて「何のことだ」と言った。

「だから、島村勇二さんに五十万円もらって、凉城恵子を轢き殺してくれと頼まれたんですよ」と高橋丈治は言った。

 取調官は慌てて「それじゃあ、ただの轢き逃げじゃなかったと言うんだな」と言った。

「そうですよ。島村勇二さんに頼まれたんですよ」と言った。

 ミラー室の人たちもざわめき出した。僕も驚いた。あやめにこんな力があったなんて知らなかったからだ。

「どんなふうに頼まれたんだ」と取調官は言った。

「島村勇二さんの事務所ですよ。島村勇二さんは、何とかっていう会社のドリンクに凉城恵子を使って覚醒剤を混入させたんですよ。覚醒剤を混入した、その凉城恵子が動揺して、口を割りそうになったので、俺に始末させたんですよ」と言った。

 そう言った後、頭をデスクに付けて、再び、顔を上げた。

「俺は一体、どうしていたんだ。何をしゃべったんだ」と高橋丈治は言い出した。意識が戻ったのだ。

 取調官が「落ち着け。全てをしゃべるとそういうふうになることもあるんだ」と言った。

「教えてくれ。俺は何をしゃべったんだ」と高橋丈治は椅子から立ち上がろうとした。そこを警察官に押さえられた。

「今更、否認してもしょうがないぞ。任意で自白したんだからな。後は証拠を固めていくだけだ」と取調官は言った。

 それからは、高橋丈治は何もしゃべらなくなった。

 そうして、午前中が過ぎていった。

 ミラー室から出ていった者は皆走っていた。今、高橋丈治が話したことの裏を取る気でいた。単なる轢き逃げ事件が、依頼を受けた殺人事件に発展したのだ。そこにいた者の興奮が伝わってくるようだった。

 

 近くの公園で弁当を食べることにした。

 ベンチに座って弁当を開けると、きくは薄焼き卵でハートマークを作っていた。

「あやめ。午後も頼むぞ。あんなふうにしゃべらせることができるなら、事件はすぐに解決できる」と言った。

「もう、あの手は使えません」

「どうしてだ」

「しゃべりたいという意識があったから、できたことなんです。彼にはそれがありました。自分だけ、轢き逃げ犯にされて、七年の刑を喰らうのは割に合わないと思っていたんです。だから、心の中で、しゃべりたくてうずうずしていたんです。それで、わたしもしゃべらせることができると思ったんです。でも、一旦、しゃべってしまうとそれが消えるんです。それどころか、しゃべったことに対して後悔をするんです。そんなところに入り込んでしゃべらせることは、わたしにはできません」と言った。

「そうか。自由にしゃべらせることができるんだと思っていた。勘違いして悪かったな」と言った。

「それと、しゃべらせることができる相手とそうじゃない相手もいます。そのことも知っておいてください」と言った。

 あやめの力が万能でないことを知って、僕は少しがっかりした。

 

 午後の取調もミラー室に行った。

 高橋丈治はだんまりを決め込んでいた。

 取調官が「午前中に任意で自白したことを読み上げる。高橋丈治被疑者は、島村勇二の事務所で島村勇二から五十万円を報酬に、凉城恵子を轢き逃げに見せて、殺すことを依頼され、それを実行したものである。凉城恵子を轢き逃げに見せて殺す動機は、二〇**年**月、起きたNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに凉城恵子が覚醒剤を混入したことをしゃべりそうになったからである。以上だ。どこか、違いはあるか」と言った。

 高橋丈治は「俺はそんなことは言っていない」と言った。

 取調官は「この取調はすべて録画記録に撮られている。お前が自白したことも録られている。言っていないという主張は通らない」と言った。

 僕は時を止めた。

「あやめ。高橋丈治の意識を読み取ってくれ」と言った。

「まだ、必要なんですか」とあやめが言った。

「必要なんだ。思いついたことがあるから」と言った。

「わかりました」

 時を動かした。

「俺は言った覚えがない」と高橋は言った。

 取調官は「でも、しゃべった事実は消えない」と言った。

 高橋はまたしゃべらなくなった。

 時を止めた。

「読み取ってきたか」

「はい」

「それなら、流せ」と言った。

 高橋丈治の意識が流れ込んできた。

『俺は大変なことをしゃべってしまった。何故、そんなことをしゃべったんだろう。もう何も言わないぞ』

「今の高橋丈治の意識を言葉にして、しゃべらせることはできるか」とあやめに訊いた。

「わかりませんが、相当悔やんでいますから、言葉にしたくてしょうがない感じです。だから、できるかも知れません。やってみます」と言った。

 時を動かした。

 高橋丈治はデスクに額を付けた。躰がぶるっと震えた。顔を上げて、「俺は何てことをしゃべってしまったんだ。一生、秘密にしておかなければならないことをしゃべってしまった。でも、もう、何も言わないからな」と言って、またデスクに額を付けた。

 取調官は「そう。そういうもんだよ、秘密にしておかなければならないことをしゃべってしまった後は。これでしゃべったことは認めたんだな」と言った。

 高橋丈治は顔を上げると「黙秘します」と言った。

 取調官は「今更、黙秘しても同じだけれどな」と言った。

 これで、高橋丈治の発言は確定した。品川署もこの自白は無駄にはしないだろう。

 これ以上いてもしょうがないので、岸田信子に声をかけてミラー室を出た。

 岸田も出て来た。

「どうやら、単なる轢き逃げ事件じゃなかったみたいですね」と僕が言った。

 岸田は「まだわかりませんが、高橋丈治が言っていることが本当だとしたら殺人ですね。これから調べることになるでしょう。ご協力ありがとうございました」と言った。

 僕は品川署を出た。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

 次の日、黒金署の安全防犯対策課に行った。

 デスクに座ると、品川署から電話がかかってきた。岸田信子からだった。

「鏡課長ですか」

「はい、私です」と僕は言った。

「おはようございます」と岸田が言った。

「おはようございます」と返した。

「車の鑑定結果が出ました」

「そうですか。で、どうでした」

「当たりでした。バンパーとタイヤから、凉城恵子さんの血痕が見つかりました。この車が凉城恵子を轢いたのです」と言った。

「ということは運転していた高橋丈治が轢き逃げ犯ということになりますよね」と言うと「はい。そうなります。それで、昨日、北軽井沢署から問合せがあって、高橋丈治をある別荘で見つけ、事情を聞こうとしたら逃げ出したので、公務執行妨害緊急逮捕したそうなんです。今、高橋丈治は北軽井沢署の留置場にいます」と言った。

「だったら、轢き逃げ犯として品川署に引き渡すように要請すればいいのではないですか」と言ったら、「ええ、ですから、朝一で、向こうには護送してもらえるように連絡しました。午前十時頃には、向こうを出るそうですから、こちらに着くのは午後になると思います」と言った。

「取調には立ち会えますか」と訊いた。

「直接には無理ですが、ミラー越しならそうできるように手配します」と答えた。

「取調はいつになりそうですか」

「こちらに着いてからですから、今日というわけにいきません。多分、明日、土曜日の午前中からでしょう」と言った。

「時間が分かったら教えてくれませんか」

「わかりました」

「念のため、携帯の電話番号を教えておきましょうか」

「はい、お願いします」

「******です。午後五時過ぎなら、携帯に電話してください」と言った。

「わかりました。では、失礼します」と言って電話は切れた。

 明日は土曜日だが、品川署に行かなくてはならなかった。ミラー越しでも、高橋丈治に会ういい機会だった。この機会を逃す手はなかった。

 僕は気持ちがはやったが、ここは待つしかなかった。

 午前中は、高橋丈治にどう対応するかを考えて時間が過ぎていった。

 

 お昼になったので、鞄から愛妻弁当と水筒を取り出して、屋上のベンチに向かった。

 今日は海苔の佃煮でハートマークが作られていた。

 鶏の唐揚げとミニコロッケと煮物をおかずに弁当を食べた。

 お茶を飲んで、安全防犯対策課に戻った。

 

 品川署から電話がかかって来たのは、午後四時だった。

「鏡です」

「岸田です。今日の午後二時に、高橋丈治はこちらに護送されてきました」

「そうですか」

「今はこちらの留置場にいます」

「…………」

「それで明日の取調の件ですが、午前九時から始めることになりました。来られますか」

「行きます。必ず行きます」

「では、取調開始の十分前には、受付に来てください。わたしが取調室にご案内します」と言った。

「よろしくお願いします」と言った。

「では、これで」と言って電話は切れた。

 

 僕は明日のことで頭がいっぱいだった。

 取調官は単なる轢き逃げ事件だと思っているだろう。しかし、これは轢き逃げに見せかけた殺人だ。そこを取調官にどう追及させるかが、勝負だった。

 

 午後五時になったので、安全防犯対策課を出て、家に向かった。

 きくが出迎えてくれた。

「どうだった、病院に行って」と訊くと「すごかったです」と答えた。

「赤ちゃんが動いているのが、あんなにもよく見えるんですね。前にも見せてもらいましたが、その時は、何だかよくわからなかったんですが、今日は元気よく動いているのがわかりました」と続けた。

「そうか」

「先生は、わたしの質問に何度も丁寧に説明してくださいました。だから、わたしにもわかりました。これからは食べる物にも注意しなくてはなりませんね。バランス良く食べるようにしないと」ときくは言った。

「十分、バランス良く食べていると思うよ」

「ええ、だから、それを続けていきます」と言った。

「きく、明日は仕事で出かける」と言った。

「明日もお仕事ですか。土曜日ですよ」ときくは言った。

「そうなんだが、どうしても出かけなくてはならなくなった」

「わかりました。何時に家を出られますか」

「そうだな、八時には出るからそのつもりでいてくれ」と言った。

「はい」ときくは応えた。

 

 次の日が来た。午前七時に目が覚めた。

 軽く朝食をとって、着替えて、午前八時前に家を出た。品川署は新馬場駅から十分程度の所にある。四谷三丁目駅からいくつか乗り換えて、新馬場駅に着くのは、八時三十七分だった。午前八時五十分に品川署の受付に着くのには、ギリギリだった。

 電車が遅れないことを祈ったが、電車は定時に運行され、僕は午前八時三十七分には新馬場駅に着いた。そこからは走って、品川署に向かった。

 品川署には午前八時五十分前に着いた。すぐに受付に行った。

 岸田信子が待っていてくれた。挨拶もそこそこに取調室の隣のミラー室に案内された。

 取調官はすでに椅子に座っていた。

 午前九時になった。取調室のドアが開いて、高橋丈治が警察官に連れられて入ってきた。

そして、取調官と相対するようにデスクを挟んで座らされた。

「取調官の浅井克典です。これより、高橋丈治の取調を始めます」とマイクに向かって話した。

 僕は時間を止めて、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。高橋丈治の頭の中を読んで来てくれ」と言った。

「はい」とあやめは言った。

 時間を動かした。

「人定質問をします。あなたは、高橋丈治、生年月日は****年**月**日。住所は不定。それで間違いはありませんか」

「ありません」

「では、事件状況を記した調書を読み上げます」

 取調官の浅井が、調書を読み上げた。

「二〇**年**月**日**時**分。****の交差点で、青信号で横断歩道を渡っている凉城恵子さんを轢き、そのまま逃走した。これに間違いないか」

「間違いありません」

 意外に素直に高橋丈治は答えていた。

 時間を止めた。

「あやめ。読み取れたか」

「取れました」

「流せ」と僕は言った。

 高橋丈治の意識が流れ込んできた。

 島村勇二から携帯に電話がかかって来て、「素直に轢き逃げを認めろ。轢き逃げなら、殺人罪より刑は軽い。七年ぐらいで出てこられる。早く決着をつけろ」と言われていた。

『だから、取調官の言うとおりに轢き逃げ犯になってやるから、さっさと検察に送ってくれ』と思っていた。

 高橋丈治は五十万円で凉城恵子を轢き殺すことを請け負っていたから、轢き逃げで処罰される方が刑は軽かったのだ。

「あやめ。取調官の意識も読んでくれ」と言った。

「わかりました」とあやめは言った。

 時を動かした。

「どうして逃げた。人を轢いたら、車を止めて、救助に当たるのが義務だろうが」と取調官は言った。

 高橋丈治は「動転してたんです。とにかく、逃げなきゃと思ってしまって」と答えた。

 高橋丈治は過失運転致死罪で逃げようとしていた。

 

小説「僕が、警察官ですか? 4」

 僕はデスクに手をついて、前のめりになって、青木に顔を近づけた。

「私が何者か、知りたいでしょう。どうして秘密にしていることが分かるのか、不思議でしょうがないでしょう。それはこうして話しているからですよ。あなたのことは隅から隅まで調べてきているんですよ。だから、何をしようとしているのかは、話しているだけで分かるんですよ」と僕は嘘を言った。

「誰に命令されたかも知っているんですよ」と続けた。

 ここで時を止めた。

「あやめ。奴の今の考えを流せ」と言った。分かっていることだったが、確認したかったのだ。

 青木は『まさか、島村勇二さんのことまで知っている訳じゃないよな。二百万円渡されて、引くに引けなくなったことも』と心で呟いていた。

 時を動かした。

「誰だと言うんだ」と青木が言った。

「関友会の関連会社、堺物産の部長、島村勇二でしょう」と言うと、青木は唇を噛みしめた。

「彼から二百万円を受け取りましたよね。それでやらざるを得なくなった」と僕が言うとうな垂れた。

「いずれ、あなたも事情聴取を受けることになるでしょう。今日はこれで帰りますが、私の目が光っているということをお忘れなく」と僕は言った。

 僕が帰った後、青木は島村勇二に電話をするだろう。

 向こうがどう出るかはその電話次第だった。

 

 僕は青木運送を出ると、署に戻った。

 デスクにつくと電話が鳴った。

 出ると岸田信子からだった。

「青いバン、見つかりました。今、署に運んでいるところです。署に着いたらすぐに鑑識に回します。ありがとうございました」と言った。

「そうですか、良かったですね。間に合って」

「ええ」

 そう言って電話は切れた。

 鑑識の結果で、凉城恵子をはねた車であることが分かれば、当然運転していた高橋丈治も重要参考人になる。

 そして、それを指示した青木雄蔵にも行き着くかも知れない。しかし、今回はそこ止まりだろう。青木雄蔵は島村勇二の名前は決して口に出さないだろう。ということは、この轢き逃げ事件とNPC田端食品の「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入していた事件とを結びつけるのは困難だということに他ならない。唯一の証人である凉城恵子が殺されたからだ。

 

 午後五時になったので、安全防犯対策課を出て、家に帰った。

 きくが出迎えてくれた。

「子どもたちは?」と訊くと、「今は、プリント中です」と答えた。

「そうか。じゃあ、風呂にでも入るか」

 僕は鞄から弁当箱と水筒を出すと、きくに渡した。

 寝室でスウェットに着替えて、風呂場に向かった。

 バスルームに入ると、髭を剃り、頭を洗い、躰を洗って、浴槽に浸かった。

 島村勇二は僕のことは忘れてはいないだろう。何しろ、刑務所送りにした張本人だから、今回も狙ってくるかも知れなかった。僕が剣道の達人だということは知っているから、接近戦はない。飛び道具を使ってくるだろう。前回もそうだったが、近距離の飛び道具なら対処できる。やっかいなのは、遠距離の飛び道具だった。狙撃銃のようなものを使われたら、どうにもならない。だが、動かないものならともかく、動いているものを狙い撃つのは、至難の業だ。相当の腕が必要になる。

 そこまでやるだろうか。

  もう一つ方法がある。家族を狙うことだ。子どもの命の保証がないと脅せば、引き下がると思っているかも知れない。そうして来たら、もっと恐ろしい脅しをかけてやるつもりでいた。

 だが、向こうには、倉持喜一郎がいる。彼も時を止められたが、その能力は僕の方が勝っていた。それを知っているから、倉持喜一郎は島村勇二に、僕に関わるなと忠告をするだろう。だが、それを聞かなかったら、島村勇二にはそれ相応の報復をするだけだった。

 これは誰にも止められないことを分かっているのは、倉持喜一郎だけだろう。

 いろいろ考えていても仕方ないから風呂から出た。

 

 風呂上がりのビールは美味しかった。

 おつまみはオニオンリングに、オニオンサラダだった。

 外側の厚切りにした部分をフライにし、中の方は薄くスライスして、水にさらして、鰹節と和えて醤油で味付けをし、檸檬を垂らしていた。

「どこで覚えているの、こんな料理?」と訊くと「テレビの料理番組です」ときくは答えた。

「前にも同じことを訊かれましたよ」ときくは言った。

「そうだったっけ」と僕は言った。

 毎日、違う料理を作るのも大変なのに、酒のつまみも作らなければならないのは、二重に大変だろうな、と思った。

 

 夕食が済んで、寝室でパソコンのキーボードを叩いていた。メモ書きを打ち込んでいた。頭の中を整理したかったからだ。

 そのうちに、風呂から上がったきくがやって来た。

「明日は、病院に行くんです」

「定期的に行っているのか」

「はい。でも、先生が何を言っているのか、時々わからないことがあります」と言った。

「そうしたら、分からないって言えばいいじゃないか」

「そうなんですけれど、そうすると、不思議な顔をされるんですよ」

「どうして」

「前にお子さんを二人も産んでいるのに、わからないんですか、って言われるんです」ときくは言った。

「そうか。きくにとっては、現代で産むのは、初めてだものな。分からないのも当然だ」と僕は言った。

「そうなんです。だから、何となく、病院は苦手なんです」と言った。

「今の医者はみんな親切だから、分からないことがあれば分かるまで訊けばいい。きくが心配することではないよ」と言った。

「そうですか。ああ、それから、今はお腹の中の赤ちゃんの様子もわかるんですね」ときくは言った。

「そう。超音波でね、見えるんだよ」と僕は言った。

「それも不思議なんです」ときくは言った。

「そうかも知れないな。とにかく、きくにとっては、何でも現代では初めてだから、素直に病院で産むのは初めてだと言えばいい。先生が丁寧に説明してくれるよ」と僕は言った。

「わかりました」

 

 ベッドに入り、きくが眠ると、時を止めて、鞄からひょうたんを取り出した。

 そして、ダイニングルームに行き、長ソファに横たわり、ひょうたんの栓を抜いた。

 あやめが現れた。

「今日も助かったよ」と言った。

「そうですか。わたしはいつも主様と一緒ですから、嬉しいですわ」と言った。

「仮に相手が遠くにいても、私を直接狙っていることが分かれば、その邪気は分かるかな」

「わかるかも知れません。その場合は、きっと邪気も強いでしょうから、遠くにいても感じるかも知れません」

「これからは遠くの方の邪気にも注意を払ってくれ」と言った。それは狙撃銃で狙撃されるかも知れないことを念頭に置いて言っていた。

「わかりました。できるだけのことはします」

「そうか。頼んだよ」

「それより、ご褒美は頂けませんか」とあやめは言った。

「いいよ、おいで」と僕は言った。

 あやめは躰をすり寄せてきた。唇が触れた。舌が絡まった。そして、躰が交じり合った。

 長い夜が始まった。

小説「僕が、警察官ですか? 4」

 青木運送の受付で、警察手帳を見せて、「社長にお会いしたいんですが」と言った。

「ちょっとお待ちください」と言って、受付の女性は内線電話をかけた。

 そして、電話をかけ終わると、「どうぞ。あの建物の三階です」と奥の建物を指さして言った。

 僕は車が通り過ぎる中を、奥の建物に向かった。

 三階建てのこぢんまりとした建物だった。エレベーターはなく、階段を上がって、三階に行った。ドアをノックして開けた。

 ドアの近くの女性に「社長はどちらですか」と訊いた。

「奥の部屋です」と答えた。

「じゃあ、失礼します」と言って、僕は部屋を縦断して、奥の部屋の前に行った。

 ドアをノックした。

「どうぞ」と言うダミ声が聞こえてきた。

 ドアを開けて中に入った。

 でっぷりとした五十代の男がデスクに座っていた。

 僕は彼の前に行き、警察手帳を見せて、「鏡京介です」と言った。あえて、黒金署の安全防犯対策課の名は言わなかった。

「電話でも問合せがあったと思うんですが、高橋丈治さんについてお話を聞こうと思いまして」と言った。

 ここで時を止めた。ズボンのポケットのひょうたんを叩いて、「これからこの男の頭の中を読み取ってくれ」とあやめに言った。

「わかりました」と応えた。

 時を動かした。

「警察の方には、電話で言いましたよ。うちには、そんな人はいないって」と青木は言った。

「それは嘘でしょう。ここで働いていたことは分かっているんです」と僕は言った。

「何を証拠にそんなことを言っているんですか」と青木は言った。

 僕は時を止めた。

 ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。読み取れたか」と訊いた。

「はい、送ります」と言った。

 映像が送られてきた。

 青木雄蔵は高橋丈治と相対していた。

「おまえ、しばらくどこかに隠れていろ」と青木が言った。品川署から電話がかかってきた昨日のことだった。

「どこに隠れていればいいんですか。教えてくださいよ」と高橋丈治は言った。

「取りあえず、この別荘に潜んでいろ」と青木は地図とキーを渡した。そこは軽井沢の別荘だった。社員の慰安用として購入されていたが、実際は社長の専用の別荘だった。住所は北軽井沢町****だった。

「青いバンはどうなったんですか」と高橋丈治は言った。

「すぐにスクラップになるさ」と青木は言った。青いバンは、墨田区のスクラップ工場に今日送られていた。すぐにスクラップにするように、五十万円ものお金を経営者に渡していた。

 その工場の電話番号は****だった。

 僕はここで一旦映像を止めた。

 あやめに「これからの奴の頭の中も読み取り続けろよ」と言って、時間を動かした。

「嘘を言ってもらっては困るんですよ」と僕は言った。そして、携帯を取り出すと電話をした。スクラップ工場にだった。

「何をしているんだ」と青木が言った。

 僕は青木を無視して、「社長をお願いします」と言った。

「わたしが社長の中込だが、あなたはどなたですか」と四十代らしい男の声がした。言わなかったが中込圭一がフルネームだった。

「警察の鏡京介です。今日、青木雄蔵から青いバンのスクラップを頼まれましたね」と言った。

「そんなことは知りません」と中込は言った。

「嘘を言っても駄目ですよ。五十万円もらっているでしょう。もう、調べはついているんです。いま青のバンはありますか」

「そんなの知りません」と中込は言った。

「殺人の共同共犯になってもいいんですか」

「あ、あります」と中込は慌てて言った。

「そうですか。スクラップにされましたか」

「いや、まだです」と中込は言った。僕はホッとした。

「すぐに、スクラップは中止してください。鑑識を送りますから、そのままにしておいてください。その車はある轢き逃げ事件の対象車なんですよ。もし、スクラップにしたら、あなたも共犯ということになりますからね」

「わかりました」と中込は言った。

「一体、何をやっているんだ」と青木が怒鳴った。

「あなたの犯罪をあばいているところですよ」と僕は言った。

 すぐに携帯で品川署の交通課に電話した。

「私は黒金署の安全防犯対策課の鏡京介と言います。岸田信子さんをお願いします」と僕は言った。

 僕の言ったことを聞いていた青木が「あんたは黒金署の安全防犯対策課の人だったのか。だったら、何でここに来る必要があるんだ」と言った。

「所轄は関係ないんですよ。警察官は皆、同じですから。少し静かにしていてもらいましょうか」と僕は言った。

「岸田です」と岸田信子が出た。

「朝、連絡をいただいた鏡京介です。新たな事実が分かったので、お知らせします。急ぎなのですぐに動いてください」と言った。

「わかりました。どうぞ」と岸田は言った。

「青のバンは墨田区の****スクラップ工場にあります。社長は中込圭一です。電話番号は****です。今にも、スクラップにされる状態にあるので、すぐに鑑識を向かわせてください。お願いします」と言った。

「わかりました。すぐ手配します」と言って電話は切れた。

 青木雄蔵は椅子に深く座っていた。電話の様子からして事態を把握したようだった。

「で、高橋丈治は何処にいるんですか」と僕は訊いた。

「知るか」と青木雄蔵は答えた。

「そうですか。でも、何処にいるかは知っているんですよ」と僕は言った。

 携帯を出して、一一〇番にかけた。

「こちら、警察です。事故ですか、事件ですか」とオペレーターの声がした。

「私、黒金署の安全防犯対策課課長の鏡京介と言います。品川区で起きた轢き逃げ事件の犯人の潜伏先を知っているのでお伝えしようと思って電話しました」と言った。

「品川区で起きた轢き逃げ事件ですか。どなたが轢き逃げされたのでしょうか」と訊いてきた。

「凉城恵子さんです」と言った。

「で、誰が轢き逃げ犯人なんですか」とオペレーターは言った。

「高橋丈治という男です」と僕は言った。

「どこにいるんですか」とオペレーターは言った。

「北軽井沢にいます。急ぎなので、北軽井沢署に繋げてもらえませんか」と僕は言った。

「少々、お待ちください」

「こちら北軽井沢署です」と女性の警察官が出た。

「そちらの管轄内の別荘に轢き逃げ事件の犯人と疑わしい男がいると思われるので、任意同行を求めて、事情を聞いてください」と言った。

「その人は誰で何の事件の被疑者で、別荘の場所はどこですか」と矢継ぎ早に訊いてきた。

「高橋丈治という男で、品川区で起きた轢き逃げ事件の犯人であるのが濃厚です。別荘は北軽井沢町****です」と言った。

「わかりました。あなたのお名前は」と訊いた。

「黒金署の安全防犯対策課課長、鏡京介です」と答えた。

「すぐに署員を向かわせます」と彼女は言った。

「よろしくお願いします」と僕は言って携帯を切った。

 僕は時間を止めた。

「あやめ。映像を取り続けていたか」

「はい」

「じゃあ、流せ」

 映像が流れてきた。

 この部屋だった。

『あいつ、何で、スクラップ工場のことを知っているんだ。そんなはずはないのに。それに金額も知っている。何者なんだ、こいつ。まさか、俺が高橋丈治に命じて、凉城恵子を轢き殺させたことも知っている訳じゃないだろうな。しかし、知っているかも知れないな。そうでなければこんな所に来るはずがないじゃないか。それに、高橋丈治の居場所まで知っている。俺とあいつしか知らないことなのに、何故だ。一体、どうなっているんだ』

 時を動かした。

小説「僕が、警察官ですか? 4」

 緑川に「捜査二課に行ってくる」と言って、安全防犯対策課を出た。

 捜査二課は三階にあった。

 二課のドアを開け、近くにいた女性に警察手帳を見せて、「安全防犯対策課の鏡京介ですが、安達祐介さんをお願いします」と言った。

 女性警察官は「ちょっと、お待ちになってください」と言って、安達を呼びに行った。

「何ですか」と安達がやって来た。四十歳ぐらいの無精髭の男だった。

「初めまして。安全防犯対策課の鏡京介です」と言った。

「安全防犯対策課が何の用ですか」と安達は言った。

「安全防犯対策課の用ではなく、私個人の疑問を訊きに来ました」と言った。

「そうですか。何が訊きたいんですか」と言った。

「二〇**年**月にNPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤が混入し、そのために何件かの事故が起きた事件があったのは、ご存じでしょうか」と訊いた。

「知りません」

「普通、その手の事件では、脅迫状が届いたり、脅迫金を要求するようなことが起きたりするんですが、そういったことが一切なかったんですよ。犯人は何のために、NPC田端食品が販売していた「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤を混入したのか、分からないんですよ。そこで、うちの課の者に訊いてみたら、岡木治彦が株が関係しているんじゃないかと言って、あなたに訊けば分かるかも知れないと教えてくれたんですよ」と言った。

「なるほど。少し調べてみますか」と言って、自分のデスクに向かった。僕も一緒について行った。

「何て言いましたっけ、その株式会社の名前」と安達は訊いた。

NPC田端食品です」と答えた。

NPC田端食品ね」と安達は言いながら、パソコンを操作していた。

「二〇**年**月だって言ってましたよね」と安達が訊いた。

「そうです」

「これか」と安達は言って、「画面を見てください」と続けた。

 折れ線グラフの画面が見えた。ちょうど、山のように見えた。

「二〇**年初頭の株価は八百円程度だったのが、二ヶ月あまりで五千円にも急騰している。それが**月の初めから下落し出して、その三ヶ月後には五百円にまで下がっている。こうした状態なら、普通はこうしたことは相場操縦的行為として疑われる可能があるんですが、その株式会社の有力商品に覚醒剤が混入していた事実があったとしたら、株価の下落は不思議ではありませんね。しかし、株価がつり上がっているのが、気になる。仮に百万株を八百円で購入して、五千円で売り抜けたとしたら、四十二億の利益が生まれることになる。まぁ、その半分だとしても二十一億です。大変な金額だ。足がつくような脅迫状を出したり、脅迫金を要求するようなことをしなくても、確実に大金を手にできる。しかも、相場操縦的行為として疑われる可能性もなくすことができる。一石二鳥の方法ですね」と安達は言った。

「株を購入したり、売った者は分かりますか」と僕は訊いてみた。

「そりゃ無理ですよ。よほど大口でないと誰にもわかりません。そして、大口だとすると、東証にマークされます。相手はそれほど馬鹿じゃないと思いますよ」と安達は言った。

「あなたはこれを行ったのはどういう人物だと思いますか」と僕は訊いた。

「人物。人物と言うより、暴力団が絡んでいるんじゃないですかね。覚醒剤を混入したんでしょ。暴力団の資金源の一つですよ。そして、暴力団だとすれば、配下の者に分散して、株式を一斉に買わせることができるし、売ることもできる。そうだとすると、相手を特定することはまず不可能です」と答えた。

「そうですか。それじゃあ、完全犯罪だ」と僕は言った。

「そうなりますね」と安達は言った。

「どうも、お手間を取らせました」と言って、僕は安達のデスクを離れ、捜査二課の部屋から出た。

 

 安全防犯対策課に戻って頭を整理した。

 安達の言った「暴力団が絡んでいるんじゃないですかね」と言う言葉から、すぐに関友会が浮かび、島村勇二が浮かんだ。島村勇二は、覚醒剤を混入した凉城恵子を高橋丈治に轢き逃げに見せて殺させている。そして、その裏には株で儲けた莫大な金があった。

  高橋丈治を見つけて、吐かせることが大切だった。品川署の交通課が高橋丈治を見つけられるかどうかにかかっていた。

 そうしていると、電話がかかってきた。

 受話器を取ると「品川署の交通課の岸田信子です。安全防犯対策課の鏡課長ですか」と訊いた。

「はい、私です」

「昨日、お電話をいただいた件ですが、青木運送業に電話したら、高橋丈治という人はうちの従業員ではないと言われました。そして、うちでは、青のミニバンは使っていないとも言われました」と言った。

「青木運送業の住所と電話番号を教えてもらえませんか。それと誰と話をされたのですか」と訊いた。

「社長の青木雄蔵さんです。住所は墨田区****で、電話番号は****です」と言った。

「お手数をおかけしました」と言うと、「こちらで調べた結果は確かにお伝えしましたからね」と言って、電話は切れた。

 これで、墨田区まで行って、青木運送業の社長、青木雄蔵に会わなければならなくなった。

 高橋丈治は従業員名簿から消されて、どこかに匿われている可能性が高い。それを見つけ出せばいい。

 

 お昼になったので、鞄から愛妻弁当と水筒を取り出して、屋上に上がった。

 今日は鶏そぼろでハートマークを作っていた。

 出産まであと二ヶ月とちょっとだった。

 

 昼食を終えると、緑川に「ちょっと出かけてくる」と言って、安全防犯対策課を出た。

 新宿駅まで歩き、両国まで電車に乗った。

 青木運送は両国から二十分ほど歩いた所にあった。