小説「僕が、警察官ですか? 2」

       僕が警察官ですか? 2

                                                  麻土 翔

 

 僕は公務員試験総合職に合格した。

 そして、警察庁に入った。キャリア組は警察大学校で研修を受け、その後、一年間の交番勤務を経て、再び警察大学校の研修を受けた。その後、各地に配属された。

 配属される時に、希望を書かされた。僕は自分の家から通える所を希望した。

 あいにく、警部となった僕に見合うポストがなかったので、黒金署に安全防犯対策課が作られた。そこの課長として僕は赴任することになった。

 僕の担当する黒金地区の治安は最悪だった。それを改善するのが、安全防犯対策課だった。

 

 僕は通り一遍の挨拶をして、メンバーの自己紹介を聞いた。

 メンバーは六人だった。

 ナンバー二の係長は、女性の緑川亜由子、警部補だった。警部補の係長は異例の方だった。僕のお目付役なのかも知れなかった。彼女は四十二歳、バツイチだった。五歳の男の子がいた。来年、小学校に上がる。

 緑川は太い眉毛のキリリとした美人だった。ただ、そのたたずまいに近寄り難さがあった。

 時村才蔵、六十三歳、巡査部長。再来年、退職を迎える。昔は捜査一課にいたが、これといった成果を出してはいなかった。でっぷりと太った腹を出して、椅子に腰掛けていた。頭頂部がはげていた。本人はそれを気にしているようだった。

 岡木治彦、四十五歳、巡査部長。捜査二課からの転属である。本人の希望のようだった。黒金署管内には、あの黒金組がある。捜査二課はその対策に、忙しい部署だった。岡本はもっと楽がしたかったのだろう。奥さんがうるさく、家庭ではいい父親をしているという噂だった。

 滝岡順平、三十四歳、巡査。コンピューターを扱わせれば、右に出る者はないが、変人で、仕事中に勝手にサイトを覗いては叱られている。捜査三課から飛ばされたという話がある。平凡な顔。どこにでもいるような奴だった。

 鈴木浩一、二十六歳、巡査。交番勤務から昇格して配属されて来た。これぞ二枚目という男。各部署の女性警察官から、熱い視線を送られているという。

 並木京子、二十二歳、巡査。今年、採用されたばかりの新人。僕には普通の子に見えるが、警察官の中では人気がある。

 これらのメンバーと僕は仕事をすることになった、黒金地区の安全を守るために。

 

 午後五時になったので、僕は課の部屋を出た。他の者にも早く帰るように言った。

 署を出て歩いていると、携帯が鳴った。

 開口一番、「黒金地区にようこそ」と相手は言った。

「神崎茂か」と僕は言った。

「呼び捨てですか。偉くなったもんですね」と神崎は言った。

「偉くはなりはしない。ただ、ヤクザとは、丁寧語で話す義務はない」と言った。

「そう言わないでくださいよ。これでも歓迎しているんだから」

「よく、この携帯番号が分かったな」

蛇の道は蛇って言うじゃないですか」

「そうか」

「何故、公務員試験総合職に合格したあなたが、警視庁に来て、よりにもよって、この黒金署に来たんでしょうね」と訊いた。

「上の意向に従っただけさ」と答えた。

「そうなんですか」

「それ以外に何があるっていうんだ」

 僕は答えるのが面倒になってきていた。

「何か用でもあるのか」と訊いた。

「いいえ、お祝いの電話のつもりです」と神崎は答えた。

「それはどうも。こちらはあまり嬉しくはないんだがね」と言うと、神崎は笑って、携帯を切った。

 僕も携帯をしまった。

 

 家のドアを開けると、「あなた、お帰りなさい」ときくが僕を出迎えてくれた。

 きくとは、僕が二十歳になった時に、きくの戸籍が取れたので結婚した。きくの戸籍を取るのは大変面倒だった。

 僕が十八歳になった時に、区役所にきくの戸籍の申請をした。しかし、認めてもらえなかった。それで、仕方なく、家庭裁判所に戸籍申請の訴えを起こすことになった。江戸時代からきたきくの身元を証明するものが全く無かったため、それが結審するまでに、二年もかかった。ただ、裁判所も、子どももいるきくを、この先、ただ無戸籍のまま放置することはできなかった。難しい裁判の結果、ようやくきくに戸籍が与えられた。

 当然、ききょうと京一郎にも戸籍ができ、ききょうと京一郎は、今、小学校に通っている。ききょうは四年生で、京一郎は三年生だった。

 きくは、今では何不自由なく現代の生活ができるようになった。

 

「今日は、何」と僕は夕食のメニューを訊いた。

「ミートパイを作ってみました」と答えた。

「ミートパイ」

「はい」

「難しくなかった」

「難しかったです」

「風呂に入ったら、食べるよ」と僕は言った。

「わかりました」

 

 僕は風呂に入った後、食卓についた。

 テーブルには、ミートパイの他にたらこスパゲティやサラダが並んでいた。

 カボチャスープも作っていた。

「凄いな」と言うと、「あなたが喜んでくださると思って」と応えた。

 きくは結婚してから、京介様とは言わなくなって、あなたと言うようになった。

「どうしてそう呼ぶの」と訊いたら、「その方がより近く感じるんです」と答えた。

「そうか」としか言いようがなかった。

 

 ききょうも京一郎も椅子に座って、ミートパイを食べていた。

小説「僕が、警察官ですか? 1」

十五

 午後五時のニュースで、新宿区西新宿の路上で午前一時半頃、警察官が発砲されるという事件が起きたことがトップニュースで流れた。

 警察官は無事で、発砲した高島研三容疑者がその場で逮捕されたことが伝えられた。

 ニュースを聞いていたきくが、「その警察官ってあなたじゃないでしょうね」と言った。

 きくに嘘を言うつもりはなかったので、「いや、俺だよ」と言った。

「まぁ、それで大丈夫だったんですか」と訊いた。

「ニュースでも言っていたろ。警察官は無事だったって」と答えた。

「そうですけれど、心配ですもの」ときくは言った。

 その時、「パパ、お風呂」と京一郎が言ってきた。

「分かった。一緒に入ろう」と言うと「わたしも」と京一郎の後ろからききょうも言った。

「さぁ、みんなで入ろう」と僕は言った。

 

 風呂上がりの午後六時のニュースも、警察官が発砲されるという事件がトップニュースになっていた。僕自身のことを伝えられているようで、いい気分はしなかった。

 午後七時のニュースは見ずに、夕食をとった。

 八宝菜に、かに玉だった。本格的に作ってあったので驚いた。

 午後九時に山岡から携帯に電話がかかってきた。

「今日は災難でしたね」と言った。

「そうですね」と応えた。

「飯島明人が石井を絞殺したことを吐きましたよ」と言った。

「本当ですか」と言ったが、意外に早かったな、とも思った。もともと性根の座っている男には見えなかった。

「ええ。後の二人も時間の問題です」と言った。

「そうですか」

「鏡さんも気をつけてくださいね。相手は手傷を負っているから、こんな暴挙に出たんですよ。でも、やぶ蛇でしたけれどね」と言った。

 僕が何も言わないでいると、「では、これで」と電話は切れた。

 

 午後十一時にベッドに入った。きくが眠ったので、時間を止めて、机の引出しからひょうたんを取り出して、ダイニングルームに行った。

 長ソファに座ってひょうたんの栓を取ると、あやめが現れた。

「今日は危なかったですね。あんな武器があるなんて知りませんでした」とあやめが言った。

「あれは拳銃と言うんだ。現代じゃあ、一番危険な武器だ。よく覚えておいてくれ」と僕は言った。

「あれは拳銃と言うんですか」とあやめが言ったので、「ピストルと言うこともある」と僕は付け加えた。

「拳銃とピストルですね」とあやめは言った。

「それを持っているようなら知らせてくれ」

「わかりました」と言った後、「こ褒美くださいね」と躰をすり寄せてきた。

「分かった」と言って、あやめを抱き締めた。そして、唇を吸った。それからパジャマを来ているのにも拘わらず、あやめと交わった。

 これは何度しても慣れなかった。

 射精をした。あやめがすぐに吸い取った。そのまま口でペニスを吸い続けた。また、勃起してきて射精をした。今度は長かった。

 それも全部吸い取った。

 僕はことが終わるとシャワーを浴びた。そして、バスタオルで躰を拭いて、パジャマを着た。

「そんなことしなくてもいいのに」とあやめは言ったが、こればかりは気になってしょうがなかったのだ。

 あやめをひょうたんに入れて栓をし、机の引出しに入れた。

 それからベッドに入って、時を動かした。

 僕はすぐに眠った。

 

 次の日の朝刊は、警察官が発砲されるという事件をどこもトップニュースとして扱っていた。警察官の氏名はどのマスコミも発表していなかった。ただ、犯人の高島研三については、詳しい履歴が載っていた。

 次のニュースが芸能界に広がる覚醒剤汚染の問題だった。三番目がNPC田端食品が販売している「飲めば頭すっきり」というドリンクの販売が中止されたというニュースだった。

 朝食を子どもたちととって、僕はまた眠った。今日は午後五時から午前一時までの勤務だった。

 

 午後四時に家を出て、西新宿署に向かった。私服から制服に着替えると、係員から指示と報告を受けた。その時に、「心理カウンセラーを受けたいのでしたら、その用意があるのでどうですか」と訊かれた。僕が発砲されたことが心理的に影響を受けていないか、上の方が心配しているようだった。僕は「必要ありません」と答えた。

 それから、午後五時に交番勤務に就いた。

 その日は何もなかった。

 

 一週間が過ぎた。

 飯島明人の自供で中本伸也も石井和義の絞殺と死体遺棄を認めた。それを指示したのが、興津友康だということも自白した。ただ、興津友康は否認し続けた。しかし、この件は証拠が揃っている上に、飯島明人と中本伸也の自供があるので、興津友康も起訴されるだろう。

 一方、警察官発砲の件は、高島研三が自供しているのと、携帯電話の通話記録が決め手で島村勇二も起訴される方向に向かっていた。NPC田端食品が販売している「飲めば頭すっきり」というドリンクに誰がどういう手段で、覚醒剤を混入したかは結局分からずじまいだった。

 芸能界の覚醒剤問題も一段落ついた。

 

 一ヶ月が過ぎると、万引きや窃盗が多くなった。大半はすぐに捕まった。その日暮らしの人がほとんどで、刑務所で冬を越したいのが本音だった。

 

 僕は冬になると、コートを着て、交番の前に立つことが多くなった。

 相変わらず。小さな相談やもめ事や事件はあったが、大きな事件は、管轄している範囲内では起きなかった。

 

 春になると、子どもたちの学年が一つ上になった。

 八月になると一年に及ぶ交番勤務が終わった。

 警察大学校で一ヶ月間の研修を受けた。そして、警部に昇進した。警部に昇任したので、警察大学校の警部任用科で四ヶ月の教養を受けた。

 警察大学校に通っている二〇**年九月**日火曜日に、全国警察剣道選手権大会が日本武道館で行われた。

 七回戦って、僕は一度も負けなかった。つまり、僕は全国警察剣道選手権大会を二連覇した。

 警察大学校を出た後、希望する任務地があったら申し出るように言われたので、家から通えるところを希望した。

 あいにく、家から通えるところは人気が高く、希望する部署がなかった。そこで、新宿区にある黒金警察署に新たに安全防犯対策課が設けられた。僕はそこの課長として赴任することになった。

                               了

小説「僕が、警察官ですか? 1」

十四

 明日は、午前一時から午前九時までの勤務だった。

 午前七時に起きて、子どもたちと一緒に朝食をとった。その後で「お昼はいらない」と言って眠った。

 午後三時頃、子どもたちは帰ってきた。僕も起きた。

 子どもたちと一緒におやつを食べた。蒸かし芋だった。僕は昼食をとっていなかったせいか美味しかったが、子どもたちの評判は良くなかった。

「焼き芋にすれば良かったわね」ときくは言った。

「子どもたちはどうか知らないけれど、俺は美味しかったよ」ときくに言った。

 きくは嬉しそうにしていた。

 おやつを食べた子どもたちは自分の部屋に行って、きくからの宿題のプリントをやっているようだった。一時間ほどして、プリントを持って出て来た。きくがプリントを預かって、「採点した後で返すからね」と言った。

 それから子どもたちと一緒に風呂に入った。頭と躰を洗ってやると、二人は一緒に浴槽に入って、潜った。

 先に京一郎の方が顔を出して、すぐにききょうも顔を出した。どっちが長く潜っていられるか、競争していたのだ。

 僕は二人に向かって叱った。

「お風呂場でそんなことをしてはいけない。浴槽で死ぬ人は多いんだから、もうしないと約束するんだ」と言った。

 二人とも「はーい。約束します」と答えた。

 子どもたちにシャワーをかけて、脱衣所にいるきくに渡した。

 僕は髭を剃って、頭と躰を洗って、浴槽に浸かった。

 島村勇二は、相崎賢治が逮捕されたことを知っただろう。だとしたら、次はどういう手を打ってくるのか見えるようだった。

 風呂から出て、汗が引くまでバスローブを着た。勤務があるから、ビールではなく、コーラを飲んだ。

 そのうち午後七時になり、夕食の時間になった。子どもたちと夕食をとって、午後十一時半まで仮眠した。

 起きると、顔を洗い、着替えた。ズボンのポケットにはひょうたんを入れた。朝食の弁当と水筒の入った鞄をきくから受け取り、家を午前〇時に出た。

 午前〇時半前に、西新宿署に着いた。私服から制服に着替えて、係員から報告と指示を受けた。相崎賢治の取調が今日の午前九時から行われることを教えてくれた。僕は礼を言って、西新宿署を出た。

 二百メートルほど離れたところで、ズボンのポケットのひょうたんが振動した。

「前方の辻の角に、この前の男がいます。今日は殺気立っています」と言った。

「分かった」と僕は言った。僕も今日は警戒していた。相手は高島研三だろう。この前、下見をしていたところに潜んでいるのに違いなかった。

 まだ、十メートルほど距離がある。確実に相手を殺すのなら、もっと近付いた方がいい。普通に歩いていたが、時間がゆっくりになったように感じた。

 相手と五メートルほどに近付いた。すると、高島研三は陰から飛び出して、銃口を向けた。そして、引き金を引いた。

 その瞬間に時間を止めた。引き金を引くのと同時に止めたにも拘わらず、二メートル先に弾丸は止まっていた。一瞬でも遅れていたら、弾丸は顔を貫いていただろう。

 僕は鞄で弾丸を地中に向くように、叩き落とした。そうしないと、時間を動かしてから、弾丸がどこに飛んでいくか分からなかったからだ。

 すぐに、高島研三のところに向かい、拳銃も鞄で叩き落とし、後ろ手に手錠をかけた。

 それから、僕のズボンからハンカチを出して、高島研三の懐を探った。携帯が出て来た。通話の履歴を見た。一時間前に島村勇二と会話をしているのが分かった。念のため、時間を動かして島村勇二に電話をかけた。

「やったか」と言う島村勇二の声が聞こえた。

「やりましたよ、違う意味で」と心の中で答えて、電話を切った。そして、時間を止めた。これで、島村勇二との通話記録が拳銃発砲直前にかけられたものと思われるだろう。高島研三と島村勇二の関係が強く結びついたことになる。

 携帯を高島研三の懐に戻した。ハンカチはズボンのポケットにしまった。

 そして、高島研三を地面に俯せに倒して、背中に膝を乗せた状態で、時間を動かした。高島研三は膝の下で呻いていた。僕は携帯を取り出して、西新宿署に電話をした。

 オペレーターが出た。

「事故ですか、事件ですか」と訊いてきたので、「千人町交番所の鏡京介です。今、発砲されたので、その犯人を現行犯逮捕しました。犯人を引き渡したいので、至急、応援を寄こしてください。場所は****です」と言った。

 すぐにパトカーが二台来た。

 警官が六人降りてきて、二人は、高島研三をパトカーに乗せた。その時手錠を外して、僕は自分の手錠を腰に付けた。そのパトカーはすぐに西新宿署に向かった。

 残りの四人は、鑑識だった。一人から僕が襲われた状況を訊かれ、それに答えた。もう一人は盛んにそこら中の写真を撮っていた。そして、もう二人で、落ちていた拳銃と地面にめり込んでいた銃弾が丁寧に回収された。もちろん、写真を撮った後だった。僕が襲われた状況も再現してほしいと頼まれ、それを写真に撮っていった。しかし、それほど時間がとられたわけではなかった。詳しい事情聴取は、勤務後ということになり、パトカーは去って行った。

 僕は一時間半ほど遅れて、千人町交番所に着いた。交番に向かう途中で携帯でも連絡したが、保多巡査に待たせてしまった理由を簡単に説明して謝り、引継ぎをして、交番勤務に就いた。

 

 午前四時頃からパトロールに出た。午前五時頃、酔い潰れて道路に寝ている若者がいたので、起こして駅に向かわせた。

 午前七時に交番に戻り、鞄から愛妻弁当と水筒を出して、朝食をとった。

 午前九時半に北村巡査が来たので、引継ぎをして、西新宿署に向かった。

 西新宿署で制服から私服に着替え、係員に報告をした後、鑑識と取調刑事の事情聴取を受けた。

 まず鑑識の事情聴取では、僕の防御の方法では銃弾が地面にのめり込んでいた位置が合わないと言われた。鑑識の結果からすると、拳銃が暴発して、銃弾が地面にめり込んだとしたら、もっと手前でないとおかしいと言うのだ。だが、僕は自分の言っていることが真実だとしか言い様がなかったし、それで押し通した。鑑識もまさか時間が止まることは予想だにしていなかったから、僕の説明を受け入れるしかなかった。

 高島研三が持っていた拳銃はM1911の精巧な模造品で、まともに顔面に弾を受けていたら、死ぬか重症を負っていたところだった。

 鑑識の後は、刑事からの事情聴取が待っていた。

 事件のことについては、時間を止めたことを除いて、一通り話した。

 その後で、僕は昨夜、相崎賢治から脅迫を受けていたことも話した。その件では、高島研三と並行して相崎賢治にも取調が行われているようだった。

「高島研三から島村勇二への通話記録が出て来たので、今、島村勇二も重要参考人として事情聴取しているところです」と刑事が言った。

「相崎賢治からの脅迫以外で、狙われる心当たりはありますか」と別の刑事が訊いた。

「いいえ」と答えた。

 須藤の写真から滝沢工業株式会社を捜し出したことが原因だと思ったが、これは山岡を含めて三人の刑事のお手柄ということにしてあるから、言わなかった。

 高島研三を逮捕した状況は、脚色して話した。つまり、相手が物陰から飛び出してきた時、拳銃が見えたので、鞄で払い落としたら暴発したと答えた。

「高島研三はちゃんと狙って撃った、と言っているんですけれどね」と一人の刑事は言った。

「それはちゃんと狙って撃ったつもりでしょう。でも、銃弾は地面に刺さっていましたよね。それが事実です」と僕は鑑識にも言ったことをまた言った。

「確かに、その通りですな」ともう一人の刑事は言った。

「でも、これからも鏡さんが狙われることはないんでしょうか」と若い方の刑事が訊いた。

「どうでしょう。私を狙えと指示したのが、島村勇二なら重要参考人として事情聴取を受けているので、もうしないでしょう」と僕は言った。

 若い刑事は「そうですよね。警察官を射殺すれば、必ず追い詰められるのに決まっていますからね」と言った。

 もう一人の刑事が「そうですよ。警察官は、皆、命を張って職務にあたっているんだから、その命を狙ってきたらただでは済まないことはわからせてやりますよ。高島研三を徹底的に取り調べて、島村勇二との関係は吐かせます」と言った。

 この二人でなくても、警察官を狙った犯罪には警察官は厳しく当たる。高島研三の口がどんなに硬くても、割らせることは目に見えていた。

 その他に形式的な質問をいくつか受けて、事情聴取は終わった。

「勤務明けにお疲れ様でした。これで終わりです」と年上の方の刑事が言った。

 西新宿署を出たのは、午前十一時近かった。すぐに携帯で家に電話をした。

「今から、帰る」とだけ言った。

 

 午前十一時半に家に着いた。

 着替えて、顔を洗ったら、昼食をとった。ペペロンチーノだった。

 昼食後に眠った。

 午後三時頃、子どもたちが帰ってきて、僕も起きたから、一緒におやつを食べた。カスタードプリンだった。

 子どもたちは喜んだ。すぐに食べ終わったので、「もう一つないの」と京一郎が言っていた。

「ないわよ」ときくが言った。

 おやつの後は、プリントをする時間だった。ききょうと京一郎はきくにプリントをもらって、それぞれの部屋に入っていった。

 

小説「僕が、警察官ですか? 1」

十三

 午後九時から二時間パトロールをした。

 午後五時から飲んでいるという男性の高齢者が酔い潰れて道路に寝ていたので、介抱して自宅まで送り届けた。そのことを日誌に書いた。

 午前一時半に北村巡査が来たので引継ぎをして、西新宿署に向かった。

 

 西新宿署に向かう時、つけてくる者がいた。

 あやめが「誰かつけてきていますよ」と言った。

「知っている」

「どうするんですか」と訊くから、「時間を止めて、あやめに頭の中の映像を読み取ってほしい」と答えた。

「わかりました」

 僕は時間を止めた。そして、後ろに向かって歩き出し、物陰からこちらを見ているフルフェイスの男からヘルメットを脱がせた。若い男だった。二十代後半だろう。

「あやめ、読み取ってくれ」と言った。

「はい」と言って、しばらく時間が過ぎた。

「読み取りました」と言う声が聞こえた。

「では送れ」と言った。

 映像が送られてきた。クラクラとした。長いものではなかった。あやめも慣れてきたのだろう。必要な部分を読み取ればいいことが分かってきたようだった。

 再生した。男は高島研三、二十六歳。山奥で銃の練習をしてきたヒットマンだった。まだ、実戦の経験はなかった。今日は下見だった。この時間、僕が西新宿署に歩いて行く道筋で狙えるところを探していたのだ。依頼主は、島村勇二だった。関友会の関連会社、堺物産の部長だった。

 躰には、拳銃は携帯していなかった。今日のところは帰そうと思った。

 フルフェイスのヘルメットを被せて、その場を離れ、元の位置にまで戻った。そこで時間を動かした。

 高島は僕が西新宿署に入るまでつけてきた。

 

 西新宿署に着くと、係員に報告をした。指示はなかった。

 西新宿署を出て、家に帰り着いたのは、午前二時半だった。

 きくが起きていて、出迎えてくれた。

 その時、携帯が鳴った。すぐ録音を始めて、携帯に出た。

「鏡京介だな」とボイスチェンジャーの声がした。

「そうだ」

「スタンドプレーもほどほどにしとけよ。家族が心配じゃないのか」と言った。

「別に心配はしていないさ。私が守るから」と言うと、相手は笑って、「威勢のいいことだ。だが、これ以上、首を突っ込むな」と言った。

 ここで時間を止めた。

 ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「あやめ。この電話の相手の映像が読めるか」と訊いた。

「相手が遠くにいたら、無理ですよ」と答えた。

 しかし、「ちょっと待ってください。その相手はこの家の近くにいますよ」と言った。

「そうか」と言うと、僕は止まっているきくを避けて、玄関を上がり、納戸の竹刀ケースを取った。そこから定国を取り出して、外に出た。

「どの辺りだ」とあやめに訊いた。

「上の方です」と答えた。

 この家が見下ろせるところまで行くと、黒ずくめの男が携帯をかけていた。

 あやめが「この男です」と言った。

 僕は定国でその男の両腕と足を峰打ちにした。骨は折れなかったが、ひびは入っただろう。それから頭を刀の峰で叩いて気絶させた。

 家に戻り定国を竹刀ケースにしまって、黒ずくめの男のいるところまで戻った。

「この男の頭の映像を読み取ってくれ」とあやめに言った。

「はい」と言うと、しばらくして「読み取りました」と言ってきた。

「映像を送れ」

「はい」とあやめは言った。

 目眩と一緒に映像が送られてきた。

 黒ずくめの男は、相崎賢治、三十歳だった。

 堺物産の部長室が見えた。そこには、島村勇二もいたが、僕の知っている人もいた。剣道のインターハイで戦った倉持喜一郎(「僕が、剣道ですか? 7」参照)だった。

 倉持喜一郎は僕に剣道のインターハイ三連覇を止められていた。それだけでなく、全国学生剣道大会においても、二連覇していたのを三連覇目で止められた。

 倉持は僕と同じように時を止めることができた。剣道大会を連覇できたのも、その能力のおかげだったが、僕の方が時を止める能力では上回っていたのだ。それで試合では、敗れていった。

 その倉持がヤクザの世界に足を踏み入れていたとは、知らなかった。しかし、考えてみれば、そんな能力を持っていたら、かたぎになるよりヤクザになった方が遥かにその能力を効果的に使える。倉持がヤクザになったのは、そんな考えからだったのだろう。

 倉持は「鏡京介に関わることは止めておいた方がいいですよ」と言った。倉持は僕の真の恐さを肌身で知っていた。倉持は自分の能力のことは、隠してヤクザの世界を駆け上がって行ったのだろう。

「でもね、倉持さん。うるさい蠅は叩いておくに越したことはないんですよ」と島村が言った。僕のことを知らないからこんなことが言えるのだ。そのうちに、倉持の言った意味が分かる時が来る。

「相崎、鏡に警告の電話をしろ。それでも、止めないようなら、高島を使う」と言った。

 僕は相崎のズボンのベルトを外して、相崎を後ろ手に縛った。それからズボンを半分ほど下ろして、足のところを結んだ。これで目が覚めても逃げ出すことはできなくなった。

 玄関に戻り、時間を動かした。携帯を切って「きく、近くに不審者がいるから捕まえに行く」と言って外に出た。

 携帯で西新宿署を呼び出した。

「警察官の鏡京介です。住所は四谷五丁目**です。脅迫電話をかけてきた者がいたので捕まえました。警察官を寄こしてください。深夜ですので、覆面パトカーはサイレンを鳴らさないで来てください」と言った。

「わかりました」とオペレーターは言った。

 パトカーが来るまでに、ズボンを縛ったのを解いて、ちゃんと穿かせた。

 十分ほどで覆面パトカーは家の前に来た。僕は、「こっちです」と、相崎が倒れているところまで、パトカーを誘導した。

 降りてきた警察官に、僕は録音していた会話を聞かせた。

「なるほど、確かに脅迫電話ですね」と一人の警察官が言った。

 もう一人が「でも、どうしてこの男が脅迫しているってわかったんですか」と訊いた。

「私が午前二時半に自宅に帰ってきたところに、携帯が鳴ったんですよ。近くで見ているのに違いないと思って、相手に見つからないように玄関から出て、外を見たら携帯をかけているこいつを見付けたんですよ。話しながら近付いていって、頭に手刀を打ち込んだんですよ。後は見たとおりです。こいつのズボンのベルトで後ろ手に縛りました」と答えた。

「携帯は持っていますか」と僕が訊くと、一人の警察官が「持っていますよ」と言って取り出した。

「今の録音内容をそちらの携帯に転送しますね」と言った。メールアドレスを聞いて、録音ファイルを転送した。

 覆面パトカーは相崎を乗せて、西新宿署に向かった。

 

 家に戻ると、きくに「心配しなくていい」と言った。

 だが、向こうに倉持喜一郎がいるというのは脅威だった。こちらは警察官だから、何でもできるわけではない。しかし、向こうはヤクザだから好きなことができる。犯罪を犯すことも平気だ。だが、倉持喜一郎自身は僕の家族には手を出さないだろうし、それを脅迫の種に使うこともしないだろう。僕が警察官を止める覚悟をすれば、一番の脅威になることを知っているからだ。

 倉持は、僕と同じように自分の能力を隠してヤクザの世界に足を踏み入れたのだろう。こんな能力については人に言えないことは、僕がよく知っている。だから、倉持は僕を避けようとするだろう。問題なのは、その能力を知らない周りのヤクザの連中だ。僕のことを、ただの交番勤務の警察官だと思っている。そこが倉持と違うところだ。

 だが、ただの交番勤務の警察官だとしても、実際に手出しをすれば、全警察を敵に回すことになる。それくらいは島村勇二も知っているだろう。それでも脅迫してくるというのは、僕が痛いところを突いているからに違いなかった。

 

 僕は風呂に入って、眠った。

 

小説「僕が、警察官ですか? 1」

十二

 次の日、午前八時に剣道の道具を持って、家を出ると、西新宿署に着いた午前八時半に携帯に電話がかかってきた。

「山岡です。おはようございます」

「おはようございます」

「滝沢工業の一室から石井和義さんの指紋と毛髪が出ました。飯島明人、中本伸也、そして興津友康は拉致監禁の容疑で取り調べることになりました。これから取調が始まります。その前に、連絡だけしておこうと……」と言った。

「わざわざ、ありがとうございました」と言うと携帯が切れた。

 午前九時から取調が始まるのだ。その前に山岡は電話をかけてきてくれた。写真を見付けたお礼だろう。

 あの三人がそう簡単に吐くとは思えないが、物証がある以上、自白がなくても拉致監禁罪には問えると思うが、絞殺から死体遺棄までを認めるかどうかが山になるだろう。

 朝のニュースを見てきたが、マスコミは覚醒剤の報道一色だった。僕は知らないが、また有名なタレントが捕まったそうで、そのことが話題になっていた。覚醒剤の汚染はどこまで広がるか分からなかった。

 

 交番に着き、勤務に入った。すぐに西新宿署のオペレーターから連絡が入った。

「千人町一丁目の交差点で、車が歩道に突っ込んだようです」

「分かりました。すぐ、行きます」と言って電話を切った。

 僕は『パトロール中です』の掲示板を出して、自転車で千人町一丁目の交差点に向かった。

 二分ほどで着いた。

 車は白の軽自動車で、電柱にぶつかって停まっていた。

 中に運転者が乗っていた。歩道にも倒れている人がいた。

 遠くにパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえた。

 歩道の人は足に怪我をしているようだったが、命に別状はなさそうだった。

 車から煙が出ていたので、運転者の救助を優先した。

 車の前に回ってドアを開けていたところに、パトカーがやって来た。僕がシートベルトを外して、若い警官と一緒に運転手を引きずり出した。エアーバッグのおかげで頭はフロントガラスに打ち付けていなかった。八十代の高齢者男性だった。

 歩道にいた怪我をした人と一緒に救急車に乗せた。救急車はすぐに走り出した。近くの病院に行くのだろう。

 パトカーの警官は、二人降りてきて、写真を撮るなど現場検証をしていた。僕は交通整理をしていた。そのうち、車両を運ぶ車が来て、事故車を載せて、どこかに走り去って行った。

 一人若い警官がやって来て、「現場検証は終わりましたので勤務に就いてください」と言った。

「分かりました」と僕は言って、その場を離れた。パトカーはまだ現場に残っていた。

 

 正午になったので愛妻弁当と水筒を鞄から出して食べた。携帯でテレビのニュースを見たら、千人町の交差点の交通事故の後に、渋谷区でも似たような事故があったことを報じていた。そっちは七十代の高齢者男性で、突然、車が歩道を走って、五人の男女をはねたと報じていた。いずれも軽傷で、運転していた高齢者の男性は、アクセルが戻らなくなったと言っていると伝えた。

 似たような事故は続いて起こるものだな、とその時は思っていた。

 ところが、午後三時のニュースでは、今度は足立区で八十代の高齢の男性が車道を逆走して、電柱にぶつかって停まったという報道が入ってきた。それだけではなく、午前中の千人町の交差点で事故を起こした男性からも、渋谷区で事故を起こした男性からも、覚醒剤反応が出たと報じていた。二人とも覚醒剤の使用については、否認していると言っていた。

 その後、二人、道を尋ねに来ただけで、午後五時になった。午後五時半に北村巡査が来たので、勤務を交代して、僕は剣道の道具を持って西新宿署に向かった。係員に今日あった事故の報告をした後、制服を着替えて、地下の剣道場に下りて行った。

 一時間、剣道の稽古をして、家に帰った。

 

 僕が風呂に入ると、ききょうと京一郎が一緒に風呂に入ってきた。

「先に入っていたんじゃないのか」と言うと、ききょうが「今日もイルカさんをパパに見せたいの」と言った。

「一度だけって言っただろう」と言うと、京一郎が「ねっ、もう一度いいでしょう」と言った。

「しょうがないな。頭と躰をちゃんと洗ってからだぞ」と言った。

「やったー」と京一郎が言って、頭を洗い出した。ききょうも洗っていた。

 躰も洗ってすすぐと、「僕からだからね」と言って、京一郎が浴槽に入り、潜った。そして、向こうの壁で頭を縁から飛び出して見せた。

 京一郎が浴槽から出ると、「今度はわたしね」とききょうが浴槽に入った。潜って、こちらの壁を蹴り、向こう側の壁に手をついて浴槽の縁から頭を出した。

 京一郎が「手を使うのは反則だぞ」と言ったが、ききょうは「わたしはあなたより背が高いんだからしょうがないじゃない」と言った。

 でも、昨日より上手くやれていたのは確かだった。

 二人にシャワーを浴びせて、きくの待つ脱衣所に送り出した。

 僕は髭を剃り、頭と躰を洗って浴槽に浸かった。

 今日起きた三件の事故は偶然なのだろうか。二件は血中から覚醒剤が検出されたと言っていた。高齢者にまで、覚醒剤汚染が広がっているとは思いたくなかった。

 

 風呂から出ると、夕食の時間だった。

 今日は天ぷらだった。ビールを飲みながら食べた。

 ニュースはタレントの覚醒剤使用の話題と、今日の三件の交通事故が中心に報道されていた。

 チャンネルを変えるとサプリメントのコマーシャルが出た。毎食前に一粒飲むだけで、痩せるというものだった。原理的には、サラダを先に沢山食べれば痩せるのと同じだった。ただ、サラダを山のように食べるのは、確かに大変だからサプリメントに頼りたくなるのは分かる気がした。

 夕食の後は、子どもたちは一時間勉強する時間だった。きくが作ったプリントでもやっているのだろう。

 それから、子どもたちは、歯を磨いて眠りについた。

 

 次の日は、午後五時からの勤務だったので、ゆっくりと起きた。朝食は食べなかった。

 新聞には、交通事故の運転者の覚醒剤使用について、いずれもNPC田端食品が販売している「飲めば頭すっきり」というドリンクが関係していると報道していた。三件目の運転手もそのドリンクを飲んだということだった。その他にも、同じドリンクを飲んだ人が、痙攣を起こしたという事例も報じられていた。捜査当局はそのドリンクを押収して成分を確認しているという。

 昼のテレビのニュースでは、NPC田端食品の株価が暴落していると伝えた。交通事故の原因と目されている「飲めば頭すっきり」というドリンクが関係しているのだろう。因果関係が分からなくても、この手の情報はすぐに株価に影響する。頭のいい奴なら、今回のNPC田端食品の株価の暴落で儲けているかも知れない。頭のいい奴というのは、この株価の暴落がわかる奴のことだ。「飲めば頭すっきり」というドリンクに覚醒剤を混入した者がいるような気がしてきた。そうであったとしても、僕の手の届く事件ではなかった。

 

 昼食はきつねうどんだった。稲荷寿司も作ってあった。

 ニュースはNPC田端食品の株価がストップ安値をつけたと報道した後、タレントの覚醒剤使用について続報を流していた。民放のニュースショーではコメンテーターがタレントの覚醒剤使用についていろいろと話していた。

 

 朝食の後、おやつは食べないと言って、仮眠を取った。

 午後三時半に起きて、警察に向かう準備をした。ひょうたんを持った。

 午後四時に家を出て、西新宿署に向かった。西新宿署に着くと、私服から制服に着替えて、係員から指示を受けた。

 午後五時に赤木巡査から引継ぎを受けて、勤務を交代した。

 午後六時に携帯でニュースを見た。

 NPC田端食品の「飲めば頭すっきり」が全品回収され、今、同製品を購入した人は飲まずにNPC田端食品宛てに送るように伝えていた。

 同製品に覚醒剤の混入が判明しているのは、一週間前に製造した品川工場のあるロットだけだということが分かった。出荷は三日後だったので、購入者が飲むのはそれが配送されてから数日中だということがはっきりした。

 NPC田端食品には、脅迫状のようなものは届いていないという。それが嘘か本当かは分からなかった。僕が犯人なら、本音はNPC田端食品の株価が目的でも、それを隠すために、陽動作戦として、脅迫文を送るだろう、と思ったからだった。仮に送られてきていても、NPC田端食品が握りつぶしている可能性はあった。脅迫文だけで、商品が売れなくなるからだった。だから、犯人は実力行使したのかも知れなかった。

 

小説「僕が、警察官ですか? 1」

十一

 それから十五分ほどして、山岡と他に二人の刑事が来た。

「失礼します」と言って、三人は須藤家のお茶の間に上がってきた。

 山岡が座敷に座ると、警察手帳を見せて、「わたしが西新宿署捜査一課の山岡賢次です」と言った。続いて、次の刑事が「わたしは同じく捜査一課の錦織龍彦です」と言い、最後の刑事が「同じく辰巳義雄です」と言った。

 須藤は「警察の方だということはわかりました。まぁまぁ、お楽にしてください」と言った。そして、「お峰、お茶を」と続けた。

 山岡は「お気遣いなく」と言った。

 僕はアルバムを彼らに向けて、「これを見てください」と言った。

 山岡は「盗難車に似ていますね」と言った。

「でも、ナンバーが読み取れないな。虫眼鏡が欲しいところだな」と言うと、「ルーペならありますよ」と言って、須藤が書斎から持ってきた。

 山岡は早速、それで写真を見た。

「ナンバーが微かに読める。先頭の文字は盗難車と同じだ」と言った。

 そして山岡は須藤に「これをお借りしてもいいですか」と訊いた。

「いいですよ」と須藤が言った。

 僕は「こちらはネガです」と言って、ネガのファイルを山岡に渡した。

「これもお借りします」と山岡は言った。

「どうぞ」と須藤は言った。

 山岡は手帳を破って、写真アルバム一冊、ネガファイル一つ、西新宿署捜査一課、山岡賢次と書いて、名刺と一緒に須藤に渡した。

 僕は「私は勤務外なので、たまたまここに立ち寄ったことにしてください。写真とネガを見付けたのは、山岡さんと錦織さんと辰巳さんということで、いいですね」と言った。

 山岡は笑った。

「欲のない人ですね。いいですよ。これらは、早速、鑑識に回します。では、わたしたちはこれで失礼します」と言って出て行った。

 奥さんが出したお茶には手を付けなかった。

「警察官なんてみんなあんなもんですから」と僕は須藤に言った。

「わたしの写真がお役に立てるなら、それはそれで結構なことです」と須藤は言った。

「役に立ちますよ。きっと」と僕は言った。

 須藤の撮った写真をいくつか見て、僕も須藤家を後にした。

 自転車に乗って家に帰った時は、午前十一半時だった。

「お昼はいらないから、眠らせてくれ。午後七時になったら起こしてくれ」と言った。

 

 午後七時に起きて、子どもたちと夕食をとった。

 子どもたちはもう風呂に入っていた。

 僕は夕食の後に入った。

 これから午前一時から午前九時までが勤務だった。

 風呂から出ると、一時間ほど仮眠を取った。午後十一時半になった。

 午前〇時に家を出た。西新宿署まで歩いて行った。

 私服から制服に着替えると、係官から指示と報告を受けた。

 須藤家に行ったことは何も言われなかった。

 そのまま千人町の交番に向かい、午前一時から勤務に就いた。

 午前二時から午前五時までパトロールをした。

 午前一時から午前九時まで交番勤務して、赤木巡査に引き継いだ。

 交番から西新宿署まで行き、係員に報告をし、制服から私服に着替えた。

 西新宿署を出たのは、午前十時少し前だった。家まで歩いている時に、携帯に電話がかかってきた。西新宿署捜査一課の山岡だった。

「鏡警部補ですか」

「はい」

「あの写真に写っていた車は、石井和義さんを拉致した車でした。鑑識でナンバーを確認しました。家宅捜索令状が出たので、これから鑑識と滝沢工業株式会社に向かいます。他のメンバーは、重要参考人の飯島明人と中本伸也と、そして興津友康を任意同行でひっぱって来る予定です」

「わざわざ、知らせてくれてありがとうございました」と僕は言った。

「写真を見付けてくれたことに比べれば、何て言うことありませんよ。では、失礼します」と言って電話は切れた。

 石井和義の件は、正しい方向に動き出した。僕はホッとした。

 

 家には午前十時半前に着いた。

 すぐに風呂に入ってパジャマを着た。

 きくには「午後三時までは眠る」と言って自室に入った。

 

 夜勤明けの次の日は非番で日曜日だった。父と母は、温泉旅行に行っていた。

 子どもたちが水族館に行きたいと言うので、品川にあるホテルに併設されている水族館に車で行った。

 どういう仕掛けになっているか分からないが、水槽に触れると、いろいろな模様が出てきて魚を包んだりするところもあった。ききょうと京一郎は、魚を追いかけては、手で水槽を触れていた。その度に黒い輪や花マークの輪が現れて、魚を包むように見えた。

 水族館の中にメリーゴーランドがあるのには驚いた。子どもたちは乗ってはしゃいでいた。きくも乗った。僕は柵の外から見ていた。

 それから、海中トンネルも通った。ドワーフソードフィッシュやナンヨウマンタが見れた。子どもたちは海の中にいるようだと言っていた。

 そして、イルカショーを見て、少し遅い昼食とデザートを食べて帰ってきた。

 途中で、寿司を買った。きくが夕食を作る負担を減らしたいのと、水族館に来たので、魚を食べてみたくなったのだ。通りがかりの回転寿司で、お好みで注文して、包んでもらった。

 

 家に帰って着替える時に「疲れたでしょう」ときくは言った。

「たまにはいいさ」と僕は言った。

 一時間ほど眠った後、子どもたちと風呂に入った。

「こんなんだったね」と京一郎が浴槽に頭から浸かって、水面に飛び出した。イルカの真似をしていたのだ。

「そうだな」

「わたしもやりたいな」とききょうが僕を見た。

 女の子はいけないと言われると思ったのだろう。

「一度だけなら目をつぶる」と言ったら、「わあー」と言って、勢い良く飛び込んだ。だから、浴槽の壁に頭をぶっつけた。

「もう一度やっていい」とききょうは言った。

「もう一度だけだぞ」と僕は応えた。

 ききょうは今度は躰を反らして、浴槽に沈んだ。そして、浴槽の壁にぶつからないように向こうの縁から飛び出した。

 上手くできたので、僕の方を向いた。

「上手だったぞ」と僕が言った。京一郎も手を叩いていた。

「何を騒いでいるんですか」と脱衣所にいたきくが言った。

 ききょうが振り向いて、唇に人差し指を立てて僕に見せた。僕は頷いた。

「何でもないよ。シャワーを浴びせたら、外に出すから待っていてくれ」と言った。

 京一郎からシャワーをかけて送り出し、次にききょうにもシャワーをかけた。

 二人がいなくなると、髭を剃って頭を洗った。最後に躰を洗って、浴槽に浸かった。

 それからシャワーを浴びて、バスタオルで躰を拭くと、バスローブで躰をくるんだ。

 ダイニングルームに行って、ビールを飲んだ。

 きくは「水族館って面白いですね」と言った。

「そうだな」

「メリーゴーランドがあるなんて驚きました」

「確かにな」

花やしき以来ですね(「僕が、剣道ですか? 3」参照)」

「そうか」

「ええ」

「今度、子どもたちも浅草に連れて行こうか。その時に花やしきに行くといい」

「変わっていないかしら」

「江戸時代ほど変わってはいないさ」

「お疲れになってはいませんか」ときくが訊いた。

「それほど疲れてはいないよ」と僕は答えた。

「じゃあ、夜は大丈夫ですね」ときくが言った。

「えっ」と思った。

 そっち。

 

小説「僕が、警察官ですか? 1」

 家に戻ると、きくとききょうと京一郎が出迎えてくれた。

 すぐに風呂に入った。ききょうと京一郎も一緒に入った。

「プリントはもうやったのか」と訊いた。

 京一郎は「うん、やった」と言った。

 ききょうは「まだ、半分残っている」と言った。

「そうか、お風呂から出たら、夕食前に済ませておくんだな」と僕はききょうに言った。

「はーい」とききょうは言った。

 

 風呂から出て、テレビをつけ、ビールを飲んだ。

 マスコミの報道は、覚醒剤の芸能界への広がりに注目していた。

 この件では、西新宿署の二課も対応に追われていた。帰りの報告の時も、二課が忙しそうだった。

 当面はこの報道が続くだろうな、と思った。石井和義の殺害の方は進展がないから、警察にしてみれば、覚醒剤の報道に隠れて、そっちは追求されないので、都合がいいのかも知れなかった。

 

 夕食は煮物に豚汁だった。

 明日は午後五時から午前一時までの勤務だったから、今日はゆっくりできる。

 ベッドに入ると、背中にきくが躰を寄せて来た。僕は反転して、きくを抱き留めた。それから、きくと久しぶりに交わった。

 終わった後、シャワーを浴びた。

 ほどよい疲れが眠りに誘っていった。

 

 午前十時頃起きた。

「ぐっすり眠っていたので、起こしませんでした。朝食にしますか」ときくが訊いた。

「いや、お昼と一緒でいい」と答えた。

 お腹は空いていなかった。

 

 録画してあったニュースを見た。

 覚醒剤の受け渡しに高校生が関与していたことが、大きく報道されていた。

 関与していた高校生の知人にインタビューがされていた。

「バイト感覚でやったんじゃないですかね。荷物の受け渡しのバイトをしている人は何人かいますよ。それと同じだったんじゃないのかな。覚醒剤と知っていたら、そんなことしませんよ。そんな奴じゃないですから」と言っていた。

 顔は隠れていたが、制服がちらっと映った。黒金高校だと分かった。

 前川は高校生に渡し役をやらせていたのか、と思った。石井和義の件は冤罪でも、覚醒剤は質が悪い。それも高校生を使っていたのなら、捕まっても当然だな、と思った。

 

 昼食をきくととって、少し仮眠した。

 午後四時になったので、起きて着替えた。

 午後四時半に家を出た。午後五時前に西新宿署に着いた。制服に着替えて、係員から指示と報告を受けた。

 それから千人町交番に向かった。交番に着くと、保多巡査から引継ぎを受け、勤務に入った。

 午後九時頃、パトロールに出ると、千人町三丁目の歩道で言い争っているカップルがいたので、注意した。それ以外は何もなかった。

 午前〇時に交番に戻った。

 静かなものだった。

 午前一時半に北村巡査が来たので、引継ぎをした。

 そして西新宿署に向かった。係員に報告をして、制服から私服に着替えた。

 その時、携帯電話が鳴った。取ると北村だった。

「渋谷で発砲事件があり、今、犯人が逮捕され、北渋谷署に向かったそうです」という連絡が来た。

「そうですか。知らせてくれてありがとう」と言って切った。

 発砲事件は警察としては重大な事件だった。単発的なものなのか、そうでないのか。今回の覚醒剤との絡みがあるのかないのか、いろいろな要素が組み合わさって、捜査は進められていくだろう。

 だが、交番勤務では関わりようがなかった。

 その時、閃いた。拉致された時に目撃者がいたのなら、滝沢工業株式会社に入って行く時も目撃者はいたのではないか。富永町よりも北の高知長崎町だったから、千人町交番の管轄外だった。パトロールしに行くわけにはいかなかった。

 石井和義の家は、千人町六丁目だったから、高知長崎町までなら、空いていれば車で十五分ぐらいのところだった。朝のラッシュ時のことだから、もう少し時間がかかっただろう。拉致されたのが、午前八時半頃だったから、滝沢工業株式会社には午前八時四十五分から九時頃までの間に入っていったと考えるのが妥当だろう。

 勤務明けだが高知長崎町に行ってみるか、と思った。

 

 家に着くときくが起きて出迎えてくれた。

「きく、お前いつ寝ているんだ」と僕は言った。

 僕は風呂に入ると、きくに「七時に起こしてくれ」と言って眠った。

 

 午前七時に、きくに揺り起こされた。僕はぐっすりと眠っていた。

 朝食は、きくとききょうと京一郎とでとった。ききょうと京一郎は食べ終わると、歯を磨いて、学校に行く準備をした。

 そして、一緒に登校する友達に呼ばれたので、二人は玄関から出て行った。

 僕は八時になると、机の引出しからひょうたんを持ち出して、ジーンズのポケットに入れた。上は長袖のシャツを着た。十月になっていたが、まだそれほど寒くはなかった。時々、暑い日もあるくらいだった。

 僕は車を使わずに、自転車に乗った。車だと目立つからだった。

 自転車でも、そう代わりはなかった。午前八時半には、高知長崎町に着いた。ネギ畑が多かった。ここに目撃者がいるとは思えなかった。しかし、見付けるしかなかった。

 滝沢工業株式会社が見渡せる所に自転車を止めた。そして、辺りを見回していた。少し離れた所で写真を撮っている人がいた。時間を止めて、ジーンズのポケットのひょうたんを叩いた。

「あの人が誰か分かるか」とあやめに訊いた。

「少しお待ちください」と答えた。

 すぐに映像が流れ込んできた。時間を動かした。

 この辺りを一年中、写真を撮っているアマチュアの須藤浩一という人だった。六十五歳だった。定年退職して五年になる。

 この辺りを撮り出したのは、一月からだった。一年間の様子を記録しようとしていた。

「済みません。そこから移動してもらえますか」と須藤が言った。

 僕が写真の邪魔になるようだった。

 その位置から撮るとネギ畑の向こうに滝沢工業株式会社が写る。時計を見た。八時五十分だった。それから十分ほど写真を撮った。

 一時間ほど辺りの写真を撮ると、三脚をたたみ出したので、僕は須藤に声をかけた。

「あのう。よろしければ撮られた写真を見せていただけますか」と言った。

「写真をですか」と須藤は怪訝そうに言った。

「ええ」

「あなたは」と須藤が訊いた。

「あ、これは失礼しました。私は鏡京介といいます」と言って、警察手帳を見せた。

「警察の方ですか」

「はい」

「写真が見たいのであれば、わたしの家にお寄りください。わたしは須藤浩一といいます」と須藤は言った。

 僕は自転車を押しながら、須藤と歩いた。

「あそこはどうして撮影されているんですか」と僕が訊いた。

「気まぐれです。自分のよく見る風景を一年中写したら、どうなるだろうという些細な好奇心からですよ」と須藤は答えた。

 須藤の家に着いた。玄関を開けると、「お峰、お客さんだぞ」と言った。

 奥から、お峰と呼ばれた女性が出て来た。

「汚いところですけれど、どうぞお上がりになってください」と彼女は言った。

「お邪魔します」と言って、僕は靴を脱いで家に上がった。平屋建ての日本家屋だった。

 座敷に通され、座布団に座った。

 須藤は「こちらは警察の方だ」と妻に言った。

「まあ、何か事件の捜査でもされているんですか」と彼女が言った。

「ええ、そんなところです」

「今、お茶を入れますね」

「いいえ、構わないでください」と彼女に言った後、「見たい写真があるかも知れないので寄らせてもらいました」と続けた。

「いっぱい写真はありますよ」と須藤が言うと、「私が見たいのは、二〇**年九月**日に撮られた写真だけです」と言った。

「九月**日というと一月ほど前ですね」

「ええ」

「どこだったかな」と言って立ち上がっていった。

 その間に須藤の奥さんがお茶を入れてきた。

「どうぞ」と僕の前に置いた。僕は頭を下げて、「では、いただきます」と言って、一口口を付けた。

「これもどうぞ」とかりんとうが入った菓子皿を卓袱台に置いた。

 その時、「ああ、これだ」と言って、一冊のアルバムを僕の前に置いた。

「拝見させていただきます」と言って、アルバムを見た。

 上に日時が書いてあった。その日付の九月**日の箇所を開いた。

 僕は目を疑った。ネギ畑の向こうの滝沢工業株式会社の門の前に車が止まっていて、門が開けられて、中に入るまでが、連続写真で撮られていた。

「ここだけ連続写真ですね。どうしてですか」と訊いた。

「その工場は閉鎖されて三年ほどになるんですが、車が出入りしたのを見たのは、初めてだったんです。だから、咄嗟に連続写真を撮ったんです」と答えた。

「ちょっと失礼していいですか」と言って、僕は携帯を取り出すと西新宿署にかけた。

 オペレーターが出た。

「捜査一課の山岡さんをお願いします」と言った。

「あなたはどなたですか」

「失礼しました。千人町交番に勤務している鏡京介です」と言った。

「少々、お待ちください」とオペレーターが言って、男性の声に代わった。

「山岡ですが、鏡さんですか」

「そうです。すぐにここに来てもらいたいんです」と言いつつ、須藤に住所を訊いた。

「高知長崎町一丁目****です。近くに、本ボシのアジトがあるので、覆面パトカーでサイレンを鳴らさないように来てください。見せたい物があるんです」と言った。

「すぐですか」

「すぐにです」

「わかりました。すぐに行きます」

 携帯を切った。

「今、西新宿署の捜査一課の刑事が来ます」と言った。

「何か事件でもあったんですか」

「ええ、事件に関係があるものをあなたは写されていたんです」と僕は言った。

「何ですか、それは」と須藤が訊いた。

「この連続写真です。携帯に撮らせてもらいますね」と言って、僕は携帯でその連続写真を撮った。

「できれば、この写真のネガも用意しておいてくださいますか」と須藤に言った。

「わかりました。今、持ってきます」

 しばらくして「これです」と、須藤はネガが収められているファイルを持ってきた。

 僕はそれを開いて中を確認した。写真にしたもののネガだった。

「何の事件か教えてもらえませんか」

「済みません。詳しいことは話せないんです」と僕は言った。