小説「真理の微笑」

三十三-3

「ただ、次の商品企画になると、ちょっと……」
「真理子では荷が重いか」
「そうではありませんが、会議に加わってもわからないと思うので」
「分かった。企画会議は真理子抜きでやっていい」
「わかりました。社長から話していただけるんですね」
「ああ、私から伝える」
「よろしくお願いします」
「もうひとつ、訊きたい事がある」
「何でしょう」
「私は女癖が悪かったのかな」
 この質問には、高木はびっくりしたようだった。しばらく答えなかった。
「大事な事なんだ。答えて欲しい」
 高木は言葉を選びながら答えた。
「お持てになっては、いたと思います」
「深い関係になった女については知らないか」
 高木はポケットからハンカチを出して首筋を拭った。
「さぁ」
 私は思いきって、あけみの名刺を出した。高木はその名刺を受け取って、表裏を見て、私に返してきた。そして、首を左右に振った。
「その女がこの病室に訪ねてきたんだ。つい先日の事だ」
「そうなんですか」
「また来ると言っていた」
「…………」
「百万円、いる」
「えっ」
「嘘か本当か、分からないのだが、彼女に百万円を渡す約束をしたみたいなのだ」
「そんな」
「私も驚いた。しかし、それなりの理由はあるようなのだ」
 私はその理由を言わなかった。
「…………」
「あまり、面倒な事にはしたくない。特に、真理子には知られたくない」
 こう言ったので、高木は勝手に合点した。おそらく妊娠させてしまって、密かに堕ろさせでもしたと思ったのに違いなかった。
「わかりました」
「で、都合つくだろうか」
「何とかします」
「百万円の出所は、真理子に分からないように、私の給料か賞与から引いておけばいい」
「はい。承知しました」
 私はやっと肩の荷が下りた。
「で、いつお持ちしますか」
「用意だけしておいてくれ。その時がきたら、今日のように電話で連絡する。それか、真理子にメモを渡すから受け取ってくれ」
「わかりました」
 それから、会社の事についてあれこれ話をした。一番気になっていたのは、カード型データベースソフトの事だった。金曜日に見た決裁書の案件の一つだった。
 私は留保した。私が仕掛けたトラップの事もあったが、それは簡単に解決のつく事だった。それよりも、せっかくトミーワープロ表計算ソフトもどきの機能を付け加えたのだから、それと連動できないか、という発想を思いついたのだ。ワープロソフトの画面をデータベースソフトの入力画面にできれば使いやすいに違いなかった。ワープロソフトとデータベースソフトをシームレスに繋ぐ方法はないものか検討する余地はないか。高木はソフトには詳しくなかったが、私に付き合ってくれて、そのあたりを私は熱心に話した。私が考える最大のネックはメモリ容量にあった。メモリがいくらでも使えるのであれば、重いソフトでもパソコン上で動かす事はできるが、その時のパソコンのメモリは僅かなものだった。ソフトを軽快に動かすために、いくらメモリを使わないか(どれだけソフトを軽くするか)を競っているような時代だったのだ。
 昼食の膳が運ばれてきたので、高木は帰っていった。