2021-10-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十八 僕は後悔の念と、憤怒の思いが湧き上がった。 相手は最初は五人だったが、続々集まってきた。 もはや、嬲り殺している余裕はなかった。刀が金色に輝き出した。 相手が刀を振り下ろしてきても、かすりもさせずに斬り倒していた。刀に当たっても僕の刀…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十七-2 いったん、子どもたちの隠れている洞窟まで戻った。 佐野助もいた。「食べ物があるか」と訊くと、干し芋を出してきた。それに齧り付いた。「どうですか。何人やったんですか」「三十人ほど斬った」「すげー」「弱い奴らだけだ。本隊はまだ三十人…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十七-1 逃げ出していった男たちの報告で、事態は容易でないことが、山賊たちにもようやく分かったようだ。 僕はいったん林に逃げ込んだ。 竹水筒を取り出して、水を飲んだ。お腹も空いていた。 オーバーを隠してある所まで戻って、干し柿と干し葡萄を食…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十六 朝、目覚めると佐野助はまだ眠っていた。朝は寒かった。 山陰には、まだ日は当たっていなかった。山の上の方が明るかった。「起きるぞ」と佐野助に声をかけた。 佐野助はブルブルと震えるように起き上がった。 僕は干し柿と干し葡萄を食べた。佐野助…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十五 屋敷に戻ると、明日の準備をした。 革手袋は、昨夜渡されたが、綺麗に縫われていた。 九月の下旬ともなると夜の山は寒い。なるべく温かい格好をして行くことにした。 シューズは念のため、もう一足も持っていくことにした。 きくが、餅と乾燥させた柿…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十四-2 佐野助と別れると、屋敷に戻った。 きくに飛田村に行く話をした。「なんで鏡様がそんな所に」ときくは言った。「関係ないじゃありませんか」「そうだな」「それに、鏡様のお命を狙った奴らですよ。どうなろうと知ったことじゃないじゃないですか…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十四-1 山賊たちが今月下旬に飛田村を襲うとしたら、時間がなかった。 山奉行佐伯主水之介に会いに行った。 今までのいきさつを忌憚なく話した。「それはおぬしが気にすることではあるまい」「そうですが」「自ら蒔いた種だ。刈るのは自分たちでする他は…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十三「堤邸に行くんですね」 僕が草履を履こうとしたら、きくが後ろからききょうを抱っこしながら、そう言った。 僕はぴくんとした。その通りだったからだ。「待っててくださいね」 きくも草履を持ってきて、足袋を履き、「わたしも一緒に行きます」と言っ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十二-2 家老の屋敷に戻ってくると、きくがききょうを抱いて、僕を待っていた。 僕を見ると、すぐに「京太郎様が生まれたんですね」と言った。「えっ、どうしてそれを」「帰りが遅いので、使いの者を出したのです。そしたら、男の子が生まれたと言うでは…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十二-1 堤竜之介の武家屋敷への引越しは翌月、早々に行われた。 堤道場には、師範代となった城崎信一郎が住み込むことになった。「城崎信一郎殿が師範代に決まったことに、他の三人から文句が出ませんでしたか」と僕が堤に訊いたら、「いや、三人ともあ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十一-2 僕と堤とたえは桟敷に向かった。それでも、道場の歓声は止まなかった。 桟敷に座ると、堤は「これで都合五度、真剣白刃取りを見ましたが、何度見ても凄い」と言った。 たえは「わたしは初めてでしたから肝が潰れる思いでした」と言った。「で、ど…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十一-1 四日間はあっという間に過ぎた。 その間に、いい考えを思いついたわけではなかった。 しかし、今日、堤道場の師範代を決めると約束してしまっていた。出かけないわけにはいかなかった。「浮かない顔をしていますね」ときくが言った。「そうか」 …

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十-2 屋敷にすぐ戻る気にはなれなかった。 町をぶらついていた。到る所で、「よっ、真剣白刃取り」と声をかけられた。 蕎麦屋の前を通ると、「奢るから、話を聞かせてよ」と言う若い旦那風の男に声をかけられたりもした。 ある角に何かの飾りを作ってい…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十-1 三日間、堤道場には行かなかった。 祝宴や祝辞を述べる来客が多いと思ったからだった。城中にも登城したことだろう。 とにかく、遠慮していた。 しかし、四日目に堤道場から門弟の使いが来た。ぜひ、訪ねてきて欲しいという堤の要望だった。その門…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十九-2 次の日、道場に出ると真剣白刃取りの話題で持ちきりだった。「静まれ」 そう言わなければ、いつまでも話していただろう。この道場の者たちは、もちろん真剣白刃取りを見てはいなかった。噂だけを聞いていた。「見せてやろう」と僕が言った時、皆が…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十九-1 風呂場でも、きくの説教は延々と続いた。「堤先生を勝たせたかったんでしょ」「そういう訳じゃないが」「他にどういう訳があるんですか」「いろいろだ。いろいろあるんだ」「どういろいろあるんですか」「あるだろう」「例えば、おたえさんとか」「…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十八-2 僕は後ろに下がった。 斉藤頼母は中島伊右衛門を呼んだ。そして、真剣白刃取りの実技をやることを伝えた。 斉藤頼母から話を聞いた中島伊右衛門は驚いた。そして、僕の方を見た。いいのか、と言っているように見えたので、僕は頷いた。 中島伊右衛…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十八-1 審判である番頭の中島伊右衛門が張り上げた「鏡京介殿の負け」の声はあたりに響いた。 そして、次に響めきが起こった。意外な形で決着が付いたからだった。 僕は木刀を拾い「静かに」と叫んだ。 響めきが収まった。何が起こるのか、みんなが注視し…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十七-2 次はいよいよ僕と竹田との戦いだった。 僕も今日は袴を穿き、着物の袖をたすき掛けにしていた。 小姓より木刀を受け取り、それを左脇に抱えて、前に進み、蹲踞の姿勢を取った。相手も同じ姿勢を取ると、立ち上がり、藩主に向かって一礼をすると、次…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十七-1 御前試合の日が来た。 僕は着慣れぬ袴を穿き、城に向かった。 外の城郭を回り込んで、内庭に出た。広かった。 その中央にお殿様が背もたれのない椅子のようなものに座っていた。両側に重臣たちも同じように座っていた。 周りには、家臣がずらりと取…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十六 ききょうは可愛かった。 寝転びながら、その顔を見ていても、見飽きることがなかった。 両手を顔の近くに持って行き、何やら動かしている。何が可笑しいのか、笑っている。 ききょうを見ている顔を、きくはぐいと自分の方に向けた。「ききょうばかりを…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十五 門弟がいなくなった道場で、相川小次郎、佐々木大五郎、落合敬二郎、長崎三郎、島村時四郎、沢田熊太郎に稽古を付けた。 六人で半円を作らせて、正眼の構えから小手を狙わせた。六人順番に打たせて、すぐ次を打つように言った。 僕は六人相手にすべて小…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十四-2 堤道場に行った。子どもが生まれた話をしないわけにはいかなかった。 門の所に、いつものようにたえがいた。絡ます指の時間も長かった。 庭から、桟敷に上がった。 たえがお茶を入れて来た。お腹は大きく膨らんでいた。九月になれば、たえも子を産…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十四-1 もう六月に入っていた。 二週間が過ぎた頃に、きくに陣痛が来た。取り上げ婆が呼ばれて、その時を待った。盥に湯が張られた。 一刻が過ぎた頃、赤ん坊の泣き声が聞こえた。 僕は、白い布に包まれた赤ん坊を抱き上げた。きくの言った通り、女の子だ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十三-2 そして、その次の日、再び山奉行と相対した。 木刀を持ち合い、それぞれ正眼に構えた。 佐伯が「まいれ」と言う前に、僕は木刀を突き出し、それを払われると、上段に構えた。そこから素早く打ち下ろし、後ろに引いた。 そこから、突きを繰り出して…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十三-1 次の日も九十組の選抜試験があった。 僕はやはり道場を抜け出していた。そして山に向かった。道着を持って行った。お奉行との約束があったからだった。 屋敷と思っていた所が、山奉行の奉行所だった。 そこに顔を出すと、佐伯は「待っていたぞ」と…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十二 選抜試験が始まった。 今回は五百四十名集まった。それらを百八十名ごとに三組に分けて、一日九十組を対戦させることにした。初日は対戦の組み合わせを決めるだけで終わってしまった。三組に分かれたので、対戦する日に道場に来るように言った。そして…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

十一 きくに十両を渡すと、「こんなに」と言いながら、それをどこかに仕舞い込んだ。「また辻斬りが現れるといいですね」と言った。「おいおい、私の心配はしないのか」「あなたがやられるわけがないじゃないですか」「出かける前は心配していたように見えた…