2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「真理の微笑 夏美編」

十一 週刊誌の続報は、「富岡修さんのDNAを追え」だった。やはりフリージャーナリストの近藤の記事だった。 近藤の論旨は単純だった。茅野の自動車事故で顔面がわからなくなるほど損傷を負った男がいて、その男が最新医療の技術で、車の所有者と同じ顔に…

小説「真理の微笑 夏美編」

十「夏美さぁ~ん」 干し物を取り込みに庭先に出てきた夏美に、遠くからマイクが向けられて中年の女性リポーターの声が響いた。「高瀬隆一さんが生きているかも知れないって知ってましたか」 夏美は答えずに洗濯物を取り込んだ。 居間に入ってテレビを付けれ…

小説「真理の微笑 夏美編」

九 三月、祐一の終業式も終わり、夏美は庭で洗濯物を干していた。 そこに三十代ぐらいのハーフコートを着た男性がやって来た。 頭をちょこんと下げて名刺を差し出してきた。そこには「フリージャーナリスト 近藤昭夫」と書かれていた。 名刺を受け取ってしま…

小説「真理の微笑 夏美編」

八 夏美は富岡修と紹介されている写真に見入った。見ていくうちに、何故か鳥肌が立った。記事を読んでいくと、富岡修も昨年、七月に自動車事故を起こして数ヶ月入院していた事が書かれていた。ただ、どこで事故を起こしたのか、そしてそれが七月の何日である…

小説「真理の微笑 夏美編」

七 一ヶ月ほどして、また島崎と高橋はやってきた。預かっていた物を返しに来たのだった。段ボールに詰められている中身を一つ一つ確認して預かり書の受領欄にサインをすると、島崎が「何も言わないで帰るのも失礼ですから、事情だけは説明します。先月、奥さ…

小説「真理の微笑 夏美編」

六 十月の上旬だった。夏美の実家に茅野の警察署の刑事が二人訪れた。 二人は、島崎と高橋と警察手帳を見せて名乗った。 島崎の野太い声から、いつか電話で話をした刑事だと夏美にはわかった。 二人を座敷に通すと、挨拶もそこそこに夏美はすぐに「主人は見…

小説「真理の微笑 夏美編」

五-三 七月には夏美に郵便書留で大きめの硬い材質の封筒が送られてきた。住所も名前も電話番号もでたらめだったが、封筒の裏の隅に「Ryu」と書かれていたので、高瀬からのものだとわかった。 開けて見ると、A四版の白紙の紙の束の間に五百万円もの大金が入…

小説「真理の微笑 夏美編」

五-一 十二月の中頃、夏美の元へ高瀬から分厚い封筒で三百万円の現金が送られてきた。『隆一様 素敵なクリスマスプレゼントありがとう。三百万円、確かに受け取りました。あなたの書かれた住所も電話番号も、名前のようにでたらめでしたね。電話をかけたけ…

小説「真理の微笑 夏美編」

四-四 夏美は、高瀬から電話や手紙、メールがあった時から何もしていないわけではなかった。高瀬の手紙には「怪我をして、ある病院に入院している」と書かれていた。 夏美はまず茅野にある病院全てに電話をして、高瀬隆一が入院していないか、確認した。し…

小説「真理の微笑 夏美編」

四-三『隆一様 わたし、考えたの、居場所を教えられない理由を。女の人ができたんじゃないの。きっと、綺麗な人なんでしょう。その人に夢中なのよね。でもね、それでもいいから、わたしの事も忘れないでね。きっとよ。 夏美』『夏美へ 誓って言うが、女が原…

小説「真理の微笑 夏美編」

四-一『隆一様 メモ通りに設定しました。わたしには難しくて、よくわからないところもありましたが、何とか終える事ができました。このメールが無事届くといいですね。 今、わたしたちは埼玉のわたしの実家にいます。祐一は転校してきたばかりで、まだ友達…

小説「真理の微笑 夏美編」

三 午後七時頃、電話があった。父が出ると、その電話は切れてしまった。夕食の用意をしていた夏美は、父が出る前に受話器を取ろうとしたが、またも父が出てしまい電話は切れた。父が食卓の方に来たので、夏美は電話機の前で待っていると、三度目の電話が鳴っ…

小説「真理の微笑 夏美編」

二-2 午前八時半過ぎに電話が鳴った。夏美は洗濯をしていた。電話には母が出たが、すぐ切れたようだった。また電話が鳴り、母が出るとまた切れた。 夏美はもしや高瀬からの電話かも知れないと思って、洗濯の手を止めて居間に行くと、今度は父が電話に出て…

小説「真理の微笑 夏美編」

二-1 二ヶ月と十日ほど経とうとしていた頃だったろうか、午後四時頃に突然、居間の電話が鳴った。 夏美は庭にいて洗濯物を取り込んでいた。 夏美は洗濯物を縁側に置くと、居間に駆け上がり、受話器を取り上げた。高瀬からの電話だと思ったのだ。「もしもし…

小説「真理の微笑 夏美編」

真理の微笑 夏美編 一 七月最初の土曜日の午後だった。高瀬は「じゃあ」と笑顔で車に乗って、蓼科に向かって出発した。 夏美は「気をつけて行ってきてね」と言い、高瀬の車が角を曲がるまで手を振っていた。 高瀬は翌日のお昼頃には帰ると言っていた。しかし…

小説「真理の微笑 真理子編」

六十二 トミーワープロはバージョンも重ねて、さらに売れ続けた。そして、六年後には、新宿区に新社屋を建てた。 落成式は盛大に行われた。 猛は有名な私立小学校に入学した。 その年に二人目の子どもが七月に授かった。女の子だった。絵美と名付けられた。 …

小説「真理の微笑 真理子編」

六十一 九月も終わろうとしていたその日、真理子は朝食にパンケーキを焼いていた。 赤ちゃんは高瀬の車椅子の隣で、ゆりかごの中で眠っていた。 高瀬は新聞紙を熱心に読んでいた。 パンケーキが焼けると、真理子は微笑みながら、「あなたぁ、焼けたわよ」と…

小説「真理の微笑 真理子編」

六十 三月になった。役員会も済み、真理子の社長代理の職も解かれた。企業決算も無事に終わった。 トミーワープロはその後も順調に売れ続け、昨年のビジネスソフト売行きナンバーワン賞を某出版社から授与された。その授与は、某ホテルの会場で行われること…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十九 二月になった。 真理子のお腹の子どもは順調に育っていた。 ある日、介護タクシーで早く帰ってきた高瀬に真理子は驚いて、「どうしたの」と訊いた。「少し疲れているんだ」と高瀬が応えると「それならベッドで休んだら」と真理子は言った。「いや、そ…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十八 真理子は高瀬を会社に送り届けると、そのまま区役所に向かった。母子手帳をもらうためだった。 真理子は母子手帳をもらうと、早く高瀬に見せたくて会社に行った。 しかし、社長室には高瀬はいなかった。高木が来て「新年会の御礼もあり、お得意様回り…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十七 次の日、真理子は車で高瀬を会社に送り届けると、「また迎えに来るからね」と言って社長室のドアを閉めた。 社内には、昨日の新年会の興奮がまだ残っていた。 真理子は車椅子をトランクに入れると、車を発進させた。何となく躰がだるい気がした。 一…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十六 金曜日は、新年初出社の日だった。 真理子は高瀬を会社に送り、車椅子で会社の中に入っていくと、新年会の準備で忙しかった。高瀬を社長室まで連れて行くと真理子は帰った。 月曜日になった。今日は新年会の日だった。 新年会は午前十時に始まるので…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十五 大晦日だった。起きたのは昼を過ぎていた。 昨夜と言うより、朝まで真理子は高瀬に抱かれていた。 高瀬が寝室の電気を消さず「真理子の顔を見ていたい」と言うので、恥ずかしかったがそうした。真理子は目を閉じ、いつか週刊誌に載っていた不鮮明な高…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十四 次の日、真理子は、千葉の房総にある富岡の母の施設を訪ねることを提案した。 高瀬にとって、富岡の母は何の関係もなかった。それは真理子も承知していた。しかし、高瀬が富岡の母を訪ねておくことも、この先必要になってくるかも知れないと思ったの…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十三 十二月二十八日は忘年会がある日だった。 会社に高瀬を送り届けた後も真理子は会社に残った。朝から会社は騒々しかった。 真理子は車椅子を押して、高瀬と社長室に入った。「毎年、こうなのか」と高瀬が真理子に訊くので、「知らないわ。朝から来るの…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十二 午後五時になり、会社に高瀬を迎えに行った時、高瀬は難しい顔をしていた。 車の中でも何か考え事をしているようだった。 家に戻ると、真理子が「あなた、今日は嫌なことでもあったの」と言った。「車の中でも難しそうな顔をしていたもの」「ああ、ち…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十一 夜のベッドで高瀬と抱き合った後、真理子は浴室でシャワーを浴びた。 真理子が寝室に戻ってくると、高瀬は「入院中、真理子のご両親もうちの両親も面会に来なかったけれど、どうしてだろう」と訊いた。「知らなかったの」「何も覚えていないんだ」「…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十-2 高瀬を迎えに会社に行き、家に戻ってくると、郵便受けにチラシがいっぱい入っていた。出かける前に郵便受けの物は、一度真理子が取り込んでおいただけに、いつの間にそんなにチラシが入れられたのだろうと、真理子は思った。 真理子がチラシを郵便…

小説「真理の微笑 真理子編」

五十-1 次の日の朝、介護タクシーを呼んで、真理子は高瀬を社長室まで連れて行くと、高瀬は車椅子から真理子の手を借りなくても自分で椅子に座った。「俺は大丈夫だから、真理子は介護用の車の方を頼むよ」と言った。「わかったわ」と真理子は応えると、社…