小説「真理の微笑」

三十-1
 看護師が体温と血圧を測りに来るまで眠っていた。起きても、少し頭がぼうっとしていた。看護師が出て行くとベッドに横になった。そこでまた少し眠ってしまった。
 午前八時に朝食が運ばれてきて、再び起きた。
 朝食をとっている時、真理子がやってきた。眠れなかったのだろう。少し目が赤かった。
「休めているのか」
 私がそう言うと、真理子は首を左右に振った。
「今日は会社に行って、昨日決裁した書類を……」
 私はそう言いかけて、あの書類を真理子が誰に渡すのか分からなかった。会社組織がどうなっているのか、まだ知らなかったのだ。大事な事なのに後回しになってしまっていた。
「専務に渡してくれ」
 やっとそう言った。
「分かったわ。高木さんね、高木さんに渡せばいいのね」
 そうか、経理の高木が専務だったのか。
「社員名簿ってあるよね」
「あると思うわ」
「だったら、持ってきて欲しい」
「わかったわ。それだけでいい」
 議事録も欲しかったが、あれもこれも要求するのはやめた。
「書類を渡したら、社員名簿を持ってきてくれればいい。今日は、土曜日だからそれだけしたら家に帰るといい」
 真理子は素直にうなずいた。
 私は朝食をとり終わると、番茶で口をゆすいだ。もう番茶のとろみもなくなっていた。
 真理子を呼び寄せると抱きしめてキスをした。
 私たちは、思いのほか激しいキスをしていたのだろう。食べ終わった朝食の膳を片付けにきた看護師が、病室に入ったとたんに固まったくらいだったから。