十五 会社には午後一時に着いた。 社長室に入ると、高木を呼んだ。 午前中に出社できなかったことを詫びた。 「そんなことをお気にされなくても」と高木は言った。 「わたしがいなくても何とかやっていけるってことよね」と真理子が言うと、高木は何も言えな…
十四 金曜日に病院に行くと、整形外科医から説明があると言うので、ナースステーションから少し離れた会議室のような所に案内された。 中で待っていると、数人の医師たちが順番に入ってきて、真理子の前の席に座った。それから、何種類かの書類が真理子に手…
十三 家に戻ると、真理子はようやく解放された気分になった。 TS-Wordについては、製作数を六千ロットからいきなり一万ロットにしたが、あれは言ってみれば勢いのなせる技だった。何か考えがあるわけでもなかった。自分で決定できる位置にいた時に、何かして…
次回は、12月27日金曜日にアップの予定です。
十二 会社の経営状態を見ていくと、それほど良くないことがわかった。 交際費も多かったが、その中には、富岡が毎週のようにしているゴルフや夜のクラブの経費も入っているのかも知れなかった。 しかし、何といってもヒット商品がないのが、一番の原因だろう…
十一 真理子が会社に着いたのは、午前十時を過ぎていた。医師の説明が意外と長かったのだ。 滝川がお茶を運んできたので、高木を呼んでくれるように言った。 お茶を一口啜ると、ハンドバッグの中から、メモ帳を取り出した。 まもなく高木がやってきた。机の…
十 次の日、午前七時に起きた真理子は、朝のシャワーを浴びると、昨日買ってきたパンの残りとレタスのサラダで朝食を済ませた。 午前八時になると、昨日買ったスーツを着て、病院に向かった。 病院に着くと、三階に上がりナースステーションに向かった。そこ…
九 家に戻り、ハンドバッグから指輪を取り出して、何度も見た。そして自分がしている結婚指輪とも合わせて見た。しかし、何度見ても、どこから見ても、これは富岡がしていた結婚指輪に違いなかった。 ということはICUにいる男は富岡修であると認めないわ…
八 シャワーを浴びて、ベッドに横たわった。サイドテーブルのバッグを開けて、中から富岡の手帳を取り出した。 広げてみた。七月の二週目までは、午後五時過ぎのイニシャルが付いていた。由香里と会うのは、三日前だったようだが、その時は富岡はベッドの上…
七 意気盛んに会社に出向いていった割には、自分は何をしていたのだろうという反省しか思い浮かばなかった。 訳もわからないソフトの製作にGOサインを出したほかは、金庫を開けてみたり、これもよくわからず書類を読んではただ判を押してきただけのことだっ…
六 家に着くと、真理子はすぐに寝室に向かい、服を脱ぐとベッドに倒れ込んだ。 僅か二時間ばかりのことだったが、面会の失礼を詫びることと、来週の面会予約を取り消すことで疲れ切ってしまった。 話すことはテープレコーダーを回しているように、同じセリフ…
五 家に戻ると真理子は夫の写真を並べることから始めた。明日持って行かなければならないからだ。 こうして写真を見ていると、以前はよく撮っていたが、最近、あまり撮っていないことがわかった。どうせ形成するのなら、少し若い頃の富岡になればいい、と心…
次回は、12月23日月曜日にアップの予定です。
四 翌日、富岡の病院移送の件は、二日後に決まった。都内のとある大学付属病院が転院を許可したのだった。 そして、その二日後になった。富岡の容態が安定していたので、すぐに転院の準備が始まった。 真理子は、茅野の病院で会計を済ませると、富岡を乗せた…
三 ホテルの部屋に入ると、病院に電話をして部屋番号を伝えた。これで富岡に何かがあれば連絡が来るだろう。 疲れがどっと押し寄せてきた。このままベッドに倒れ込みたくなったが、そうすれば起き上がることは難しそうだった。 着替えなどを詰めてきた旅行鞄…
二 「じゃあ、行ってくる」 富岡はいつものように片手を振り、車を出した。これから蓼科の別荘に向かうのだ。 「あなた、気をつけて」 真理子の声は上ずっていた。 もうこれで運命は変えられない。 走り出した車を見送って真理子は思った、これでいいんだわ…
真理の微笑 真理子編 一 ボンネットを閉じた。 これで全ては終わった。後は富岡がこの車に乗って蓼科の別荘に向かえばいいだけだった。ブレーキに仕掛けた細工が、あの急カーブの坂のどこかでブレーキを利かなくさせ、その結果、車は崖下に転落するだろう。 …
七十六 全てが順調過ぎるほど順調だった。 九月のその日も真理子の焼くパンケーキの香りが心地良く漂ってきていた。 赤ちゃんは私の車椅子の隣のゆりかごの中で眠っていた。 この幸せが永遠にでも続いてくれたらいいだろうに、と私は思った。このまま私が富…
七十五 三月になった。役員会も済み、必要な手続きを経て、企業決算も無事に終わった。 トミーワープロはその後も順調に売れ続けた。昨年のビジネスソフト売れ行きナンバーワン賞を某出版社から授与された。その授与は、某ホテルの会場で行われた。私はスピ…
七十四 ベッドの中で私はなかなか勃起しなかった。今日の事が頭から離れなかったからだ。 今、私がここにいるという事は、真理子が富岡を殺そうとして果たせなかった事になる。とすれば真理子はどう思っているのだろう。今でも私を富岡だと思っているのだろ…
七十三 早く帰ってきた私に真理子は驚いて、「どうしたの」と訊いた。 「少し疲れているんだ」と応えると「それならベッドで休んだら」と言った。 「いや、そうもしていられない。気にかかる事があるんだ」 つい、口に出してしまった。しまったと思った。 「…
七十二 一月もトミーワープロの売れ行きは好調だった。社内も正月気分が抜け、春に発売予定されているトミーCDBの発売に向けて、着々と準備が進んでいた。 二月になった。 社長室に入ってすぐに長野から刑事が面会に来ていると秘書室の滝川が伝えてきた。…
七十一 帰るために会社に迎えに来た真理子は車を出すと「書店に寄ってもいい」と尋ねた。 「構わないよ」と私は答えた。 真理子が書店に私の車椅子を押しながら入っていくと、赤ちゃんの名前の付け方の本が並んでいるコーナーに連れて行かれた。 真理子は目…
七十 由香里は出産して一週間後に退院した。私はあいにく手が離せない用事があったので、病院には高木に行ってもらう事にした。会計は高木が済ませて、由香里を自宅までタクシーで送り届けてくれていた。 こちらの用事が済んだので、由香里に会いに自宅まで…
六十九 十九日になって由香里が出産した。 陣痛がきたからこれから病院に行くという電話が、午前中の会社にいた私宛に由香里からあった。私は急ぎの仕事を片付け、高木に後の事を任せて病院に向かったが、電話から四時間ほどは経っていただろうか。病院に着…
六十八 次の日は、昨日の新年会の興奮がまだ社内に残っていた。あの後、飲み会に行った者も多かったに違いない。カラオケをやり過ぎて私のようにガラガラの声で挨拶する者もいた。 社長室に入ると、真理子は「また迎えに来るからね」と言って帰っていった。 …
六十七 新年会は午前十時に始まる。 私と真理子はその一時間前にホテルの控え室に入った。控え室の中はごった返したようだった。出し物をするグループが隅の方で、最後のチェックを行っていた。 広報の中山がやってきて、「今日は一生懸命、司会を務めさせて…
六十六 真理子に送られて会社に入ると、新年会の準備で騒々しかった。何人かと挨拶を交わして社長室に入った。秘書室の滝川が「会社に届いている年賀状です」と言って持ってきた。ほとんどが出版社や会社関係からだった。 私は受話器を取ると由香里に電話し…
次回は、12月12日木曜日にアップの予定です。
六十五 除夜の鐘はテレビをつけたまま、ベッドの中で聞いた。 私も真理子も汗まみれだった。私は絹のように滑る真理子の肌を何度撫でただろうか。 そして、その度に真理子も何度声を上げた事だろう。 私たちは躰を重ねたまま朝を迎えた。 昼間、私たちはダイ…