小説「僕が、剣道ですか? 2」

 三晩連続で辻斬りが出た。複数の侍がいても平気なようで、むしろ多いほど辻斬りを楽しんでいるようだと言われているくらいだった。三晩に十人もの人が斬られているのだから、城中でも話題になっていて、家老は夕餉の席で、「町奉行の田島権左衛門に、鏡殿にご協力願えまいかと言われた」と僕に言った。

「夜警に当たって欲しいということらしい」

「分かりました。どうすればいいのですか」

 辻斬りが出るのは、午後九時から十二時頃のことらしい。それなら、夕餉を終えてから、僕が番所に出向くことになった。

「明日から当分、頼む」と家老に言われた。

「分かりました」

町奉行に言っておく」

 

 僕は道場に出て、少し汗をかいた。

 それから町に出てぶらついた。屋敷にいては、狙ってくることもできないだろうから、敢えて身をさらしたが、忍びの者らしい者が近付いてくる気配はなかった。

 夕餉の席では、昨晩も辻斬りが出たということで、いよいよのっぴきならないところまで来ていることを家老は語った。

 僕は「今夜から見回りに出ます」と言った。

 家老からは「頼む」と言われた。

 

 夜警の準備をしていると、きくは心配をした。

「どうしても行かなければなりませんの」

「家老、直々の頼みだからね」

「気をつけてくださいましね」

「大丈夫だって」

 

 僕は町に出て、番所に寄った。話は通っていて、岡っ引きの室田八兵衛が付き添うことになった。

「八兵衛と呼んでください」と言うので、「では、見回りの場所は八兵衛に任せた」と言った。

「ようござんすよ」

 僕たちは町から屋敷通りを何度も歩き回った。

 その日は、空振りかと思ったが、別の場所で辻斬りは起きた。すれ違い様に三人が斬られたと言う。

 僕らが駆けつけた時は、辻斬りは当然姿を消していて、斬られた方は息がなかった。僕は斬り口を見た。三人とも刀は抜いていたが、刀が触れ合った感じはなく、誰も一刀のもとに斬られていた。一人は頭から斬られ、次は左から上に斬られ、また、頭から斬られていた。まるで型通りに斬っている感じだった。そして、一度も刀に接触していないというのが、その速さを思わせた。僕はまるで自分が斬ったかのような錯覚を覚えた。

 この辻斬りは尋常ではない使い手だと思った。

 成果なく番所に戻った時、僕は気落ちしていた。

「また明日がありますよ」と八兵衛は言った。

 

 屋敷に戻ると、家老の嫡男が起きていて出てきたので、僕は頭を左右に振った。

 部屋に入ると、きくが「どうでしたか」と尋ねるので「駄目だった」と答えた。

 

 次の日も別の場所で辻斬りは起きた。

 そして、三日目だった。

 とうとう、その辻斬りと鉢合わせになった。

 すでに斬り合いをしているところだった。二人を相手に、一人は倒していた。もう一人に襲いかかろうとしたところを、僕の刀で止められた。

 左前髪を長く垂らし、右目の眼光が鋭かった。

 僕に刀を止められたことが不思議なようだった。自分の刀を見て、今度は僕の方に斬りかかってきた。その動作はスローに見えたが避けるのが精一杯だった。刀を出そうとしたが、腕の振りが遅かった。いつかかかった催眠術かとも思ったが、それとも違っていた。相手の動きはよく分かった。刀も切り結んだ。しかし、こちらが速く動こうとすると、相手もその速度に付いてきた。

 右から刀が来れば、それを受け止め、返そうとしたが、その時は間合いの外にいた。そして、刃を地を這うように動かしながら、間合いを詰めてきた。鋭い速さで刀が下から向かってきた。それをかわそうとしたが、刃が追いかけてきた。刀の唸る音を聞いた気がした。刀に妖力があった。

 刀をかわせないので、刀で止めるしかなかった。そうすると、こちらが反撃に出る前に間合いの外に出る。それを詰めても、また外に出る。

 しかし、塀に追い詰めた。相手は激しく刀を振ってきた。それを刀で応戦するのが精一杯だった。

 このような相手とは、初めて出会った。

 一息、ついたところで、相手は「お前は誰だ」と訊いた。

「鏡京介。そちは」

「月影竜之介」

 そう言い合うと相手は逃げ出した。追っていこうとすると、どこからか手裏剣が飛んできた。叩き落とした手裏剣を持って、飛んできた方向を見ると、屋根の上に黒ずくめの男がいた。その男に手裏剣を投げ返した。手裏剣は男の首に刺さった。男が屋根の向こうに逃げた。

 その間に月影竜之介にも逃げられた。

 八兵衛が、襲われた家中の者の屋敷を聞き出し、そこから人を呼んできた。倒された者は戸板に乗せられて、その屋敷に運ばれた。

「恐ろしい相手でしたね」と八兵衛が言った。

「本当に。あれでは普通の侍では相手にならない」と僕は言っていた。

 番所に八兵衛と今夜あったことを報告をして、僕は屋敷に帰った。

 

 きくは遅くまで起きて待ってくれていた。今日の話をすれば、きくが心配すると思って、「また空振りだった」と言った。

「空振りってなんですか」と訊くので、これが野球やテニスなどの用語だということを思い知った。

「駄目だったと言うことだ」と答えた。

 

 僕は懐に入れて持ち帰ってきた手裏剣を見た。四つあった。剣の表面に何かが塗られている。きっと毒なのだろう。とすれば、あの首に刺さった者は助からないかも知れない。

 月影竜之介に逃げられたことと忍びの者に襲われたことは関係があるのだろうか。あるとしたら、月影竜之介は側用人、斉藤頼母の手の者となる。しかし、斉藤頼母が辻斬りを雇うだろうか。考えにくかった。

 それにしても月影竜之介は強かった。だが、僕は斬られるとは思わなかった。むしろ、僕の方が押していたように思う。しかし、問題はあの妖刀だった。あの妖刀に月影竜之介は守られている気がした。

 人をあやめ続けてきた剣には不思議な力が宿ると言う。あの妖刀もその一つなのだろう。僕は不意に床の間の刀を見た。あの剣もかなりの人の血を吸っていた。

 

 辻斬りはピタリと止んだ。

 僕は当面、夜回りをしないで良くなった。