小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十一ー2

「入れ替われ」と言う堤の声で、次の班の者との入れ替わりが行われた。

「中園宗二郎、前へ」と堤が言った。

 僕が待つ体勢に入ると「始めぃ」と言った。

 中園は刀を上段に構えた。その刀はやはり微かに黄色く光っていた。人を怨念で斬ったことがある証拠だった。刀は振り上げた時には揺れていたが、すぐに止まった。中園はためらいもなく打ち込んで来た。今までの三人の中では一番速かった。しかし、僕の両手はしっかりとその刃を取り押さえていた。その瞬間、道場内は歓声と拍手に包まれた。

 堤の「入れ替われ」と言う声で、次の班の者とに入れ替わった。これが最後だった。

「時田重蔵、前へ」と堤が言った。

 僕が構えの体勢に入ると「始めぃ」と言った。

 時田も刀を上段に構えた。その刀も上段に構えるまでは揺れていたが、構えたら揺れることはなかった。前と同じように白く光った。人を斬ったことがある証拠だったが、それは怨念からではないようだった。時田もためらいもなく打ち込んで来た。速さは中園といい勝負だった。ただ、僕の両手はしっかりとその刃を捉えていた。

 道場内はまたしても歓声と拍手に包まれた。道場の窓から見ていた者たちからも歓声が上がっていた。

 僕は取った刀を持ち、鞘を持っている竹内から鞘を受け取ると、刀を鞘に収めた。

 道場の外にいた者たちが一斉に道場に入ってきて、凄い歓声が上がった。

 

 僕と堤とたえは座敷に向かった。それでも、道場の歓声は止まなかった。

 座敷に座ると、堤は「これで都合五度、真剣白刃取りを見ましたが、何度見ても凄い」と言った。

 たえは「わたしは初めてでしたから肝が潰れる思いでした」と言った。

「で、どうですか」と堤は訊いた。

「その前に堤先生の感想を聞きたいものです」と僕は言った。

「感想ですか。それは剣を実際に受けられた鏡殿がよくおわかりのはずですが」

「そうですが、私は当事者ですから、傍から見た意見を聞きたいのです」

「中園と時田の剣の速さは甲乙がつけがたい。竹内と城崎はそれに少し劣っているかと見ました」

「よく見ていますね。その通りです」

「そうですか」

「私の思ったことをそのまま言います。まず、竹内は優しい男です。私を切る瞬間に剣の速さが鈍りました。躊躇したのです。これは人物としては良くても、剣術を究めていく者としては不利です。次に城崎は、剣の振りは真っ直ぐです。ただ、今のところ、その速度は一番遅い。次に中園です。彼は人を憎しみから斬ったことがあります。ただ、剣の速さは一番でした。そして時田ですが、彼も人を斬ったことがあります。ただ、それはやむにやまれぬ事情からでしょう。剣の速さは中園の次です」

 僕がそう言うと、堤は「ということは鏡殿は、時田を押されているのですね」と言った。

 たえが僕の顔を見た。

「いいえ」と僕は答えた。

「えっ、では誰を」と堤が訊いた。

「意外かも知れませんが、この四人なら城崎を推します」

「城崎ですか」

「はい」

「でも、鏡殿の評価では、一番劣っているように聞こえましたが」

「確かに」

「それではどうして」

「彼の剣が一番、素直に振り下ろされたからです」

「一番、素直に、ですか」

「そうです。刀を持たぬ相手に刀を振り下ろすというのは、これで結構、勇気がいるものです。何も考えずに振り下ろすことは、非常に難しい。しかし、彼が一番、それに近いことをやったのです。後の者には雑念がありました。その雑念が剣に表れていました」

 僕は、その雑念が刀の色に表れていたことは言わなかった。雑念があったからこそ、刀は黄色く、または白く光ったのだ。そして、それは人を斬ったことによる雑念でもあった。その人を斬ったことのある経験が刀の揺れを止めたのだ。人を斬ったことのない者が持つ刀が揺れるのは当然なのだ。問題は、その揺れにどう立ち向かうかなのだ。

「なるほど。たえ、今の説明でわかったか」

「わかりました」

「そうか。では、城崎信一郎を師範代としよう」

 僕は肩の荷が降りた気がした。