小説「僕が、剣道ですか? 2」

九 道場に出た。 相川たちが寄ってきた。 「もう一度、お願いします」 そう言って頭を下げた。 僕は門弟を壁際に寄せて「見ておくように」と言うと、昨日して見せた素振りを相川たちにさせた。 今度は一歩、前に出るように言った。そして後ろから、手首のあ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

八 二日後に鍛冶屋、源蔵の所に刀を取りに行った。 「これで妖刀は切れる。しかし、おぬしの持つこの刀もその妖気を吸うことになるぞ」 「そうなるとどうなります」 源蔵は僕の顔をじっと見た。 「普通は刀に囚われる。しかし、おぬしはそうはならぬようじゃ…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

七 家老家の菩提寺の住職に妖刀の話をした。 「それはやっかいな話ですな」 「と言うと」 「妖気がその刀を持っている者を守っているのでしょう。とすれば、その妖気を断ち切らなければならない」 「そうですね」 「鏡殿にそれができますか」 僕は首を左右に…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

六 家老屋敷の道場は、朝から稽古の声が聞こえていた。 型練習を始めてから、その型を覚えようと皆、必死だった。役に立たない英語のアクセント問題をやっているようなものだが、何もしないより、やっている感じはあるので、それなりに充実しているのだろう…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

五 三晩連続で辻斬りが出た。複数の侍がいても平気なようで、むしろ多いほど辻斬りを楽しんでいるようだと言われているくらいだった。三晩に十人もの人が斬られているのだから、城中でも話題になっていて、家老は夕餉の席で、「町奉行の田島権左衛門に、鏡殿…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

四 屋敷の道場に戻り、皆を集めた。明日、道場内での稽古試合をする。それに勝った者、四名に特別な稽古を付けると言った。四名という数字は、堤道場で聞いた師範代の候補の数が影響していたのかも知れなかった。 道場内はざわついた。 皆を練習に戻し、相川…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

三 「頼もう」と言う大きな声が玄関の方からしてきた。 しばらくして、門弟の一人が座敷にやってきて「道場破りがやってきています」と告げた。 「またか」と言って、堤が立ち上がったので、僕も「私も行きましょう」と言って立ち上がった。 玄関には三人の…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二ー2 次の日、道場に行くと大騒ぎになった。 僕の周りを門弟が取り囲んだ。僕が動く度に驚くのは止めてもらいたいと思った、上野のパンダじゃあるまいし、と。 だが、それだけ僕の不在は大きかったのか、とも思った。 相川と佐々木が来たので、二月の選抜…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

二ー1 僕は空中に飛び出していた。 しかし、乳母車は抱えていなかった。 凄いスピードで落下していくのが分かった。 躰を反転させた。林が見えた。落下スピードを落とそうとした。しかし、上手くコントロールができなかった。しかし、林に近付くと最初の木…

小説「僕が、剣道ですか? 2」

僕が、剣道ですか? 2 一 休み時間だった。僕が窓の外を見ていたら、急に後ろから富樫がヘッドロック(腕の脇に相手の頭を抱えて締め上げるプロレスの技の一つ)をしてきて、「絵理ちゃんに告ったんだろう」と訊いた。 「ああ」 「返事はどうよ」 「教えな…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十九 大きく咳をした。 目を開けると僕はベッドの上にいた。 「意識が戻ったわ」と女の声が聞こえた。 「先生を呼んで来なくちゃ」とその声は言った。 間もなく医師が来た。 目を開いて光を当てた。 僕は眩しくて目を閉じようとした。 「じっとしていて」…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十八 屋敷に戻ると僕はすっかり疲れていた。 風呂に入った時も眠りかけていた。 きくが抱きつき「よく、ご無事でお戻りなされました」と言った。 きくが出してくれた中年の女中に作らせた紺色のトランクスを穿き、着物を着た。 夕餉の席では、佐竹が威勢良…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

次回は、3月29日金曜日にアップの予定です。

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十七 次の朝、道場に行くと相川と佐々木を呼んだ。そして、これから城中に向かうことを伝えた。 「無事、帰ってこられるかは、分からない」 「そんな」と相川も佐々木も驚いた。 「そこで、道場の後のことは二人に任せた」 「急にそんなことを言われても」…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十六 数日間は何事もなかったが、その日の夕餉に佐竹が「鏡殿、明後日、登城せよ、との命が大目付様よりありました」と言った。 島田源太郎が「何用であろう」と佐竹に訊いたが、佐竹も「さぁ」と言うばかりであった。 だが、僕だけは分かっていた。大目付…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十五 たえと会った数日後のことだった。 午後三時に道場の者たちを帰らせた後、城から使いの者が来て、僕に登城せよ、と言ってきた。時刻が時刻なだけに不審に思ったが、その者に付いて城に向かった。 近道をしようということになって、林のある道を抜ける…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十四 三日目が来た。 勝ち残った者たちが集まっていた。 対戦相手が、相川より読み上げられていった。 偵察隊の試合は、午前中に集中させた。 まず、昨日、木刀を下段に構え、さらに床に木刀が着くぐらいまで下ろした者と、つばぜり合いのすぐ後に下段に構…

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三十三 二日目は、残りの百組の選抜試験が行われた。 四組目までは順調に選抜試験は進んでいた。五組目に現れた浪人風情の者がくせ者だった。相手はまだ十五歳ほどの少年と言っていい若さだった。その浪人者は、「始め」の後、正眼に構えるところを下段に構…

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三十二 十五の日にもらった名簿には、二百五十人が記名されていた。 そして、選抜試験の当日に集まったのは、さらに五十二人で、道場の者の相川と佐々木を除く者も含めると四百人が戦うことになった。 二人一組なので、二百組の対戦となる。それを勝ち抜いた…

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三十一 六曜に一度の、相川と佐々木の稽古も、一と十五の日の堤道場を訪れるのも変わりなく、冬を迎え、中頃になってきた。十一月には、選抜試験があるというので、道場の門弟も気合いが入っていたし、一と十五の日に訪れる堤道場の稽古の気合いの声も荒々し…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十 僕は、慣れない筆と紙で、状況を整理してみた。 今の藩主は病弱だが、側女に二歳になったばかりの男子がいる。しかし、二歳の男子では藩政は司れないから、それをやるのは、後ろ盾になっている側用人と大目付に四人の目付だ。それに対して、藩主の次男…

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二十九 城から屋敷まで付けてくる者がいた。襲ってくる気配はなかったので、放っておいた。 風呂に入り、夕餉の時に島田源太郎や佐竹に今日の詮議について、話して聞かせた。 「大目付がそんなことを言っておったか」 「城内にいる御家老の身が心配です。島…

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二十八 次の日の午前中、城より使いの者が来て、大目付より鏡京介に質疑があるとの伝言が伝えられた。 鏡京介は、城に上がる支度をきくにしてもらい、伝言を伝えに来た者と一緒に登城した。 殿中に入る前に、若侍に刀を渡し、控えの間に通された。 襖が開け…

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二十七 朝、道場に行けば、小手の次に胴、突きそして面の打ち方を教えた。そのうちに、連続技も教えるつもりだった。 一の日が来たので、僕は堤道場に行った。 たえが門の所で待っていて、「家に寄っていきますか」と言うので、「道場の稽古風景を見学させて…

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二十六 朝餉の後、道場に行くと、前進しながらの素振りをしていた。数日の間に、皆の動作が素早くなっていた。 相川と佐々木を呼んだ。 「お前たちは掛かり稽古をしろ」 二人は掛かり稽古の意味がわからないようだったので、説明をした。元立ちといわれる者…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

二十五 相手の数は増えてきていた。 「鏡殿」と佐竹が言った。 「ご心配、無用。まだ、数が足りていません」 「そんなことを言っても、もう十人はいますぞ」 「十人は、一人と同じことです。全員を成敗しなければ、この先、やっかいごとは続くでしょう」 「…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

二十四 翌日、道場に行くと、どこで知り得たのか、龍音寺の噂で持ちきりだった。 噂話はだいぶ大袈裟になっていた。こういう話は大袈裟に伝わるものなのだろう。 僕がいくら修正しようとしても、余計に悪くなっていった。 午後になって、家老が横手門の前で…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

二十三ー2 墓の前に来て、きくは「恐ろしゅうございました」と言った。 そして「あなた様は怖くはないのですか」と訊いた。 「あいつらがか」 僕は笑った。 「どこが怖い。実戦経験もない、へっぴり腰だったじゃないか。この前、討伐した盗賊の方が数倍強か…

小説「僕が、剣道ですか? 1」

次回は、3月21日木曜日にアップの予定です。

小説「僕が、剣道ですか? 1」

二十三ー1 朝餉の後は、家老はすぐに城に戻っていった。 僕は島田源太郎に、きくを連れて町に出てもいいか、尋ねた。 「昨日の父の話を気にしているのか」と訊かれた。 「そういう訳ではありません」と答えたが、家老の嫡男だけあって、なかなか鋭いなと思…