二十六
朝、目覚めると佐野助はまだ眠っていた。朝は寒かった。
山陰には、まだ日は当たっていなかった。山の上の方が明るかった。
「起きるぞ」と佐野助に声をかけた。
佐野助はブルブルと震えるように起き上がった。
僕は干し柿と干し葡萄を食べた。佐野助は昨日食べ残しておいた一匹を食べた。
竹水筒の水を飲み干してしまった。
沢を見つけたら、水を汲もうと思った。
少し歩くと、泉を見つけたので、水を飲み、竹水筒にも水を補充した。
そして、ようやく頂に出た。
「あっちでさぁ」
佐野助は、飛田村の方向を枝で指し示した。
しばらく歩いて行くと、あっちこっちから手裏剣が飛んできた。
それらを刀で払いのけると、「間違えるでない。討伐隊だ。山賊どもを成敗に来た」と僕は叫んだ。
すると、木の陰から少年少女らが顔を出した。そして道に出てきた。十五、六人はいた。
「お前たちは無事なのか」
「うん、でも、おっとうやおっかあは……」と言って、その先は黙った。
「遅かったか」と言ったのは、佐野助だった。
僕は言葉が出なかった。
「お前たちはどこかに隠れているのか」と訊くと「うん」と少年が答えた。この少年が一番年上なのだろう。
「どこだ」
少年は僕らを疑っているようだった。
「私たちを疑っていても、しょうがないぞ」
そう言うと、「こっち」と少年は言った。
少年はどうやら僕らを信用したようだった。
少し歩いて行くと、自然の穴蔵に出た。
その中を覗くと、まだよちよち歩きの子もいれば、寝たままの赤ん坊もいた。
全部で二十数人だった。
「いつ襲われたのだ」
「昨日」
一日、遅かった。僕の心には苦いものが込み上げてきた。
「それでここに隠れていたのか」
「はい」
「村を一望できる所はあるか」
「こっちです」
少年は僕らをそこに案内した。小高い所だった。
馬に乗った山賊が、刀を振りかざして男を追っているのが見えた。少年は今にも飛び出しそうに拳を握っていた。その肩を僕は押さえた。
「あいつらは私がやっつける」
「えっ、討伐隊が来るのではなかったのですか」
「討伐隊はもう来ている」
「どこにですか」
「私だ」
「そんな。あなたを信じていたのに」
「信じていいぞ、信じられないかも知れないが。お前は、子どもたちを守っていろ」
少年は口惜しそうにしながら帰って行った。
「表に三十五、六人ですかね。家の中に何人いるのやら」
さっき、追われていた男は、山賊の刀で斬られた。倒れていくのがはっきりと見えた。
田畑は荒らされていた。
あちらこちらに死体が転がっていた。
山賊たちも何人かはやられていた。
家の陰に隠れて、中を覗き込んだ。
家の中では、女が数人の男たちに犯されていた。見るも無惨だった。
村の端の木に馬が繋がれていた。二十頭ほどいた。
「まず、あの馬を放とう。山の方に追い上げるんだ」
「どうしてです」
「一人も逃がしたくはないからさ」
佐野助は呆れたような顔をした。
山賊どもに見つからぬように馬に近づき、馬と柱を繋いでいた綱を切った。そして、馬の尻を思い切りひっぱたいた。
馬は嘶き、山の方に向かって走り出した。その声を聞き、山賊が集まって来た。家の中にいた者も飛び出してきた。
僕は、すぐに林の中に隠れた。
「あそこに隠れているぞ」と言う声がした。
僕は、隠れた林からすぐに上の林に移っていた。彼らが僕の隠れたあたりを探している頃には、また別の場所に行っているだろう。
そして、彼らが山林に広がるのを待った。僕は、オーバーを脱いで長袖のシャツだけになっていた。
佐野助は山の上の方に隠れている。
五人ほどがこちらに向かってきた。手頃な数だった。
最初の一人は、本当に近くまで引き寄せて、刀でその脇腹を突き刺した。その者の声で、後の四人がこちらに向かってきた。先頭の一人の腹を突き刺し、次の者の左足を斬り裂いた。返す刀で、もう一人の右腕を斬り落とし、最後の一人も腹を刺した。
全員、一刀で斬り殺せたが、そうはしなかった。簡単に殺す気はなかった。
僕は「こっちにいるぞ」と叫んだ。
その声に十人ほどが向かってきたが、十人を一度に相手にする気はなかった。
すぐに移動して、「こっちだ」と叫んだ。
十人が分かれた。分かれた右方向の一番後ろを走っていた者の背中を斬った。
その者が声を上げたので、四人が振り向いた。近い順に刀を持っている腕を斬り落としていった。四人とも斬り落とされた腕を押さえてもがいていた。
すぐに他に向かっていた五人がやってきた。
「ここまでだな」
一人が言った。
僕は五人に囲まれていた。
「もう逃げ場はないぞ」
別の一人が言った。
「お前たちのな」と僕が言った。
「こしゃくな」と斬りかかってきた者の腹を刺し、後ろの者の顔を斬った。目の位置で斬ったから見えなくなっているだろう。
三人は見構えていたが、円を描くように、その腹を切り開いた。切り開かれた者たちは腸が飛び出していた。
仲間が次々にやられているのを知って、「まだ飛田衆はいるぞ」と誰かが怒鳴った。一人にやられているとは、到底思えなかったからだ。
「気をつけろ」
彼らは得物を持って、林に入ってきた。
僕は近くにいた二人の腕を斬り落とした。
その声で人が集まってくる。
集まってくる順に二人ほど、腹を突き刺していった。致命傷を与えても、斬り殺すことはしなかった。
そこら中に呻き声が響いた。
十七人はやったが、まだ四十人ほどはいる。
それに、今まで斬ってきた者は弱かった。山賊と言っても下っ端の連中だろう。
これから相手にするのが、本番だろう。
「いたぞー」と言う声がした。
見ると、若い男がこっちを見て叫んでいる。
その喉を突いた。
その声につられて、大男がやってきた。棍棒を持っていた。鬼に金棒って奴だ。
ゆっくりと歩いてくる。こっちが逃げ出さないと分かっているかのようだった。
その周りに何人かが付いてきていた。周りにいる者は弱いのが分かった。
だが、手出しはできなかった。彼らに向かえば、棍棒が襲ってくるだろう。逃げ切れるが、それだけだ。
ただ、逃げていたのではこいつには勝てないと思った。
その大男は、十分近付くと棍棒を振り上げた。
僕も刀を上段に構えた。その時、刀が強く光り出した。
大男は驚いた顔をした。振り下ろした両手を刀で斬り落とした。
大男の取り巻きだった男たちは、逃げ出した。