小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十七

 次の朝、道場に行くと相川と佐々木を呼んだ。そして、これから城中に向かうことを伝えた。

「無事、帰ってこられるかは、分からない」

「そんな」と相川も佐々木も驚いた。

「そこで、道場の後のことは二人に任せた」

「急にそんなことを言われても」と相川が言った。

「これは大目付が決めたことだ。こちらでどうこうすることはできない。この道場のことは堤先生にも頼んである。もし、困ったことがあったら、相談するといい」

「どういう訳か教えてもらえますか」

「それはできない。とにかく、この道場のことは任せたぞ。それから、三ヶ月に一度の選抜試験は続けるんだ。目標がなく剣術をしてもなかなか上達はしない。目標、目的があれば、励みになる。これだけは頼んだぞ」

「わかりました」と相川も佐々木も言った。

 

 着付けはきくが、涙を流しながら丁寧にしてくれた。

「大丈夫だ」と僕は言ったが、その保証は何もなかった。

 僕は城中に向かった。

 下足番に草履を預け、殿中に入る前に本差と脇差を抜いて若侍に渡し、廊下を渡った。

 詮議の間の控えに二人の侍がいて、彼らの真ん中に正座して平伏した。そしたら襖が開けられ、大目付から「入られよ」との声が掛かった。

 中に入ると、控えの間との間の襖は閉められた。

「鏡京介、面を上げい」と左下座の目付が言った。

 僕は顔を上げた。

 メンバーはこの前と同じだった。

 だが、この前以上に目付きは激しかった。それもそうだろう。自分たちの嫡男が揃いも揃って斬り殺されたのだから。

「そちの門下生が狼藉を働いているとの申し立てがあったので、吟味する」と右上座の目付が言った。

「その申し立ては、承服しかねます」と僕は言った。

「それをこれから吟味するのだ」と左上座の目付が言った。

「誰の申し立てでございますか。その者と相対して詮議されるべきではありませんか」

「誰の申し立てかは、教えられぬ」と右下座の目付が言った。

「それでは不公平ではござらぬか」と僕は言った。

「そちの門下生が狼藉を働いているのは、確かな筋の申し立てじゃ。そちと同席はさせぬ」と右下座の目付が言った。

「なんと一方的なことを言われるのですか。これでは詮議ではないではありませんか」

 相手は、はなから詮議などするつもりはなかった。何でもいいから理由を付ければ良いのだった。

 先程から、殺気を感じていたのだが、目付たちのものと思っていたが、殺気はその後ろから漂ってきていた。

 先の戦いでも感じたことだが、時間がスローに感じるだけでなく、止めることができるのではないかと思った。試してみるか、と思った。

 目を閉じ再び開けた時、躰は目付を通り越して、後ろの隠し扉に向かった。そこを開くと十人の侍が刀を抜いて構えていた。

 彼らに次々と当て身を食らわせて、全員を気絶させ、扉を閉じた。

 僕は、目を閉じ再び開けた。時が動き出した。

「御詮議を侮辱する気か」と左上座の目付が言った。

「決してそのようなことは申してはおりません」

 大目付は「ならば、そちの門下生が狼藉を働いていることを認めるんだな」と言った。

 僕は「そんな馬鹿なことはできません」と言った。

「我々を侮辱するのか」と大目付は言った。

「これは異なことを。奇妙なことを言っているのは、あなた方ではありませんか」

「まだ言うか」と大目付が言った後、ポンポンと手を打ち鳴らした。

 それを合図に隠し扉から侍が飛び出してくるはずだったのだろうが、もちろん、そんなことは起こらなかった。

 大目付はさらに手をポンポンと打ち鳴らした。

 しかし、何も起こらなかった。大目付は後ろを向いた。他の目付も隠し扉の方を見た。

「何か、起こるのですか」と僕が言った。

「何だと」と左下座の目付が言った。

 僕が「いや、今のは何かの合図かな、と思ったものですから」と言うと「それはどういう意味だ」と右上座の目付が言った。

「誰かが出てくると思っているのなら、笑止。皆、眠っております」

「何だと」と大目付が言った。

「これからは、この場は、あなた方を詮議する場となります」と僕は宣言した。

「何を言う」と左下座の目付が言った。

「今、言った通りですよ。あなた方を詮議し、裁くのです」と僕は言った。

「何をほざいたことを」と右上座の目付が言った。

 僕は懐に入れていた大目付以下の者たちの嫡男たちが持っていた印籠や羽織から切り取った家紋を彼らの前に投げ出した。

「先日、何者かに襲撃されました。それらの者たちが残していった物です。おあらためください。見覚えがありましょう。あなた方の家紋ですから。皆様のご子息は揃いも揃って食中毒で亡くなられたということですが、実は全員、私の手にかかりました。これは正当防衛です。先に斬りかかってきたのは、そちらですから。しかも、五十余人を超える人数対一人ですから、真っ当な勝負ではありません。今、そこにある物、それこそが証拠というものです」

 大目付は立ち上がろうとした。その時、僕はまた目を閉じ、再び開けた時、大目付を押さえつけて座らせていた。

 そして脇差を抜くと、懐から懐紙を出し、それを脇差の柄から刃の三分の一ほど巻き、それを大目付の右手に持たせて、中腰にさせ、羽織を取り、着物をはだけて腹を出し、その脇差を腹に深く突き立て、横一文字に切った。

 同様にして、他の四人の腹を切らせた。

 そして、自分の席に戻ると目を閉じ再び開けた。

 目の前には、五人の腹を切った目付たちが呻いていた。

 切腹はショック死などを起こせば死ねるが、死ぬ方法としては苦しいものだった。何しろ意識がある間は、痛みを感じ続けなければならなかったからである。

 今、僕の目の前に、もだえ苦しむ五人がいた。

「これが処罰だ」と言った。

 それから大声で「大目付様、以下の目付の方々の嫡男の死は食中毒にあらず。盗賊と成り果て、処刑されたものである」と叫んだ。

 すると控えの間の襖が開き、控えていた侍が中に入り、五人が切腹している様子を見た。

 僕は彼らに「よくご覧なさい。見事にご切腹なされているではありませんか」と言うと、彼らも頷くしかなかった。

 僕は控えの間を出ると、大声で「大目付以下四人の御目付様が、ご自身の子弟の不始末を恥じて、ご切腹なされましたぞ」と何度も叫んだ。

 廊下を走って詮議の間に走る者の間を縫って、僕は若侍から刀を受け取り、下足番から草履を出してもらい、堂々と正門から出て行った、城中はさぞ大騒ぎだろうと思いながら。