二十三ー2
墓の前に来て、きくは「恐ろしゅうございました」と言った。
そして「あなた様は怖くはないのですか」と訊いた。
「あいつらがか」
僕は笑った。
「どこが怖い。実戦経験もない、へっぴり腰だったじゃないか。この前、討伐した盗賊の方が数倍強かったよ」
「そうなんですか」
「そうだよ。今の連中を倒すのは容易いが、それでは解決にならない。あいつら全員を集めてやっつけなければね」
「でも、相手はまだ来るんでしょ」
「それを待っているんだ。昨日、通りを往復したよね。その時に、あいつらの誰かと目が合ったんだ。ただ、相手は一人だったから、仲間が集まるのを待って襲ってこようとしたんだな。で、五人集まったんで、襲おうとしたんだろうが、こっちが怖がっていないから、全員集めれば恐れをなすと思ったんだろうよ」
「昨日、餌を撒くと言っていたのはこのことだったんですか」
「そうだ。墓参りは口実だ」
「でも、どうするんですか」
「さあな」
「さあなって」
墓参りをしてから、見張りの者に「まだ集まらんのか」と訊いた。
「もう少し、待っておれ」
「分かりましたよ。住職に茶でも入れてもらうことにしますよ」
住職に頼んで茶をご馳走になったところで、相手は集まった。
境内に二十人いた。
「ほう、悪ガキも随分いるものだな」
「ほざけ。こいつを袋だたきにしろ」と年上の者が言った。
「きく、離れていろ」
僕はそう言うと刀を抜いて、相手の群れに飛び込んでいった。
相手は木刀を持っていたが、僕が刀を抜くと相手も刀を抜いた。
最初に斬りかかってきた者の刀を弾くと柄の部分をみぞおちに強く当てた。その者は蹲った。頭が見えたので、その頭部の髷を切り落とした。
次に向かってきた者は刀の峰で、刀を落とし、やはり頭を下げたので髷を切り落とした。
その次の者は足を払い、やはり髷を切り落とした。そうやって、次々と髷を切り落としていった。
「こっちを見ろ」と彼らの一人が叫んだ。
「刀を捨てろ。そうしないとこの女がどうなるか……」と言い終わらぬうちに、その男の腕は刀の峰で骨を折られ、髪を切られた。
「きくに手を出す奴は容赦はしない。腕をへし折り、使い物にならなくしてやるから覚悟しろ」と言った。
僕はまた彼らの輪の中に入っていった。彼らの剣裁きの遅さと言ったらなかった。これなら道場にいる者たちの方が数段ましだった。
自分たちからやられに来たようなものだった。彼らの頼みは数だけだった。数人を残すだけになると、腰を抜かしていた。それらの者の髷を容赦なく切り取った。
全員の髷を切り取ると、「さぁ、まだやるか」と言った。
「わあー」と言って逃げ出そうとしたら、袴も切られていることに気付いた彼らは、両手で袴を持ち上げて逃げていった。
きくは松の木の陰から出てきた。
その躰は震えていた。僕は強く抱き締めた。
風呂に入り、戦いの疲れを癒やした。
夕餉の席では、島田源太郎が愉快そうな顔をしていた。
「今日は面白い話を聞いたぞ」
「何でしょう」
「龍音寺で何かあったそうだな」
「さあ」と僕が言うと、島田源太郎は「きくを呼べ」と言った。
きくが夕餉の席に入ってきて、頭を下げた。
「今日あったことを話してくれ」と島田源太郎が言った。
きくは僕の方を見たので、僕は頷いた。
きくは今日あった出来事を詳しく、島田源太郎に話して聞かせた。
「二十人もの侍の髷を落としたのか」
「はい」
「そして、袴まで切ったというのか」
「はい」
「相手の命は奪ってはいないのだな」
「はい。でも、腕を折られた者が一人います。わたしを人質にしようとした者です」
「それは自業自得だ」と島田源太郎は笑った。
そして「先日、父上がお灸をすえたいと言っていたのは、このことだったのか」と僕に向かって言った。
「何のことでしょう」
「とぼけるな、その場にいたくせに。その時はわからないと言っていたのに、ちゃんと灸をすえたんだな」
「それはともかくとして、私は名乗っていないので当家には迷惑はかけないと思うのですが」
「名乗らなくても、鏡殿だということは明日にも知れることだ」
「それでは、当家にご迷惑をかけることになるのではないでしょうか」
「どうかな。だが、二十人も引き連れて、一人に全員髷を切られたとは、どこにも申し立てはできないだろう。自分たちの恥を晒すようなものだからな」
「そういうものでしょうか」
「彼らだって武士だからな」
「彼らはどうするでしょうか」
「当分、外には出歩けないだろうな」
「御家老にご迷惑はかからないのでしょうか」
「多分、承知の上のことだと思う。鏡殿が心配されることではない」
「そうですか」
座敷に戻ると、きくが抱きついてきた。
「怖かったです」
「怖い思いをさせて済まなかった」
「でも鏡様と一緒なら……」
その夜のきくは優しく、そして激しかった。