三十九
大きく咳をした。
目を開けると僕はベッドの上にいた。
「意識が戻ったわ」と女の声が聞こえた。
「先生を呼んで来なくちゃ」とその声は言った。
間もなく医師が来た。
目を開いて光を当てた。
僕は眩しくて目を閉じようとした。
「じっとしていて」と言う女の声が聞こえた。看護師の声だったのだろう。
「うん、大丈夫だ」と言う医師の声が聞こえた。
次の日の午後、母や富樫が見舞いに来た。
母は「良かったわ」と言い、富樫は「心配したぞ」と言った。
みんな元のままだった。
僕は、数日意識を失っていたようだった。
すぐ帰りたいと言ったが、抗生物質の点滴が終わらないと駄目で、後八日は入院していなければならなかった。
退院してすぐに行ったのは、区立図書館だった。
僕が夢で見た白鶴藩のことが気になったからだった。
閉架式の書庫から、古い文献が取り出された。
昭和初期の本だった。白鶴藩のことが書いてあった。
当主の系図を見ていくと、綱秀が出てきた。そして、その綱秀が藩主になる前に、大目付と四目付の切腹のことが記されていた。切腹の理由は不明とされていた。
図書館を出ると、太陽が眩しかった。
明日、絵理に自分の気持ちを伝えようと思った。
次の日の放課後、バックネットの裏から絵理に声をかけて呼んだ。
「何」と言って、絵理はランニングスタイルで走ってきた。
僕は絵理に告白した。
「絵理、君のことが好きなんだ」
「知ってたわよ」
「えっ、どうして」
「だって、わたしの走る姿、あんなに見てたじゃない」
「知ってたの」
「わかってたわよ」
「で、返事は」
「教えない」
「えっ、そんな」
了