小説「僕が、剣道ですか? 1」

三十二

 十五の日にもらった名簿には、二百五十人が記名されていた。

 そして、選抜試験の当日に集まったのは、さらに五十二人で、道場の者の相川と佐々木を除く者も含めると四百人が戦うことになった。

 二人一組なので、二百組の対戦となる。それを勝ち抜いた二百人がさらに百組を組んで戦う。一人二度戦うことになった。

 組み合わせは、鏡道場の者同士の対決はなるべく避けるように組んだ。

 選抜試験が始まった。

 僕は前回のように戦う作法から教えた。

「戦う者同士は、少し離れて立つ」

 その位置を道場の踏み板の上に、見えない線を、それぞれ間隔を空けて二本引いた。

「この位置で一礼をお互いにしてから、真ん中に出てきて」と、その位置も床の上に二本見えない線を木刀で引いて示した。

「それから一度、腰を落として、剣先を交える」

 ここまでを相川と佐々木を呼んでやって見せた。

「そして、始めの合図で、お互い立ち上がって、戦いを始める」

 相川と佐々木が戦う振りをした。

「決まり手は」と言いつつ、相川に「そこに木刀を持って立ち、佐々木に木刀の鍔を打たせろ」と言った。

 相川は言われたように立ち、佐々木が相川の鍔を叩いた。

「普通は、手首のあたりを叩くのだが、木刀では怪我をしかねない。そこで、先に鍔を叩かれた者が小手を打たれた者として、負けとする」と言った。

「次に」と言って、「相川、佐々木に突きを入れて見せろ」と言った。

 相川は、少し踏み込んで、佐々木の喉元を軽く突いた。

「これが突きだ。今、やったように喉元を軽く突くこと。木刀だからといって、本気で突くなよ。そんなことをしたら喉が潰れてしまう。喉元まで相手の切っ先が来たら、その者は潔く、木刀を下ろすんだ。それで負けとする」

「そして」と言って、「相川、佐々木に胴を打って見せろ」と言った。相川は、一歩踏み込んで、佐々木の腹を切る真似をした。

「これが胴だ。今、やったようにこれも本気で打つのではなく、軽く当てるのだぞ」と僕は言った。

「最後は頭だ。ここを叩くのを面と言う。相川、佐々木、やって見せろ」

 相川が、また一歩踏み込み、上から佐々木の頭を軽く打った。

「面は危険だから、強く打った者は反則負けにする。決まり手はこの四つだ」

 相川と佐々木を呼んで、今の四つをもう一度、やらせた。

「今、見たように、選抜試験では、腰から上だけを狙う。そして、これが肝心なことだが、本当に思いきり、叩いたり、突いてはならない。そんなことをすれば、木刀でも怪我をする。もし、そうした者がいたら、その者は即負けとする」

 僕は相川を呼び、立たせた。そして、立ち合いの格好をさせ、僕が小手、突き、胴、面の順で、相川に木刀が当たるすれすれの所で止めた。

「これを寸止めと言う。本来、木刀で試合をするときは、このように、叩いたり、突いたりする寸前で木刀を止めるんだが、お前たちにはそれはできないだろう。相当、熟練しないと無理だ。だから、軽く当たるのはしょうがないとする。しかし、気持ちは怪我をさせない程度に戦うということを忘れるな。いいか」と僕が言うと、全員「はい」と返事をしてきた。

「それにしても数が多いな」と僕は相川に言った。

「二百組ですからね」

「後半の百組は分かっているのか」

「わかります」と相川が言った。

「相川と佐々木で、後半の百組を連れて、堤道場に行き、練習させてもらえるようにお願いできないだろうか」

「前もってなら、ともかく、今からですか」と相川が言った。

「そこを頼み込んでくれ。このまま試合が始まれば、道場の中に入りきれずに、屋敷の外にまで人が溢れてしまう」

「そうですね」と相川が言った。

 僕は立ち上がると、組み合わせで「百一番より後ろの者、手を挙げてくれ」と言った。半数が手を挙げた。

「その者たちは、これから相川と佐々木が堤道場に連れて行く。明日のために練習をしておくように」と言った。

 ええー、と言う声が聞こえたが、僕が「分かったか」と言ったら、「はい」と言う返事が返ってきた。

 相川を呼んで堤への伝言を伝えた。

「よろしく頼む」

 百組が堤道場に向かった。道場には六十人ぐらいしか入らないから、他の者は道場の外に出した。

「では一番の組の者から」と僕が言い、前に立たせると「それでは始めぃ」と言った。

 一瞬で勝負が決まる者もいれば、なかなか組み合わない者たちもいた。なかなか組み合わない者たちには、「次にどちらかが打ち掛からねば両者負けとする」と言ったら、すぐに勝負は付いた。先に打ち掛かった者が小手を取った。

 前回に比べて、速いペースで試合が進んだ。大体三分で一試合が終わったので、一時間で二十組が対戦できた。午前中だけで、前回一日かかった、六十組が対戦できた。

 午後は一時から始めることにし、勝った者は名簿に名前を書くように言った。

 午後三時には、全部の対戦が終わった。

 勝ち残った者は、明日は対戦がないから、堤道場で練習をするようにと言った。

 そして全員を帰した。

 そんなところへ堤道場に行っていた百組が戻ってきた。

 僕は今日の試合の様子を話し、最後に「素早く戦うように」と言った。

「おぅ」と答える声に熱気が籠もっていた。

 百組の者たちには帰らせた。

 相川と佐々木からは、堤道場の様子を聞いた。

「堤先生は喜んで引き受けてくれました」と相川が言った。僕は相川に、今日勝ち残った五十人を明日も堤道場で練習させてくれと頼んだ。

「堤先生はそのつもりでいると思いますよ」と相川が言った。

「どうせ、今日で決着が付くわけではないから、と言ってましたから」

「そうか。それなら良かった」

 

 風呂に入ると、きくが「今日はどうでございましたか」と訊いた。

「前回よりも順調だった。もっと選抜試験に日数がかかると思っていたが、予定よりも早く終わりそうだ」

「それはようございましたね」

「そうだな」

 

 選抜試験のことは、夕餉の席で島田源太郎にも訊かれた。今日の様子を話して聞かせた。

 佐竹が「選抜試験のことは城内でも噂になっておりました」と言った。

「結構、我が道場に通っている子弟も多いようです。だから、気になるのでしょう」

 佐竹が綱秀の話をしないので、健康も安定してきているのだろう。

 しかし、白鶴藩が幕府に返事をするのは、年内と区切られているから、そう時間もない。どうするのだろうとは思ったが、僕の知ったことでもなかった。