小説「真理の微笑 真理子編」

五十二
 午後五時になり、会社に高瀬を迎えに行った時、高瀬は難しい顔をしていた。
 車の中でも何か考え事をしているようだった。
 家に戻ると、真理子が「あなた、今日は嫌なことでもあったの」と言った。
「車の中でも難しそうな顔をしていたもの」
「ああ、ちょっとね」
「でも、大したことないんでしょう」
 真理子は高瀬の悩みを知らないから、気軽にそう言った。
 高瀬は「そうでもないけれどな……」と言ったまま、しばらく考えているようだったが、そのうち「真理子は、俺の女神だな」と言った。
「どうしたの、急に」と真理子が言うと、「そう思っただけさ」と高瀬は応えた。

 十二月二十七日になった。今日は、ハウスクリーニングの日だった。
 高瀬を会社に送り届けると、ハウスクリーニングの人たちを待っていた。
 午前十時になると、彼らはやってきた。思いのほか、大勢の人たちだった。
 責任者らしい人から、家の見取り図を見せられながら、クリーニングしていく手順を聞いた。真理子はただ聞いているしかなかった。

 午後五時を過ぎていた。しかし、まだクリーニングは終わっていなかった。会社に高瀬を迎えに行かなければならない真理子は、気が急いていた。クリーニングが終わった寝室に入り、化粧をして服を着替えた。すぐに高瀬を迎えに行かれるように準備をしたのだった。
 午後五時半になって、やっとハウスクリーニングは終わった。ハウスクリーニング代を払うと、すぐに真理子は車を出した。
 午後六時過ぎに真理子は会社に着いた。
「ようやく終わったわ」
「そうか」
「結構、大変だったわ」
「そうだろうね」
「でも綺麗になったわよ」

 高瀬と玄関を入ると、まず廊下がピカピカになったのを見せた。そして、室内用の車椅子に乗り換え、一階からどれだけ綺麗になったかを高瀬に見せていった。
 トイレもバスルームも見せた。
 二階に上がり、リビングもダイニングもキッチンも整然としたのを見せた。
 床は真新しいかのようだった。
 真理子は高瀬を書斎に連れて行った。
 本棚のガラスも綺麗に拭かれていた。高瀬はそこだけは注意深く確認していた。
「ねっ、どこもかしこもピカピカでしょ」と真理子が言うと、高瀬は「そうだね」と応えた。

 ハウスクリーニングに追われていた真理子は、これから夕食を作る気になれなかった。それで夕食はとることにした。
「何にする」と真理子が訊くと、「寿司がいい」と高瀬が答えた。
「退院してきた時と同じね」と真理子が言った。
「ああ」と答えながら真理子の方を見ると、真理子は寿司屋に電話をかけていた。