小説「真理の微笑 真理子編」

六十二
 トミーワープロはバージョンも重ねて、さらに売れ続けた。そして、六年後には、新宿区に新社屋を建てた。
 落成式は盛大に行われた。
 猛は有名な私立小学校に入学した。
 その年に二人目の子どもが七月に授かった。女の子だった。絵美と名付けられた。
 真理子が「女の子だから、あなたに似るわよ」と言ったら、高瀬が返事に窮するのを見て、真理子は笑った。
 そして高瀬が自動車事故を起こしてから十五年が経った。
 七月二日になった時だった。真理子はダイニングに高瀬を連れて行き、テーブルの上に用意してあったノンアルコールのシャンパンを取り上げた。
「あなた、栓を抜いて」と真理子は言った。
「どういうことだ」と高瀬は言った。
 真理子は「お祝いよ」と答えた。
「何のお祝いだ」と高瀬は言った。
 真理子は時効*が成立したことを高瀬も知っているくせに、と思いながら、「あなたが自動車事故に遭ってから、今まで何事もなく無事に暮らして来られた記念よ」と言った。
 高瀬は、しばらく真理子の顔を見ていた。
 やがて「そうか」と言うと、「お祝いだ」と言ってシャンパンの栓を抜いた。
 そして、シャンパンの瓶を受け取ろうとする真理子を制して、高瀬は「グラスを持って」と言った。真理子がシャンパン用のグラスを持つと、高瀬はそこにシャンパンを注ぎながら「この十五年、ありがとう」と言った。
 真理子は高瀬からシャンパンの瓶を受け取ると、高瀬のグラスに注ぎながら「わたしこそ」と応えた。
 二人はグラスを軽く当てて、シャンパンを飲み干した。

*時効……二〇一〇年四月二十七日に改正刑事訴訟法が成立し、殺人など凶悪犯罪の公訴時効の廃止が決まった。この法律は一九九五年四月二十八日まで遡って適用されるが、それ以前、つまり一九九五年四月二十七日以前の殺人など凶悪犯罪には適用されない。 
                                 了