小説「真理の微笑 夏美編」


 午後七時頃、電話があった。父が出ると、その電話は切れてしまった。夕食の用意をしていた夏美は、父が出る前に受話器を取ろうとしたが、またも父が出てしまい電話は切れた。父が食卓の方に来たので、夏美は電話機の前で待っていると、三度目の電話が鳴った。夏美はすぐ受話器を取った。
「ごめんね。あなたからだと思ったんだけれど、父が出ちゃって……」
「あやまることなんかないよ」
 高瀬はゆっくりと言った。
「喉を痛めないように話しているのね」
「そう」
「上手くしゃべれないから、そうしているのね」
「そうだ」
「聞き取りにくいけれど、ちゃんと聞こえているわよ」
「よかった。今朝、電話したこと、分かった」
「わかったわ。早速、電気屋さんに行って、パソコンとモデムを注文したわ」
「そうか」
「水曜日に届けてくれるって。その時に、パソコン通信ができるように接続してくれるとも言っていたわ」
「それでいい。電気屋さんに任せておけば、繋がるようになるよ」
「でも、その後、どうしたらいいの」
「手紙を送る。火曜日に出すから、木曜日には着くと思う」
「わかったわ。手紙を待っていればいいのね」
「そうだ。その中にパソコン通信ソフトと設定用のフロッピーディスクを入れておくから、手紙に書いてあるようにインストールするといい」
「わたしにできるかしら」
「大丈夫。分かりやすいように書くし、面倒な設定はフロッピーディスクに入れておくから、それを差し込むだけでいい」
「いいわ、やってみる」
「後は、手紙に書いてあるようにすれば、俺のメールを読むことができる。夏美もメールを書いてくれ。返信というメニューを選択すれば俺のメール箱に届くから」
「わかったわ。ねぇ、あなた、パソコン通信なんて面倒なことしなくても、こうして電話をかけてきてくれればいいのに……と思うんだけれど」
「すまない。今はこうするしかないんだ」
「わたし……」
 夏美がそう言っているうちに、泣き声に変わった。
「あなたに会いたい。会いたくてしょうがないの」
 泣きながら夏美はそう言った。
「ごめん。俺もできることなら、会いたいと思っている。でも、それはできない」
「何があったの」
「言えない」
「わたしにも言えないことなの」
「…………」
「わかった。訊かないわ。でも、わたしはあなたのこと愛しているからね、どんなことがあっても」
 高瀬も泣きながら、「許してくれ」と言って電話を切った。

 水曜日にパソコンとモデムが届いた。パソコンが使いやすいようにパソコンデスクも一緒に買った。配達してくれた電気屋さんに配線や初期設定をすべて任せて、高瀬からの手紙を夏美は待った。
 高瀬からの手紙は木曜日の午後届いた。
『夏美様
 私も夏美に会いたい。でも、それができない。その事情は手紙に書けない。
 私は、無事だ。元気だと言いたいが、そうでもない。分かっているとは思うが、怪我をして、ある病院に入院している。しかし、病院の場所を教える事はできない。電話でも話したように声帯を損傷した。今はうまくしゃべる事はできないが、そのうち、普通に話せるようになるだろう。
 夏美や祐一がどうしているか、もっと知りたい。君たちの事が分かれば私はそれだけでいい。パソコン通信ができるようになったら、メールしてくれ。きっと何度も読むから。隆一』
 夏美はメモに書かれているとおりに設定を終えると、最初のメールを送った。