小説「僕が、剣道ですか? 2」

十三-2

 そして、その次の日、再び山奉行と相対した。
 木刀を持ち合い、それぞれ正眼に構えた。
 佐伯が「まいれ」と言う前に、僕は木刀を突き出し、それを払われると、上段に構えた。そこから素早く打ち下ろし、後ろに引いた。
 そこから、突きを繰り出していった。佐伯が木刀で避けるのが精一杯の速さで、突きを繰り出していた。
 そして、相手をかわして、振り向きざまに打ち下ろした木刀と、相手の木刀が激しくぶつかった。
 また、打ち込んでいった。相手がかわせるギリギリのスピードだった。
 佐伯の速さが分かった。
「佐伯流八方剣、見せてもらいますよ」
 僕は言った。
  佐伯は木刀を右手に持ち背中に引いた。昨日と同じだった。半身の構えで向かって来るのも同じだった。凄いスピードだった。昨日よりも、速かった。
 半身ががら空きになるのが欠点ではなく、誘いの隙なのだ。
 佐伯流八方剣を見るには、そこに打ち込んでいく他はなかった。それを待って、相手は動き出すのだから。やはり、右手に持った木刀が鞭のように迫ってきた。こちらは打ち込んでいるから、その鞭のような木刀は、木刀では返せない。しかし、昨日は、それをやった。今日は、鞭のように迫ってくる木刀を、躰を引いてかわした。
 普通ではあり得ないことだった。踏み込んで打ち込んでいるところに、木刀が鞭のように迫ってくるのだ。踏み込んでいるのに、かわすこととなど到底できることではなかった。しかし、僕はそれをやって見せた。
 佐伯はまたしても信じられない顔をしていた。おそらく、昨日よりも信じられなかったろう。
 僕は鞭のような木刀をかわすと、がら空きになった佐伯の背中を木刀でポンと叩いた。
「何てことだ。信じられん」
 佐伯はがっくりと肩を落とした。
「佐伯流八方剣は、間違いなく無敵ですよ」と僕が言っても、何の説得力もなかった。
「どうやってかわしたのだ」
「見えませんでしたか」
「見えなかった」
「それが答えです。見えないほど、速く動いたのです」
「そんな馬鹿な」
「そう、あり得ませんよね。私でなければ佐伯流八方剣は無敵です。私が保証します」
「選抜試験とやらが、隆盛なのも肯ける。おぬしの道場で鍛えられたいと思うのは自然なことだ」
「私が教えている訳ではありません。私の技は教えられるものではないからです」
「そうだろうな。相対してみて、わかった。拙者の及ぶところでないことも」
「滅相もない」
「本当のことだからしょうがない。ここまで、差があると、むしろ清々しいくらいだ」
 僕は何も言えなかった。
 道着を着替えて山を下りた。

 選抜試験は一巡した。五百四十名いたのが、二百七十名になった。
 そして、二巡目が始まった。これは、二日に亘った。そして百三十五名が残った。
この中で残りの九十四席を争うのだ。戦う者と戦わない者がくじで決まる。
 道場の定員を百名にするには、四十一組が戦うことになる。戦う者と戦わない者との悲喜こもごもがあった。
 結局、選抜試験は七日間に及び、新たに九十四名が選ばれた。

 屋敷の道場は新しい仲間を迎えて、活気づいた。相川たちが道場の規則を作っていて、新しく入ってきた者に丁寧に教えていた。
 百人もの門弟がいるとそれなりの規則がいるのだろう。相川たちは試行錯誤を繰り返して、その規則を作ったのに違いない。
 生徒手帳に書かれている校則のようなものを感じたが、逆の立場に立つとそれも仕方ないと思うしかなかった。