小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十四-2

 佐野助と別れると、屋敷に戻った。
 きくに飛田村に行く話をした。
「なんで鏡様がそんな所に」ときくは言った。
「関係ないじゃありませんか」
「そうだな」
「それに、鏡様のお命を狙った奴らですよ。どうなろうと知ったことじゃないじゃないですか」
「そうだな」
 僕はきくの言うことを聞き流して、戸棚を開けた。ここに来た時には、冬だったからオーバーや破れてはいたが革手袋があった。
 革手袋は、中年の女中に言って、すぐ繕ってもらうことにした。
「黒い糸でいいですか」
「いいよ。どれくらいでできる」
「この程度なら、夜までに仕上げておきます」
「ありがとう。じゃあ、頼む」
 セーターと厚手のシャツにヒートテックの肌着もあった。ヒートテックのズボン下にジーンズと厚手の靴下にシューズ。シューズとジーンズは前に来た時のもあったから、二つずつあった。厚手のシャツも。
 オーバーには、至るところにジッパーが付いていて、大きなポケットから小さな物まであった。背中のジッパーを開けると、ちょっとしたリュックのような感じになっていた。
 きくに食料を頼んだ。飛田村まで二日かかるとして、相手を倒すのにどれだけの時間がかかるのだろうか。帰りを考えると、少なくとも四日分の食料が必要だった。しかし、そんなには持っては行けない。帰りの分は何とかするしかないと考えた。

 夕餉の席で、家老に「明後日、飛田村に行こうと思っています」と言った。
「何故だ」
「気になるからです」
「山賊のことか」
「はい」
「おぬしが行ったところでどうにかなるものでもあるまいが」
「そうかも知れませんが、じっとしていられないのです」
「許さん、と言ってもおぬしには無駄かな」
「はい」
「わかった。好きにせい」
「ありがとうございます」
「山奉行には伝えておけよ」
「分かりました」

 次の日、山奉行佐伯主水之介に会いに行った。
「どうしても行くのか」
「はい」
「案内人は見つけたのか」
「はい」
「そうか。で、どうする」
「もし、山賊を退治したら、御検分はこちらでされるんですよね」
「それは当然だ」
「では、その時はお願いします」
「本気で退治にしに行くつもりなのか」
「そのつもりですが」
 佐伯主水之介は笑い出した。
「おぬしでなければ、何を大ぼらを吹いているんだと思ってしまうところだ」
「私ならやれそうですか」
「いや、そうは言ってはおらん。無理はするな。おぬしとわしとの間の話だ。見に行ってどうなったかさえ、報告してもらえればいい」
「それでは行く意味がありません」
「平地での戦いではないのだ。ましてや、相手は五十人を超えるのだぞ。いくら、おぬしが強くても、体力が持たん。四、五人、あるいは十人ほどは斬れるだろう。しかし、そこまでだ。それ以上はいかんともしがたい」
「その話、肝に銘じておきます」
「おぬしの躰を心配しているのだ。偵察に行ってきたで十分済む話だ。そこのところを忘れないで欲しい」
「ありがたいお言葉です。ともあれ、明日、山に入りますから、ご許可をお願いします」
「その件はわかった。いつ、戻ってくる」
「それは分かりませんが、様子が分かりましたら、佐野助と言う者をこちらに使わします。その時はよろしくお願いします」
「わかった。だが、無理はするな。おぬし、子が生まれたんだろう。立て続けに二人も」
「どうして、それをご存じで」
「城中で知らぬ者がおらぬ話をわしが知らぬとでも思っていたのか」
「いえ、そんなことは」
「お子の話をしたのは、御身を大切にしろ、という意味だ。それ以上の意味はない」
「ありがたいお心遣い、感じ入りました。忘れないようにいたします」
「くれぐれも無茶をしないように」
「はい」
 僕は山奉行の屋敷から出た。