小説「僕が、剣道ですか? 2」

二十一-2

 僕と堤とたえは桟敷に向かった。それでも、道場の歓声は止まなかった。
 桟敷に座ると、堤は「これで都合五度、真剣白刃取りを見ましたが、何度見ても凄い」と言った。
 たえは「わたしは初めてでしたから肝が潰れる思いでした」と言った。
「で、どうですか」と堤は訊いた。
「その前に堤先生の感想を聞きたいものです」と僕は言った。
「感想ですか。それは剣を実際に受けられた鏡殿がよくおわかりのはずですが」
「そうですが、私は当事者ですから、傍から見た意見を聞きたいのです」
「中園と時田の剣の速さは甲乙がつけがたい。竹内と城崎はそれに少し劣っているかと見ました」
「よく見ていますね。その通りです」
「そうですか」
「私の思ったことをそのまま言います。まず、竹内は優しい男です。私を切る瞬間に剣の速さが鈍りました。躊躇したのです。これは人物としては良くても、剣術を究めていく者としては不利です。次に城崎は、剣の振りは真っ直ぐです。ただ、今のところ、その速度は一番遅い。次に中園です。彼は人を憎しみから斬ったことがあります。ただ、剣の速さは一番でした。そして時田ですが、彼も人を斬ったことがあります。ただ、それはやむにやまれぬ事情からでしょう。剣の速さは中園の次です」
 僕がそう言うと、堤は「ということは鏡殿は、時田を押されているのですね」と言った。
 たえが僕の顔を見た。
「いいえ」と僕は答えた。
「えっ、では誰を」と堤が訊いた。
「意外かも知れませんが、この四人なら城崎を推します」
「城崎ですか」
「はい」
「でも、鏡殿の評価では、一番劣っているように聞こえましたが」
「確かに」
「それではどうして」
「彼の剣が一番、素直に振り下ろされたからです」
「一番、素直に、ですか」
「そうです。刀を持たぬ相手に刀を振り下ろすというのは、これで結構、勇気がいるものです。何も考えずに振り下ろすことは、非常に難しい。しかし、彼が一番、それに近いことをやったのです。後の者には雑念がありました。その雑念が剣に表れていました」
 僕は、その雑念が刀の色に表れていたことは言わなかった。雑念があったからこそ、刀は黄色く、または白く光ったのだ。そして、それは人を斬ったことによる雑念でもあった。その人を斬ったことのある経験が刀の揺れを止めたのだ。人を斬ったことのない者が持つ刀が揺れるのは当然なのだ。問題は、その揺れにどう立ち向かうかなのだ。
「なるほど。たえ、今の説明でわかったか」
「わかりました」
「そうか。では、城崎信一郎を師範代としよう」
 僕は肩の荷が降りた気がした。