小説「僕が、剣道ですか? 2」

十七-1
 御前試合の日が来た。
 僕は着慣れぬ袴を穿き、城に向かった。
 外の城郭を回り込んで、内庭に出た。広かった。
 その中央にお殿様が背もたれのない椅子のようなものに座っていた。両側に重臣たちも同じように座っていた。
 周りには、家臣がずらりと取り囲んでいた。
 審判役は、番頭の中島伊右衛門がやることになっていた。
 内庭には、ぼくと、堤竜之介、山奉行の佐伯主水之介、そして側用人斉藤頼母が推挙した竹田信繁の四人がいた。堤や竹田とは目を合わせたが、それぞれ真剣な視線を送ってきた。しかし、佐伯と僕は目を合わせなかった。
 組み合わせは公平なように、番頭の中島伊右衛門が握っている四本のこよりで決められることになった。四本内、二本の先は赤く染められていた。
 四人で一斉にこよりを掴んだ。
 そして、引いた。
 僕のこよりの先は赤く染まっていた。同じく赤いこよりを引いたのは、竹田信繁だった。
 白いこよりを引いた者から戦うことになった。
 僕は後ろに下がった。
 内庭の真ん中に、袴を穿き、着物の袖をたすきで縛った堤竜之介、佐伯主水之介が、白い木刀を脇に持って蹲踞していた。
 そして立ち上がり、藩主に向かって一礼し、そして互いに一礼し合った。
 中島伊右衛門の「始めぃ」の声がかかると、二人は、木刀を相手に向かって、突き出した。二人の距離はまだ遠かった。
 お互い、そのまま少しずつ進んでいった。
 間合いに入る手前で止まり、構えに入った。
 堤は少し腰を落として、正眼に構えた。佐伯も同じく正眼に構えた。
 しばらくにらみ合いが続いた後、堤が木刀を繰り出した。それを叩くように佐伯は弾き返していた。
 そして二人は離れた。
 今度は佐伯が打って出た。激しく木刀が打ち下ろされた。それを堤は巧みにはね返していった。
 そして、二人は離れた。
 また、佐伯が打って出た。剣道なら、小手、小手、面の連続技である。それを堤はかわして、胴を狙いに行った。それを受け止められて、二人は離れた。
 次に、佐伯は上段に構えた。そして、素早く打ち下ろしながら、堤に切り込んでいった。堤はそれを返すのが精一杯だった。
 その時だった。
  佐伯は木刀を右手に持ち背中に引いた。佐伯流八方剣の構えだった。その時、周りからは響めきが起こった。
 堤は前に出なかった。じっと佐伯が攻めてくるのを待っていた。佐伯は半身の構えだったから、そこを狙いたくなるものだ。だが、堤はじっと正眼に構えたままだった。
 しばらくその状態が続いた。先に動いたのは、佐伯だった。佐伯流八方剣の構えのまま、堤に向かっていった。その時、堤も動いた。正眼の構えを崩さず、前に進んだ。
 そして、両者の幅が狭まったところで、佐伯は半円を描くように木刀を繰り出した。堤は構わず前に進み、その木刀を受け、すぐに向き直った。そして、木刀で佐伯の肩を軽く叩いた。
 堤が勝った。
「止めぃ。堤殿の勝ち」という中島伊右衛門が叫ぶと、歓声が上がった。両者が一礼をし、また藩主に向かって一礼をして試合場を去る時、拍手が起こった。両者の健闘を称える拍手だった。拍手の中を二人は試合場から出て行った。
 僕は堤が勝ったことは嬉しかったが、ピンとくるものがなかった。佐伯の八方剣は鋭かった。都合、四度見ているが、その鋭さは変わってはいなかった。しかし、迫力がなかった。練習試合でのノックをキャッチするのと似ていた。本番の甲子園で自分に向かってくるボールを受け止めるのとでは、大きな違いがある。その差を見ているようだった。
 堤の佐伯流八方剣の破り方は、見事だった。だが、あの佐伯流八方剣を見ていなくて、あのようなやり方で佐伯流八方剣を破ることが果たして堤にできたのだろうか、と僕は思った。
 しかし、決着は付いた。
 試合場が掃かれ、少し休憩時間のような時が流れた。