小説「僕が、剣道ですか? 1」

九-2

 僕は部屋に戻ると寝転んだ。
 一人で敵の根城に乗り込むのは、正直言って怖かった。しかし、仲間が入り込んできてしまえば、間違えて切りつけてしまうかも知れない、それを恐れたのだった。自分一人なら、相手はみんな敵ということになる。存分に戦える……、だが、そんなに上手くいくのだろうか。
 考えても仕方がないことだった。
 そこに若い女が入ってきた。
「ご主人様がお戻りになったと言うので、慌てて庖厨から参りました」
「そうか」
「そんな風に寝転んでいないで、わたしの膝を枕にしてください」
「膝枕か」
「そうです」
「それもいいな」
 僕は女の膝に頭を乗せた。
「そう言えば、君の名を聞いてはいなかったな」
「きく、と言います」
「きく……、か。あの花の菊か」
「由来はそうです。きくはひらがなで書きます」と言った。
「そうか、おきくさんか」
「おきくさんなんて、嫌です。きく、って呼んでください」
「分かった」
「明日は、盗賊の討伐に出かけるんですね」
「そうだよ」
「討伐隊の隊長さんなんですってね」
「そういうことになっているね」
「凄いですね」
「そうでもないさ」
「お若いですけれど、お歳を訊いてもいいですか」
「いいよ。十六歳」と言った途端に、「わたしと一歳違うだけなんですね」と言って、僕を抱き締めるようにした。この時代では数え年で数えるから十七歳って答えなければならなかったんだと思ったが、十七歳も十六歳も大して違わないだろうと思った。
 きくはまたたたずまいを正して、僕の頭を膝に乗せたままで言った。
「わたし、あなた様のお世話を仰せつかって嬉しかったんですよ」
「普通は嫌なんじゃないの」
「そんなことありません」
「そう」
「みんな、羨ましがっていたんですもの」
「どうして」
「だって、あなた様は若いし、背が高いし、役者のようなお顔をしていますもの」
 僕は最後の一言には、がっくりきた。きくは褒めているのだろうけれど、江戸時代の役者の絵を見ると、どれも不細工な奴ばかりに見えてしまうからだった。この時代において、役者のように見えるということは、現代では、いけてない奴ってことになってしまうのではないか。僕はそんなことを思った。
「だから、若い女はみんながお世話係をやりたがったんですよ。でも、一番、歳が近そうなわたしが選ばれたんです。その時、わたし嬉しかったなぁ」
「そうなんだ」と言いながら、僕はまったく別のことを考えていた。もし、現代に戻れたら、絵理に告ろうと思っていた。しかし、今の時代の役者のようだと言われて、絵理に断られそうな気がしてきた。幼なじみだから、無下なことは言わないだろうけれど「いいお友達でいましょうね」ぐらいは言われそうだった。
「どうしたんですか。お顔の色が冴えませんよ」
「えっ」
「明日のことを悩んでいたんではありませんか」
 きくに見透かされるほど落ち込んでいたのか、と思った。
「明日のことなんか、悩んではいないさ」