小説「僕が、剣道ですか? 1」

九-1
 討伐隊の面々を道場に集めた。
「不満かも知れないが、この討伐にあたっては私が指揮を執る」
 佐竹から聞いていたらしく、一同は頷いた。
「では、これから明日の作戦会議を開く」
 僕は懐から寺の見取り図を出して広げた。
「見取り図が見られるように、もっと近くに寄れ」
 僕は遠巻きにしていた者たちに言った。言ったらすぐに寄ってきた。
「明日、早朝、準備が出来次第、討伐に向かう。いいか」
 そう言うと、皆が「おぅ」と叫んだ。
「この中で弓が得意な者は手を挙げてくれ」
 七人ほどが手を挙げた。
 僕は後ろに置いておいた碁石の中から、黒石を七つ取って、それを寺の背後に置いた。
「こことこことここ」というように、三箇所に二、二、三と黒石を置いた。
「腕のいい者が、二人ずつ組を組め。腕の劣る者は三人組に回れ。私は誰が腕がいいのか分からないから、今、ここで決める。まず、弓の腕がいいと思う者、手を挙げろ」
 僕がそう言うと即座に三人が手を挙げた。
「もう一人必要だ」
 そう言うと、顔を見合わせていた四人の内の一人が手を挙げた。
「では、今手を挙げた四人が二人ずつで組を組め」と言った。
「わしは新五郎がいい」と誰かが言うと、自然に二組ができた。
 その二組には、寺の背後の塀が崩れた箇所の左右に陣取ってもらうことにした。もう一組は、寺の背後の中央付近にいて、寺に向けて弓を放ち続ける、それが役目だと言い聞かせた。
「戦いは長期戦になる。くれぐれも矢がなくなることがないように」と言うと、皆が笑った。
「残りの者は楯を引き詰めて、正面から少しずつ寺に向かって前進して欲しい。相手は、矢だけでなくつぶても投げてくるだろうから、それを楯で防いでもらいたい」
「それからどうするんですか」
「それだけでいい。できるだけ相手に矢を使わせろ。そして疲れさせるんだ。決して無理に門に向かうことはするな。矢が楯に届くか届かない位置で、陣を張っていろ」
「それじゃあ、膠着状態のままじゃあないですか」
「そうだ。本隊はそれでいい」
「本隊? と言うと別働隊があるんですか」
「あるとも」
「ええ、でも今の話の中には別働隊なんて出てきませんでしたよね」
「してたつもりだったんだがな」と僕が呟くと、「してませんよ」と誰かが言った。
「みんなは忘れてはいないか」
 一同は互いに顔を見合わせて、首をひねっていた。
「私がいるではないか」
 そう言うと、みんなが、ええ、という驚いた顔をした。
「一人でどうするんですか」と誰かが言った。
「ここから」と私は見取り図の、寺の塀が崩れている箇所を指さした。
「中に入る」
 誰もが黙ってしまった。しばらく沈黙が続いた後に、「一人でですか」と誰かが言った。
「そうだ」
 そう言うと響めきが起こると同時に「私も」、「俺も」と何人もの声が上がった。
「それじゃあ、奇襲にならないじゃないか」と僕は言った。
「相手には、数を頼りに攻め込んで来ると思わせるんだ。だが、実際はその逆をやる。攻め込むのは私一人だ」
「先生、それは無茶だ」
「そうだ。先生は確かに強いけれど、一人で乗り込むなんて無謀すぎる」
 道場に通っていた者は、みんな口々にそう言った。
「だから、効果的なんじゃないか」
 僕がそう言うと静まった。
「相手は、絶対にたった一人で攻め込んで来るとは思ってはいない。そこが付け目なんだよ」
「どういうことですか」
「思わぬことに出くわせば、誰でも驚くだろう。どうすればいいのか、すぐには判断できない。その隙を突く」
「そんなこと、無理ですよ」と誰かが言うと、「そうですよ」、「俺たちも行きますよ」と言う声が続いた。
 僕は言った。
「ここに死にたい奴はいるのか」
 みんなが首を左右に振った。しかし、その後で「でも死ぬ覚悟はあります」と声を揃えた。
「死ぬ覚悟はある、か」
 僕は第二次世界大戦のことを思った。特攻隊に選ばれた者たちもきっとこんな感じだったのだろうな、と少しは想像できた。
「私は、君たちを一人も死なせたくはない」と言った。
 しーんと静まりかえった。
 それを破って、道場の年長の者が「それじゃあ、先生が……」と言いかけたところで、「私も死ぬ気はない」と僕は遮るように言った。
「こんな作戦を、死ぬつもりで立てたと思うのか。そうじゃない。生き延びるために考えたのだ」と言った。
「私一人で、盗賊たち全員をやっつけることなんて到底できない。だから、中に入ったら、数人を倒して、寺の門を開ける。そうしたら、そこからみんなが突入してきてくれ。残りの盗賊たちは、みんなに任せる」
 そう言うと一同は、ようやく納得したような表情を見せた。僕はただ門を開くために中に侵入する、盗賊たちの大半は自分たちで成敗する、そう彼らは思ったのに違いなかった。
「わかりました」と全員が言った。
「そうか、それなら良かった。明日は早い。日が昇らないうちに出発する。相手の寝込みを襲いたい。それから長期戦になるかも知れない。それも踏まえて、準備をしておくように」
「はい」
「では、今日はこれで解散する。ところで人を集めるときはどうするんだ」
「ホラ貝を吹くか銅鑼を打ち鳴らすよな」と誰かが言った。
「だったら、銅鑼にしよう。銅鑼を鳴らしたら、中庭に集合する。それでいいな」
「はい」
 みんな元気に返事をした。
「では、解散」