小説「真理の微笑 夏美編」

十七
 傍聴席にいた夏美は、証人としてあけみが現れた時は、心穏やかではなかった。真理子の存在だけでも、いっぱいいっぱいのところにあけみが現れたからである。そして、あけみが「ここでそれを言えと言うの。男と女の事だからわかるでしょ」と言った時は、心が潰れるような思いがした。弁護人席から夏美に、今日は証人から良い証言を引き出したというサインを送っているのにも気付かなかったくらいだった。

 四月になった。
 祐一は東京の私立中学校に通った。地元の小学校とは違って、祐一の素性を知らない生徒も多く、仮に知っていても優秀な生徒が集まっている学校だけに、父親の犯罪とその子を結びつける生徒は少なかった。祐一には沢山の友達ができた。

 週刊誌やワイドショーの報道も下火になった。何故、高瀬隆一が富岡修を殺したのか、その理由がわかるにつれ、被告人に同情的な雰囲気が生み出された。ただ、この先、高瀬隆一がどのように暮らしていくのかについては、様々な意見が出た。なにしろ、顔は殺害した被害者の顔になっているのだから、このままでは生活しづらいという事では一致した。極端な意見では、整形し直して、高瀬隆一の顔に戻せば良いのではないかというものも出たが、意外にもこの意見に賛同者が多かった。

 五月の法廷では、被告人質問が行われた。
 被告人高瀬隆一が証言台の前に立つと、弁護士、検察官、裁判官からのそれぞれ質問が出された。それに対して、高瀬は答えていった。
 まず何故、このような事件を起こしたのかという質問に対しては、二年もの歳月をかけて作ってきたTK-Wordが富岡修に盗まれたからです、と答えた。今後、同じような犯罪を起こさないという覚悟はありますか、という質問に対しては、はっきりと、はい、と答えた。今後、どのように暮らしていこうと思っていますか、という質問に対しては、今の顔のままでは生きていく事ができませんから、できれば元の高瀬隆一の顔に戻って生活を立て直したいと語った。

 続いて検察官から論告・求刑が申し渡された。
 当初の死体損壊罪と詐欺罪を除いた、殺人罪死体遺棄罪で求刑がなされた。死体損壊罪と詐欺罪については、論証が十分にできなかったためである。
 求刑は、懲役十二年だった。

 最後に被告人及び弁護人の最終陳述が行われた。
 高瀬隆一は、まだ殺人を犯した時の記憶は戻っていないが、このような犯罪を犯した事はこの法廷を通して事実であると思い、そうであれば罪を償うのが当たり前であり、罪を償って、次の人生を歩み出したいと言い、また、富岡修であると信じていた間に行っていた事についても、この場を通して謝罪したいと述べた。
 弁護人は、高瀬隆一が犯行に至った動機について触れ、TK-Wordが富岡修に盗まれた事が原因であるとし、被害者の落ち度を指摘し、被告人は深く反省しており、二度と同じ過ちを繰り返さないと考えると述べた。そして、被告人の社会復帰のために、顔の形成手術を行い、元の高瀬隆一に戻す事が重要だと付け加えた。

 次回の法廷は六月に開き、そこで判決を申し渡す事になった。