小説「僕が、剣道ですか? 1」


 朝が来た。
 目が覚めると、枕元に彼女がいた。よく見ると、可愛かった。だが、まだ十四歳だった。十四歳の女の子を抱いてしまったのだ。
「お目覚めですか」
「ああ、おはよう」と言うと「おはようございます」と返してきた。
「今日も、いい天気ですね」と言って、障子を少し開けた。
「そうだね」
「昨日はよく眠れましたか」
「ああ」
「わたしもぐっすり眠りました。あなた様のおかげです」
「役目を果たせたからと言うのか」
「いいえ、そういうことではありません」
「では……」と訊こうとしたら、「そんなこと言えません」と言われた。

 朝餉は一人で食べた。ここに来てからずうっと同じだった。島田源太郎と一緒に食べたのは夕餉の時だけだった。

 座敷に戻り、一息ついてから庭に出て木刀の素振りでもしようかと思っていたところに、座敷に入ってきた者がいた。
 僕の前に座ると、「侍頭の佐竹重左衛門です」と名乗った。
「鏡京介です」と言った。
「明後日、盗賊を成敗することに決まりました」
「そうですか」
「そこでお願いがあるのですが。すでに主の嫡男の島田源太郎様があなたの承諾を得ていると言っているのですが、念のために確認します」
 そう来るよね。大抵、こういう展開になるんだよね。予定調和っていう奴ですか。
「どうか、ご助成をお願いします」
 やっぱりね。で、断れないんだよね。断ったら、この先、話が進まないものね。それに島田源太郎には「分かりました」って言ってしまっているしね。同じ言葉を言うしかないよね。
「分かりました」
 そう言ってから、そう簡単に言うかなぁ。もう少し粘っても良かったんじゃないの、とも思った。
「ありがとうございます」と佐竹が言った。
「一つ、お願いがあります」と僕は言った。
「何ですか」
「助成を請われましたが、助成するのではなく、私が討伐隊を率いたい。それをご承知願えますか」
「あなたが指揮を執ると言われるのですか」と佐竹が驚いたように訊いた。
「そうです。そうでなければ、ご助成はできません」と僕は答えた。
 佐竹は考えているようだった。やがて、「わかりました。討伐隊の者たちには、そのように伝えておきましょう」
「そうしてもらえると、戦いやすいです。ところで、相手が何処にいるのかは、分かっているんですか」
「ええ、北側にある荒れ寺を根城にしているようです」
「その寺の見取り図のようなものはありますか」と僕は訊いた。
「すぐに用意させます」と佐竹は答えた。
「誰が討伐に向かうのか、選抜していますか」
「心づもりはありますが、あなた様が討伐隊に加わってくれることが決まったら、ご相談するつもりでした」
「そうですか。で、誰が討伐隊に加わっているのですか」と僕は訊いた。
「後で氏名一覧をお持ちします」と佐竹は答えた。
「では、寺の見取り図と一緒に持ってきてください」
「では、後でまた参ります」
 僕は軽く頭を下げた。彼が出て行くと、背伸びをした。

 庭に出ると、若い藩士が「稽古を付けてくれませんか」と訊きに来た。
 そして「皆が待っているんです」と続けた。
 道場に行くと六十人ほどが待っていた。
 そして僕が座ると、「明後日の討伐はどうしたらいいのか教えてくれませんか」と誰かが言った。
「明後日の討伐のことを知っているのか」
 全員が「はい」、「知っています」と答えた。僕は、何だ、秘密じゃないんだと思うと少し気が抜けた気分がした。
「討伐に加わる者はこの中にいるのか」と訊くと、半数ほどの者が手を挙げた。
「そうか、三十人ほどで行くのか」
 この前、何人か倒しているから、残っているのは、十五人余りといったところだろうか。人数的には倍だが、相手は百戦錬磨の上に寺を楯にしている。これを討伐するのは、もしここにいる六十人余り全員で行っても難しいだろう。といっても、いい知恵が思い浮かばなかった。
「盗賊討伐の作戦は、私が考える。今夜一晩くれ」と言った。
 藩士たちは、昨日、僕に勝った五人が羨ましいらしく、同じ方法で戦いたいと言ってきた。
「駄目だ。討伐を前にして、あの稽古は付けられない。あれはお前たちに有利な戦い方だからだ。もし、私が本気になったら、一撃で骨をも砕いてしまうだろう。そうすれば、私に組み付くことはできなくなる。戦いはそんなに易しいものではない」

 僕は五人一組を相手にする稽古を全員に付けて、引き上げてきた。
 井戸で躰を拭いて、座敷に上がると、間もなく侍頭の佐竹がやってきた。
 寺の見取り図と討伐隊の名前が記された巻物を持ってきた。
 僕は早速、寺の見取り図を見た。寺は山の中腹にあった。
 背後は崖になっていた。そこを下っていけば、途中で相手の矢の餌食になるだろう。
 表は荒れ寺とは言っても立派な門があり、これを突破していくのも大変だと思われた。塀も高く、越えようとしても槍に阻まれるだろう。盗賊は盗賊らしくねぐらも考えているものだと感心した。
 これまで藩が放置しておいた訳が分かった気がした。だとしたら、何故、今、討伐の話になったのだろうか。島田源太郎の奥方が襲われたからか。それとも僕が来たからか。
 見取り図を子細に見ていくと背後の塀に崩れた箇所があるのが分かった。侵入するとすればそこからしかなかったが、そこは相手も固めているだろう。
 それから討伐隊の名簿を見た。道場に通っている年の若い者がほとんどだった。中には、道場には通っていない年をとった者もいたが数人だった。
「作戦はこうしましょう」と僕は言って、その内容を説明した。
 佐竹はそれを聞くと、「それでは」と言葉を詰まらせた。
「これが最良の策です」と僕は言った。

 風呂に入り、夕餉の席で、島田源太郎から明日の討伐のことをくれぐれも頼むと言われた。そして、本差と脇差の二本の刀を渡された。
「これを使ってくれ」と言われた。
「分かりました」と僕は言った。

 座敷に戻ると、すでに彼女がいた。
 僕が布団に入ると、行灯の火を消して、着物を脱ぎ、布団の中に入ってきた。
 そしてすぐに抱きついてきた。それだけではなかった。口づけをしてきたのだった。キスの味を覚えてしまったのだ。
 僕は彼女にキスをすると、その躰を抱き締めた。
 彼女は僕の耳元で「嬉しい」と言った。
 僕は絵理の顔が浮かんだが、今は忘れることにした。どうせ、夢なんだから。