小説「僕が、剣道ですか? 1」

   僕が、剣道ですか?                      麻土 翔


 二月、滑り止めの私立高校の受験に失敗した僕は、都立高校の試験が最後の希望だった。内申書の成績が悪い僕は、当日の学力考査が全てだった。
 だが、二月下旬に行われた試験日には、僕はひどい風邪に見舞われていた。咳が止まらず、問題と解答用紙が配られても、マスクをしている僕には、文字が頭の中になかなか入ってこなかった。社会と理科はケアレスミスを何問か犯していた。だから、受かるとは全く思っていなかった。
 三月の合格発表の時、掲示板に自分の番号が載っているのを、何か不思議な感じで見ていたような覚えがある。
 四月、都立高になんとか受かった僕は、着慣れない制服を着て入学式に出た。廊下を歩いているといくつかの部から誘いを受けた。
 だが、体育会系の部は全て断った。ただ、絵理のいる茶道部には仮登録した。絵理というのは小学校からの幼なじみだ。
 絵理は、眼はまん丸く、鼻は高く、唇はぼてっとして、きっと美人なのだろう。僕は馴染みのある女の子は彼女くらいしか知らないから、美人の基準が分からない。結婚するなら彼女かな、と思っていた時もあった。いや、今も心のどこかでは、そう思っているのかも知れない。
 一ヶ月たった。各部活も活発化して、新人戦なども始まりだした。
 僕は、絵理の点てる茶と、彼女が兼部している陸上部の四百メートル走を観るのが好きだった。グラウンドのネット越しに、絵理が走っているのを何度も観た。そんな僕を見て、絵理が走り寄ってきて「あなたも陸上部に入ればいいじゃない」と声をかけてくることもあったが、僕は断った。絵理を観ているだけで良かったのだ。

 で、いつだったか、同じクラスの富樫が「剣道部に入ってくれないか」と声をかけてきた。
 相手は僕より十センチは高く、体重に至っては、多分三十キロオーバーかという奴だった。
「無理、無理」
 僕は左手を振って意思を示した。
 でも、富樫は続けた。近く夏季剣道大会兼関東大会の団体予選が迫っているのだが、メンバーの一人が出られなくなってしまって、夏季剣道大会兼関東大会の団体予選に出るために、どうしても入って欲しい……そんな話だった。
「だけどさ、剣道部には今年入ったのが二、三人いたはずだろう」
 そう言うと富樫は「ベスト八ぐらいには残りたいんだ」と返してきた。
 富樫は、小学校からの親友だった。四年の時だったろうか、一緒に戦った都大会の決勝戦で大将戦で勝負がつくところまでいった。大将になっていた僕は、その大将戦で、つい突きを突いてしまった。突きは高校以上でないとできなかった。その突きは禁止行為として判定され、当然、負けになった。
 その時、僕はもの凄い勢いで相手の喉仏を突いてしまった。もちろん、防具を着けていたにもかかわらず、僕の切っ先はそれをも突き飛ばす勢いだったのだ。合唱部にもいたという相手の澄んだ声を僕は奪ってしまった。
 それ以来、僕は町道場には通い、腕は磨いていたが、しばらくは剣道部から距離を置いていたのだ。
 
 富樫はしつこく口説いてきた。しかし、その時の僕には剣道部は遠かった。