小説「真理の微笑 真理子編」

十二
 会社の経営状態を見ていくと、それほど良くないことがわかった。
 交際費も多かったが、その中には、富岡が毎週のようにしているゴルフや夜のクラブの経費も入っているのかも知れなかった。
 しかし、何といってもヒット商品がないのが、一番の原因だろう。それぞれのソフトはそこそこ売れているが、その利益も経費と相殺されて、何とか赤字になっていないのが救いだった。
 赤字経営になると、銀行からの融資も難しくなるだろう。ただ、帳簿を見る限り、銀行からの借り入れはなかった。
 富岡は一見すると豪快に見えるが、何事にも慎重だった。おそらく融資の話もいっぱいあっただろうが、健全経営は守ったのだろう。
 無理な融資を受けて設備投資をしたが、上手くいかなかったという話は、そこら中に転がっていた。
 窓から外を見た。同じようなビルが向かい側にも見える。窓側に背を向けた社員がなにやら一生懸命に働いていた。
 椅子に座ると、富岡の手帳を開いた。
 今となれば、この手帳が自分が向かうべき進路を示してくれるのだ。しかし、記号と数字の意味はわかったが、その他はアフターファイブの予定しか見出せなかった。
 八月の予定もアフターファイブにつけらているイニシャルと日曜日のゴルフの予定が主だった。
 デスクの引出しに入っていた大判のスケジュール表を開いた。
 こちらには、面会予定が書き込まれていた。
 後ろの方の年間スケジュール表を見ると、ソフトごとに開発から製作、発売日などが書かれていた。
 それを見ると、グラフィック、文書変換、CDB、TSC5の四つに丸印が付けられていた。これが富岡が力を注いでいるソフトだということがわかった。
 高木を呼んだ。
「今日はご苦労様でした」と、まず臨時の取締役会とTS-Wordの件について真理子は礼を言った。
 高木は「いやなに、社長代理の方こそ堂々とされていて、びっくりしました」と言った。
「明日でいいんだけれど、今進行しているプロジェクトについて、わかる資料を用意して欲しいので、お願いできますか」と訊いた。
「わかりました。進行中のプロジェクトについては開発部が詳しいと思うので、言っておきます」
経理状態はまあまあといったところですね」
 高木は頭をかいた。
「あなたのせいじゃありませんわ。借入金もないし、売上が落ちなければ、やっていけますね」
「そうですね」
「ヒット商品が欲しいわね」
「全くです」
「率直に訊きますが、今度のTS-Wordはどう思っているのかしら」
「わかりません。これは今までは開発部が中心になってやってきたんですが、今回のバージョンは社長が主導していたものですから、発売直前になって社長が事故に遭われて、私どもとしてはどうしたらいいのか、困っていたところでした。しかし、社長代理がびしっと言ってくれたので、発売に向けて一丸となれました」
「大したことを言ったわけではないので、そんなふうに言われると照れるわ」
「ご立派でしたよ。売れるといいんですけれど、売れなかった場合には、それなりに反発も出るかも知れません」
「そうですね、覚悟はしています」
 高木が出て行くと、社長業の重さを実感した。これを富岡は背負っていたのだ。富岡がその重みを女やゴルフで解消しようとしていたことが少しはわかる気がした。