小説「真理の微笑」

六十六

 真理子に送られて会社に入ると、新年会の準備で騒々しかった。何人かと挨拶を交わして社長室に入った。秘書室の滝川が「会社に届いている年賀状です」と言って持ってきた。ほとんどが出版社や会社関係からだった。

 私は受話器を取ると由香里に電話した。しばらく待つと由香里が「もしもし」と言った。

「由香里か」

「ええ、あなたね」

「そうだ」と答えた後、電話で年始の挨拶を交わし、「躰の調子はどうだ」と訊いた。

「元気よ。お腹の子も」

「そうか。予定日は十三日だったよな」

「そうです」

「後、一週間か」

「そうね」

「生まれたらなるべく早いうちに会いに行く」

「出産には立ち会えないの」

「済まないがそうもしていられない」

「わかったわ」

 もう少し由香里は話していたそうだったが、私は電話を切った。外線から電話が入っていた。

「新年、おめでとうございます」

 知らない声だった。私も「明けましておめでとうございます」と言った。すると相手は「あれ、富岡社長じゃないんですか」と言った。私の声に違和感を持ったのだろう。

 私は慌てる事なく、事故に遭い、声帯を損傷したのでこんな声で話をしていると伝えた。そして記憶をなくしているので、相手の声だけでは誰だか分からないと言うと、富士島製作所の海津良平だと名乗った。

「とにかく、大変でしたね。君がゴルフコンペに現れないものだから、心配していたんですよ」と言った。私が現在、車椅子である事を告げ、今後ゴルフはできない旨を伝えると、「あんなに好きだったゴルフができないのは残念ですね。お躰にお気をつけて」と言って電話は切れた。

 すぐに秘書室に電話をした。富士島製作所の海津良平がどういう人なのかを訊いた。滝川が、彼は富士島製作所の社長で、富岡とは年に数回ゴルフに出かけていると答えた。

 広報室の中山が入ってきて新年会の段取りを説明した。まず私が冒頭の挨拶をして高木専務が乾杯の音頭を取る。そして、歓談に入ったら余興が始まるという具合になっていた。

 私はその段取り表を手にして「分かった。よろしく頼む」と言った。