小説「真理の微笑」

六十五

 除夜の鐘はテレビをつけたまま、ベッドの中で聞いた。

 私も真理子も汗まみれだった。私は絹のように滑る真理子の肌を何度撫でただろうか。

 そして、その度に真理子も何度声を上げた事だろう。

 私たちは躰を重ねたまま朝を迎えた。

 

 昼間、私たちはダイニングにいた。テーブルの上には、昨日、年越し蕎麦を食べた後、真理子が詰めたおせちの重箱がのっていた。

 私は蓋を取ると少しずつ皿に取り、箸を付けた。それを嬉しそうに真理子は眺めていた。

 

 服を着た真理子が年賀状を取りに行った。

 沢山の年賀状が届いていた。(株)TKシステムズの頃の何倍だろう。

 親類、友人、知人関係は全く知らない人たちだった。会社関係では、何社か知っているところもあった。出版社からのものはほとんどが知っていた。(株)TKシステムズの時も出していたからだった。親類、友人、知人関係については、真理子に尋ねた。真理子が知っている人も知らない人もいた。

 ちゃっかり、あけみからも年賀状が来ていた。

『今年もよろしくお願いします』と書かれていた。

 由香里からは来ていなかった。

 

 年が明けて、真理子と二人だけで過ごせたのは、二日目までだった。三日目からは社員たちが年始挨拶に来た。

「明けましておめでとうございます」と言う社員たちを追い返すわけにもいかず、私より真理子の方が料理を作ったり酒を買ってきたりして大変だった。

 彼らが帰っていった後、「毎年、こうなのか」と真理子に訊くと、「ううん」と首を左右に振った。

「だって、正月休みはあなたゴルフに行きっぱなしだったから、それを知っていて誰も来なかったわよ」

「今年が初めてって事か」と訊くと、「そうよ」と答えた。「参ったな」と言うと、真理子は「明日も来るかも知れないから、わたし、食べ物やお酒買ってくるわね」と言って、スーパーに出かけていった。

 私は書斎に上がりパソコンをつけた。メールボックスを開くと夏美から新年の挨拶が届いていた。私も予め時間指定してメールを送っておいたから、それに答えてのものだった。

『隆一様 新年、おめでとうございます。このメールをあなたがどこかで読んでいると思うだけで心がいっぱいになります。あの焼き捨てた手紙の事が、頭から離れません。今度、郵便で送るときには、手紙は入れないでください。

 いいえ、嘘です。あなたの手紙が欲しい。あなたが書いたのだと思うと抱き締めて寝ます。でも、その手紙を焼くのは辛い。辛くて仕方がないの。

 あなたに会えないのには、それなりの理由がある事はわかっているつもりです。でも、あなたに会いたい。今年こそ、それが叶いますように……。わたしは諦めずに祈っています。  夏美』

 私はこのメールを読んで、なかなか返事が書けなかった。私の手紙を抱いて眠る夏美が哀れでしようがなかった。次にお金を送るときには、手紙を入れるのはやめようと思った。メールだけにするんだ。そう思った。いや、メールだって本当はやり取りしなければいいのだ。それが一番良いのだ。そう、分かっていてもやめられなかった。

『夏美、祐一 お前たちが元気でありさえすればいい。 隆一』

 メールはこれだけしか書けなかった。書きたい事はいっぱいあった。何度、本当の事を書こうと思った事か。しかし、書けなかった。思いを伝える事ができない事がこんなにも苦しい事なのか、私はしみじみと思い知ったのだった。