小説「僕が、警察官ですか? 3」

二十二

 署に戻って、安全防犯対策課に行った。デスクの椅子に座ると、先程の映像を再生した。

 中上は、幾つも新聞を買っていた。そこにトップ記事で載っていたのは、放火事件のことだった。

 書いている記者も、事情が分からずに書いているものだから、連続放火事件との関連で記事は書かれていた。犯人が現行犯逮捕されたことも書かれていた。従って、論調はこれで連続放火事件の真相が分かるのではないかという憶測記事になっていた。

「馬鹿な」と中上は呟いていた。

「これは模倣犯だ。俺を真似たのに過ぎない」と言っていた。

「どの新聞もでたらめばかり書きやがって」と続けた。

「犯人が捕まっただと。笑わせるな。そんなヘマは俺はしないよ。だが、こいつが、すべての罪を被ってくれると助かるかもな」とも言った。

 朝刊には、犯人については何も書かれてはいなかった。それだけに中上には、犯人が気になったようだ。パソコンを起動して、記事を検索し始めた。しかし、朝刊以上の情報はなかった。それで警視庁のサイトを検索した。入口には入れたが、更に深く入ろうとすると弾かれた。IDとパスワードがなければ入れないのだ。

 僕は中上が警視庁のサイトに興味を持っていることを確認できたことだけで十分だった。

 滝岡に声をかけた。

「もうそろそろ、三週間経つぞ」

 滝岡は「そんなに簡単にはできませんよ。でも、もうちょっとです」と言った。

 滝岡がそう言っているのなら、時間の問題だった。

 偽サイトができたら、中上にIDとパスワードを教えて、その偽サイトに誘導すればいい。そうすれば、中上のパソコンが特定できる。中上に知られるようなウィルスを仕込むようなことはしない。とにかく、中上のパソコンが特定できればいいのだ。そうすれば、中上を引っ張れる。偽サイトには、でたらめな情報を載せておく。特に、連続放火事件については、全く見当違いな報告書を作っておく。それを中上に読ませる。中上はホッとすることだろう。

 その日のうちに、中上は逮捕される。サイバーテロ、つまり、厳密には電子計算機損壊等業務妨害罪、および威力業務妨害罪で逮捕する。その後で、中上のパソコンを押収すれば、その他の余罪もボロボロと出てくる。そして、放火事件に対する声明文も見つかるだろう。そうなれば、放火事件の犯人としても逮捕されることになる。

 問題は誰に逮捕させるかということだった。功績としては、第一に滝岡にあるのは明白だった。しかし、滝岡はこの件に関わっていないことになっている。従って、滝岡に逮捕させるわけにはいかない。

 となると、この事件に絡んでいるサイバーテロ対策課に一役買ってもらうしかない。おとり捜査と言われかねない手法だけにサイバーテロ対策課が、簡単に承諾する保証はない。だから、こっちの手の内を見せなければいいのだ。放火事件に対する声明文は安全防犯対策課のパソコンでも見られる。ということは、その声明文を追うことも許されるはずだ。声明文を追っているうちに、中上のパソコンに辿り着いたことにすればいい。ただし、安全防犯対策課は正式な捜査には入っていないので、手柄はサイバーテロ対策課に譲ればいい。滝岡は怒るだろうが、我慢してもらうしかなかった。

 

 退署時間になったので家に帰り、風呂に入って午後七時のニュースを見た。思った通り、捜査一課長が記者会見を行っていた。事件の概要を説明した後、放火で現行犯逮捕されたのは、高校生で未成年であることから、氏名等は明かせないと話した。それと、一連の連続放火事件とは関係がないこともしゃべった。

「犯行の動機は何ですか」と言う記者の声が飛んだが、「ノーコメントです」と答えた。

「連続放火事件の模倣犯じゃないんですか」と言う質問にもノーコメントを通した。

 次々に記者からの質問が飛んだが、「記者会見は以上です」と切り上げ、捜査一課長は記者会見場から退出していった。

 中上もこの記者会見は見ていることだろう。それを見て、どう思ったことだろう。

 分からなかった。

 

 僕は、テレビを消して、夕食をとることにした。今日はバジルのスパゲッティだった。タコやイカやエビなどの海鮮類が使われていた。

「こんな料理どこで覚えたの」と僕は訊いた。

「テレビでやっていたの。美味しそうだったから、作ってみたの」と答えた。

「凄く美味いよ。きくは料理が上手だな」と言ったら、嬉しそうに笑った。

 

 翌日の朝刊は、放火事件の続報がトップだった。今回の放火事件が一連の連続放火事件とは関係がないことと高校生が引き起こしたものであるものの、これまでの放火事件を模倣したものではないことが強調されていた。そして、捜査関係者の話として、犯行の背景にいじめがあったことも明かされていた。

 これで、今回の放火事件がこれまでの連続放火事件と関係のないことが明らかにされたのだった。

 そして、この放火事件は少年課に引き継がれることになった。背景にあるいじめ問題も関係していた。

 

 僕は安全防犯対策課のメンバーに、今回の事件では防犯マップが役立ったことを関係者に伝えるとともにお礼を言うように指示した。

 

 翌日、滝岡がデスクにやって来て、「できました」と言った。

 僕は「私のパソコンでもそのサイトを見られるのか」と訊くと、「見れますが、パソコンが特定されますよ」と言った。

「それも確認して欲しい」と僕は言った。

 警視庁のサイトを検索してから、IDとして川路利良と入力して、パスワードを18340617と入力した。すると、警視庁のサイトが開いた。その中身はでたらめなデータだった。しかし、筆頭に今回の連続放火事件の報告書が置いてあるので、中上はこれを開くことだろう。報告書の内容は、概ね報道された記事をスキャンしたデータだったが、その中に、サイバーテロ対策課が、声明文は海外のサーバーをいくつか経由して伝えられてきているが、現在、国内のあるパソコンから発せられていることが判明した。今、そのパソコンを特定中である、という文章を入れておいた。これを読めば、中上は自分が乗っ取ったパソコンから声明文を発しているから、直接、自分のパソコンが特定されるとは思っていないだろうが、サイバーテロ対策課の力を過大に評価することは間違いなかった。

 それが狙いだった。逮捕した時に、その背後にサイバーテロ対策課がいたと思わせるのが目的だった。

「課長のパソコンがわかりましたよ」と滝岡は言った。英数字と記号の混じった文字列を言った。僕は理解できなかった。

「じゃあ、今から監視していてくれ」と滝岡に言った。

「当然です。もう監視しています」と言った。

 僕は緑川に「ちょっと出かけてくる」と言って、安全防犯対策課を出た。ズボンのポケットにはひょうたんを入れていた。このところ、いつ滝岡が偽サイトを作り上げてもいいように、ひょうたんは持ってきていたのだ。

 

 中上のアパートに向かった。彼がいてくれればいいが、と思った。当然のことだが、今の中上は情報が欲しくてしょうがないはずだ。パソコンの前を離れるとは思えなかった。それに、外に出て仕事をしなくても、偽のコンピューターウィルス除去ソフトで稼ぎはあるのだ。

 中上のアパートの近くに来た。

 ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。

「中上はアパートにいるか」とあやめに訊いた。

「います」と答えた。

「何をしているか、見てきてくれ。ただし、すぐに戻ってきてくれ」と言った。

「わかりました」とあやめは言った。

 しばらくして、ひょうたんが震えた。

「今、映像を送ります」と言った。

 軽い目眩がした。映像は短かった。中上のテーブルには朝刊が散らばっていた。テレビのニュースも見ただろう。今は、パソコンでネット上の情報を検索していた。グッドタイミングだった。

 僕は、あやめに、中上を警視庁のサイトに興味を持つように仕向けることと、IDとパスワードは初代警視総監じゃないかと思わせるようにすることを指示し、その様子を見てくるように言って、中上のところに行かせた。

 ついに、中上を引っ張ってこれるチャンスが来たのだ。この機会を逃したくはなかった。

 あやめが中上に警視庁のサイトに興味を持つように暗示すれば、必ず警視庁のサイトを検索するだろう。そして、IDとパスワードが求められることが分かれば、それが初代警視総監と関係があるように思わせたことが効果を発揮するだろう。

 僕はすっかり、釣り師の気分だった。餌をつけた釣り糸は水に落とした。後は、魚がそれに食いつくのを待つだけだった。