小説「僕が、警察官ですか? 3」

二十三

 ひょうたんが震えた。あやめが戻ってきたのだ。

「映像を送ってくれ」と言った。

 興奮していたためか、目眩はしなかった。中上は「そうか」と言って、警視庁のサイトにアクセスした。当然、IDとパスワードが求められる。中上は考えた。すると、初代警視総監のことが浮かんだ。これだと思った。パソコンで検索をして、初代警視総監についての情報を得た。その名前をIDの欄に入力した。そして、パスワードを少し考えて、生年月日を入力した。すると、警視庁のサイトが開いた。中上は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 携帯が鳴った。出ると、滝岡だった。

「課長、今、例のパソコンが特定できました」と言った。

「分かった。すぐ戻る。そのデータをUSBメモリに保存しておくように」と言った。

「わかりました」と滝岡は言った。

 僕は携帯を切ると、映像を見ながら署に向かった。

 中上はサイトの中から、連続放火事件の報告書を見つけ出した。そして、中を開いた。そこには、膨大な量の新聞のデータが詰め込まれていた。しかし、中上はそれを丹念に読んでいた。

 映像が終わらないうちに黒金署に着いた。

 僕は一旦、映像を打ち切って、安全防犯対策課に急いで入って行った。

「まだ、奴はサイトに入っています」と滝岡は言った。

「USBメモリは」と訊くと、黙って渡してくれた。

「済まん。これを使わせてもらう」と言うと、僕は安全防犯対策課を出て、サイバーテロ対策課に向かった。と同時に、捜査一課長に携帯電話をかけた。

「鏡課長。何ですか」と捜査一課長は言った。

「声明文を出した犯人のパソコンが判明したんです。サイバーテロ対策課に来てもらえますか」

「それは本当ですか」

「本当です」

「すぐ、二係の係長と行きます」

「待っています」と僕は言うと携帯を切った。

 サイバーテロ対策課に来ていた。

 谷崎課長が「犯人のパソコンが判明したというのは、本当ですか」と訊いた。

「ええ、これが証拠です」と彼の手にUSBメモリを握らせた。

 谷崎は「おい、杉山、これの中身を見てみろ」と言って、杉山にUSBメモリを渡した。

 彼は、自分のパソコンにそれを差し込むと中身を見た。そしてすぐに「ただのテキストファイルです」と言った後、「いや、これにはパンコンの識別番号が記されています」と言った。

「そのパソコンを特定できるか」と言った。

「やってみます」と言った。

 僕は「もうそのパソコンの特定は済んでいます。これがパソコンのある場所です」と、僕は中上のアパートの住所を書いた紙を渡した。

「パソコンの所有者は、中上祐二です」と言った。

 その時、捜査一課長の相沢と二係の係長の中村がやって来た。

 相沢が「鏡課長。どういうことなんですか」と言った。

 僕は「声明文のパソコンが特定できたんですよ。谷崎課長が、犯人の住所と名前を知っています」と言った。

 捜査一課長はサイバーテロ対策課の課長に「本当ですか」と訊いた。

 谷崎は、さっき僕が渡したメモを捜査一課長に渡して、「中上祐二だそうです」と言った。

 捜査一課長はそのメモを二係の係長に渡して、「すぐに引っ張ってこい」と命じた。

 中村は、急いで自分の係に向かうと同時に携帯を取り出して、誰かを呼び出していた。

 捜査一課長相沢孝弘は、もう一度、僕に「どういうことなんですか」と訊いた。

 僕は仕方なく答えたように「うちの課にパソコンの得意な滝岡という男がいましてね。彼が声明文の発信元を追っていたんですよ。そして、ようやく、突き止めたという訳です」と言った。

 その時、サイバーテロ対策課の誰かの声がした。

「問題のパソコンが確認できました。国内です」と言った。

 僕は「この件はサイバーテロ対策課が見付けたということでいいんじゃないですか」と捜査一課長に言った。

「それでいいんですか」と相沢は言った。

「私は構いませんよ」と僕は言った。

「わたしもそうしてもらえれば、面目が立ちます」とサイバーテロ対策課の谷崎課長も言った。

「では、重要参考人を引っ張ってきたら、そういうことで発表しますが、いいですか」と相沢は念を押した。

「いいですよ」と僕は言った。

 

 中上はアパートにいたところを任意同行を求められたが、刑事を押しのけて、二階から飛び降りて逃げようとしたので、公務執行妨害で現行犯逮捕された。

 それが午前十一時半だった。

 僕は安全防犯対策課に戻ると、滝岡に経緯を説明して謝った。

 当然、滝岡は怒った。

「それじゃあ、わたしの三週間は一体何だったんですか」と言った。

「こっちには、捜査権はないんだ。こうするより、しょうがないじゃないか。でも、捜査一課長の耳には、君の名前を伝えておいたから、それで納得してくれ。それから偽サイトは完全に消去しておくように」と言った。

「使う時は使って……」と滝岡はブツブツと言っていた。

 その気持ちは分かったが、僕はお昼になったので愛妻弁当と水筒を持って屋上に上がって行った。

 

 中上が黒金署に引っ張られてくると、早速、取調が始まった。取調は二係が担当した。取調の様子をあやめに見に行かせた。

 今回は、声明文という、言わば自供に近いものがある。取調は順調に行くものと思われた。しかし、中上祐二は黙秘権と弁護士を呼んでくれと言うだけだった。声明文には、自分の犯行以外の三件の放火事件のことも書かれている。そのうち、二件については、アリバイがあるが、それを取調官に言っていいものかどうか、言うにしてもどう言うのか、弁護士と打ち合わせをしたかったのだ。

 その日の取調では、中上は何も言わなかった。

 留置場に戻された時に、弁護士との面会が許された。この面会の様子もあやめに見に行かせた。

「これからする質問に、簡潔に答えてください」と弁護士村雨正は言った後で、「あなたは連続放火事件を起こしましたか」と訊いた。

「いいえ。最後の一件はわたしの犯行ですが、前の三件はわたしの犯行ではありません」と中上は言った。

「そのことは取調官に話しましたか」

「いいえ」

「放火事件について、アリバイのあるものはありますか」

「二件あります。三月二十八日と四月二十九日です」と中上は言った。

「どんなアリバイですか」と村雨は訊いた。

「三月二十八日は、午後八時半頃から武下と沢島、これは黒金高校時代の友人ですが、彼らに会い、三人で黒金駅前のカラオケ店で午後十時まで歌っていました。武下と沢島に訊いてもらえばわかります」

「その武下さんと沢島さんのフルネームと住所か電話番号を教えてくれませんか」と村雨は言った。

「武下巌と沢島隆二です」と中上は言った。

「電話番号は武下が****で、沢島が****です」と中上は言った。

「四月二十九日のアリバイはどうですか」と村雨は訊いた。

「四月二十八日から三十日まで台湾旅行をしていました」と答えた。

「わかりました。調べてみます。それにしても、どうしてあんな声明文を出されたんですか。あれでは、自供しているようなもんじゃあ、ありませんか」と村雨は言った。

「あれは頭の中に浮かんできたんですよ」と中上は言った。

「でも、まるで犯人しかわからないような具体的な内容ですよ」と言った。

「それはわたしにもわからないんです。とにかく、頭に浮かんできたものを書いただけですから」と中上は言った。

 ここから、やり取りはちぐはぐになったが、接見は終わりとなった。

「このあと、わたしはどうすればいいですか」と中上は訊いた。

「わたしがアリバイを調べるまで黙秘を続けてください」と村雨は答えた。

「わかりました」と中上は言った。

「では、これで今日の接見は終わりにします。何か聞きたいことはありますか」

「いえ、ありません」と中上が言うと、村雨は「今日はこれで終わりにします」ともう一度言った。

 係官に促されるように接見室から中上は出た。

 その後、中上は留置場に向かった。

 僕はあやめからの映像を再生し終わった。