2024-06-01から1ヶ月間の記事一覧
十 次の日は、朝餉をとると、すぐに中庭の草刈りを始めた。僕の格好は昨日と同じだった。 中庭は草と薄が覆い茂っていた。小木も何本もあった。小木は斧で切り、薪と同じぐらいの長さに切り揃えると縄で縛った。小木の根元は鍬で掘り起こした。これも昨日と…
九 僕は、躰をはたいて、塵を落とすと、きくを呼んだ。このままで寝室には行けそうになかったからだ。 きくが来ると「何ですか」と訊くので、「洗ったトランクスと折たたみナイフ、それにバスタオルと浴衣に手ぬぐいと下駄を持ってきてくれないか」と言った…
八 僕が寝室に戻ると、「新しい家ですもの、京介様がいないと寂しくなります」ときくは言った。 「厠に行っていたんだ」 「そうでしたか」 「寝よう」 「はい」 昨日と同じことを言っていると思った。こんなことが続けば、いずれきくに気付かれるに違いなか…
次回は、6月28日金曜日にアップの予定です。
七 湯屋には草履で行った。 「しまった。下駄を買うのを忘れていましたね」と風車が言うと「明日、買いましょう」と僕が言った。 脱衣所の上の棚に浴衣とバスタオルと洗ったトランクスを置くと、下段の棚に着物と今まで穿いていたトランクスと肌着を置き、手…
六 次の日の朝は大変だった。釜でお米を炊いたまでは良かったのだが、水加減がいまいちで少し緩めのご飯になった。そして、何よりも困ったのは、茶碗は買ってきていたのだが、箸を買うのを忘れたことだった。 仕方なく、僕が薪を折たたみナイフで切り、割り…
五 布団に入ると、ふわふわとしていた。宿の布団は皆、煎餅布団のようなもので背中がゴツゴツとしていた。それに比べれば大した違いだった。 ききょうを真ん中にして寝た。行灯の火を消してから、布団に入ってきたきくの手を僕は握った。きくは鼻を啜ってい…
四 食事処では、天ぷらを頼んだ。江戸の魚の天ぷらが食べたかったのだ。風車はご飯の大盛りのお代わりを二度もした。僕も大盛りではなかったが、お代わりをした。 味噌汁が上品な味で美味しかった。ききょうも匙で味噌汁をかけたご飯を沢山食べた。 夕餉の帰…
三 次の日、朝餉をとると、きくはもう出かける準備を始めていた。一刻も早く、新しい家を見たかったのだ。 荷造りが終わると、宿代を払い、宿を出た。風車には、大きな風呂敷包みを背負ってもらった。僕は風呂敷を被せた千両箱が入っているショルダーバッグ…
二 石原のその家は、川から少し離れた所の薄ヶ原の中にぽつんと建っていた。 周りは板塀で囲まれていた。 店の小僧が門の脇の戸の鍵を開け、そして、玄関の鍵を開けた。 広い庭には、薄が入り込んできていた。湯屋があり、開けて見ると五右衛門風呂だった。…
僕が、剣道ですか? 6 麻土 翔 一 日本橋を渡ると、遅い昼餉をとった。 「これからどうします」と風車が言った。 「そうですね。今夜の宿でも探しましょうか」と僕は答えた。 「そうしますか」 きくはききょうをおんぶしていた。それほど遠くまでは行けそう…
四十 道は縦横に走り、そこら中に店が出ていた。 通り過ぎる人も旅姿ではなく、町人が多くなってきた。若い娘は綺麗な着物を着ていた。 風車はそれらの女性に見とれていた。 「私たちも早めに宿をとり、旅の垢を落としましょうよ」と僕が言うと、「いいです…
三十九 湯上がりの一局は意外にも接戦になった。 やはり、後手番三子局の形で戦った。この方が戦い慣れているからだった。 後で打った一子を取られないようにすればいいのだ、と割り切った。 風車はこの石を取りに来た。攻めが強引だった。僕は取られないよ…
次回は、6月24日月曜日にアップの予定です。
三十八 部屋に入ると、僕はすぐに寝転がった。 今日は大変な一日だった。 午前中は、公儀隠密との戦いがあり、午後は関所を通過しなければならなかった。 だが、少しは時の止め方が分かり、全部の時を止めるのではなく、その場所一帯の時だけを止めればいい…
三十七 時を動かした。 立っていた者が次々と倒れていった。 川に飛び込んだ役人が必死に泳いでいた。 僕は、倒れている者の間を縫って、橋を渡っていった。橋の向こうにいた人も、渡ってきた。しかし、そこに切られて呻いている者たちを見て、立ち止まった…
三十六 よく眠った。朝、起きた時の気持ちが良かった。 風車も起きていて、廊下に出ると朝の挨拶をした。 「今日もいい日ですな」と風車が言うと、僕も「まことに」と応じた。 顔を洗って戻ると、朝餉の用意がしてあった。 おかずは、煮魚に卵焼きだった。そ…
三十五 小競り合いをしていても、キリがなかった。 もう一度、攻めてみようと思った。 僕は飛び出すと相手に向かって走って行った。 突然、走り寄られて、相手は警戒していた。当然、技を使ってくるものと思っただろう。僕は、今度は信三郎の間合いに入って…
三十四 根来兄弟との差が縮まってくるにつれて、定国の唸りが大きくなった。 「頼むぞ、定国」と僕は言った。 根来信一郎の時は、定国に助けられたようなものだった。 二人から、七、八メートルほど離れた所で、僕は止まった。 「鏡京介か」と一人が訊いた。…
三十三 次の宿場が見えてきた。 「少し早いですが、あそこで宿をとりましょう」と僕が言った。 「早いのは良いですよ。風呂上がりに碁でも打ちましょう」と風車が言った。 そうくるか、と僕は思った。 僕が風呂を出ると、きくとききょうが風呂に向かった。 …
三十二 きくが寄ってくると、「何て言われたのですか」と訊いた。 僕は少し考えて、「凶相が出ていると言われた」と答えた。 「まぁ」 きくは振り向いて易者の方を見ようとした。しかし、その時には、易者は立ち去った後だった。素早かった。 「変な易者でし…
三十一 夕餉が終わると、風車はまた碁を打つ真似をした。 僕は部屋の隅の碁盤の前に行くと、座った。 風車が早速、三子置いた。そして、自分の第一子を打った。 僕はその石にかかるように石を打った。風車に自由に石を囲ませては、勝てないと思ったからだっ…
三十 風呂を出ると、昼餉が用意されるまで布団で眠っていた。 この宿には、昼に用意する御膳が決まっていて、上中下の差があるだけだった。きくと風車が相談して上にした。 昼餉が用意されると、僕は起き上がり凄い勢いで食べた。 起きてみると、お腹が空い…
二十九 頬を叩く者がいた。 きくだった。隣に風車もいた。 足元には、斬り裂いた男が倒れていた。 「あまりに帰りが遅いので、林を上がってきたのです」と風車が言った。 風車は千両箱を担いでいた。僕がそれに目をやると、「鏡殿を捜している間に盗まれては…
二十八 次の宿場に着いたので、昼餉をとることにした。 僕は焼き鮭定食にした。 「拙者もそれにするかな」と風車が言った。 きくは鴨南蛮にご飯を頼んだ。 時間を止めての戦いは疲労感を伴う。こればかりはどうしようもない。今は相手は小出しに戦いを仕掛け…
二十七 朝餉が済むと、きくはききょうの白湯を貰いに行き、宿を後にした。 今日もいい天気だった。いつもより街道を歩く人の数が多かった。 しばらく、台車を押して歩いていた。すると、定国が唸る音がした。 僕は周りを見廻した。怪しい人たちは見当たらな…
二十六 草道はでこぼこしていて、台車に乗った妊婦には快適とは言い難かっただろう。しかし、それよりも陣痛の方に気持ちが行っていたかも知れない。 僕も心が急いた。まさか、台車の上での出産は勘弁してくれと願った。 一キロが遠かった。いくら台車を押し…
二十五 次の宿場に着くと、早速泊まるところを探した。 個室に泊まれるところが見つかったのでそこにした。この辺り一帯は温泉が出るそうだ。僕は久しぶりにゆったりと湯に浸かれることに期待した。 風車は早速、碁の手つきをしていた。 風車には分からない…
二十四 寝るまでに三局した。さすがに、三局とも僕が負けた。しかし、数目の差だった。寄せで差を逆転されたのだった。 寄せにも強くならなければならなかった。何事でもそうだが、最後まで気を抜いてはいけないのだ。 少しずつ、碁のことが分かってきた。 …
二十三 宿場に着くと風車が食事処を探してくれた。 風車が見つけた所に行き、奥の部屋に通されると、僕は畳の上に倒れるように寝転がった。 女中が注文を取りに来た。僕はきくに任せた。 風車は「鰻はないのか」と女中に訊くとあると言うので、「では鰻定食…