僕が、警察官ですか? 3

二十五
 土日も取調は続いているだろう。金曜日の弁護士との接見から、中上は自分のアリバイを主張していることだろう。二係はその裏を取るために休みを返上して働いているに違いない。
 月曜日の午前中には、きっと捜査会議がある。そこで、土日の成果が発表されるとともに、今後の方針が決まるだろう。
 僕は月曜日には、ひょうたんを持って行くことにした。

 その月曜日が来た。ひょうたんを入れた鞄と剣道の道具を持って、黒金署に行った。
 安全防犯対策課に入ると、鞄からひょうたんを出し、ズボンのポケットに入れると、緑川に「ちょっと出てくる」と言って、安全防犯対策課を出た。
 そして四階の待合室の隅の席に座ると、ズボンのポケットのひょうたんを叩いた。
「会議室の様子を見てきてくれ」と言った。
「はーい」とあやめは言った。
 僕は携帯で今度の放火事件のことを検索して時間を潰した。
 あやめはお昼近くに戻ってきた。すぐに映像を送らせた。目眩がした。これはいつものことだったから、慣れていた。
 映像を受け取ると、お昼になったので、安全防犯対策課に行き、愛妻弁当と水筒を持って、屋上に向かった。隅のベンチに座って弁当を食べながら、映像を再生した。
 捜査本部席には、署長と管理官、捜査一課長と捜査二課長とサイバーテロ対策課の課長がいた。
 珍しく署長がマイクを持ち、「今度の放火事件は、放火に留まらず、事件は多岐に渡るので、捜査二課長とサイバーテロ対策課の課長にも来てもらった。まずサイバーテロ対策課の課長からどうぞ」と言った。
 サイバーテロ対策課の課長が立ってマイクを持つと「サイバーテロ対策課の谷崎です。犯人の中上は巧妙に海外のサーバーを経由していて、なかなか尻尾を掴ませませんでしたが、我が課の職員が声明文の出所を丹念に追っていったところ、中上のパソコンを突き止めたのです。中上のパソコンを押収したところ、声明文を発見しました。そればかりでなく、他人のパソコンを乗っ取って、詐欺行為も行っていました。これは件数が多いので、二課に任せることにしました。以上です」と言った。
 次に一課の課長がマイクを持って立った。
「捜査一課長相沢です。サイバーテロ対策課からの連絡を受け、中上の所に向かいました。中上は任意同行を求めた刑事を突き飛ばして、逃げようとしたので、公務執行妨害の現行犯として逮捕しました。放火事件の捜査は二係がやっていたので、取調は二係に任せることにしました」と言った。
 捜査一課二係の係長がマイクを持って立った。
「二係の中村敬三です。中上は当初は黙秘を続けていましたが、土曜日になって、急に三月二十八日と四月二十九日のアリバイを主張したのです。土日にアリバイの裏を取りました。そのアリバイというのは、三月二十八日は、午後八時半頃から午後十時頃まで、武下巌と沢島隆二の二人と****カラオケ店で歌っていたというものです。武下巌と沢島隆二の両氏に連絡を取ったところ、事実だということがわかりました。そして、四月二十九日のアリバイは四月二十八日から三十日まで台湾旅行をしていたというものでした。これは旅行会社の添乗員に中上の写真を見せて、彼が旅行に参加していたことを確認しました。つまり、三月二十八日と四月二十九日のアリバイは完璧なのです。しかし、声明文があります。これには、三月二十八日と四月二十九日についても、その犯行の様子が詳細に書かれています。これは犯行をした者でなければ、書けない内容です。三月二十八日と四月二十九日のアリバイは完璧なのですが、どうして、このような犯行の様子、状況を書けたのか、今、取調中です」と言った。
 二係の加藤が手を挙げた。
 加藤にマイクが渡された。
「二係の加藤です。今、中上の取調を担当しています。わたしの勘ですが、三月二十八日と四月二十九日のアリバイは完璧過ぎて不自然さを感じます。特に四月二十九日のアリバイは海外に出ています。この放火事件は現住建造物等放火罪で極めて悪質です、しかも、実際に二人の被害者が出ている。そうしたことを考えると、何らかの作為を感じるのです。放火は本人がしなくても他人を使ってやることもできます。現在では、パソコンを使って、実行犯を募ることも可能です。放火の方法さえ、教えれば実行できるのではないでしょうか。そうでなければ、あのような声明文は書けません」と言った。
 これには同意の声が上がった。
 捜査一課長はマイクを手にして、「では、その実行犯を特定してもらいたい。そうでないと、立件できない」と言った。
 加藤は「わかりました」と言った。
 捜査一課長は「次はサイバーテロ対策課にお願いします」と言った。
 谷崎がマイクを持って、「サイバーテロ対策課の谷崎です。今、中上のパソコンを解析している最中です。膨大な量のデータが入っているので、調べ終わるのにはまだ時間がかかると思います。途中経過を報告します。声明文は中上のパソコンから、他人のパソコンを経由して海外サーバーに送られています。そこから、警察やマスコミに送られてきたのです。中上はコンピューターに関しては、かなりのスキルを持っています。今は、他人のパソコンを乗っ取って、様々なデータを流していることがわかっています。その中でも、件数が多いのは、偽のウィルス除去ソフトです。僅か五百円で、あなたのパソコンのウィルスを除去します、といううたい文句で二万人以上から費用を不当に受け取っています。この他にもパソコンを使った詐欺行為を行っていますが、件数が多いので、二課にお願いしているところです」と言った。
 次に捜査二課の課長がマイクを握った。
「捜査二課長の杉村です。今、話があったサイバーテロ対策課からの要請を受けて、詐欺の被害者に連絡をして、被害届を出してもらっている最中です。件数が多いので、時間がかかると思います。また、その他の詐欺行為も行っているようなので、サイバーテロ対策課から情報をもらって、順次、当たっていくつもりです」と言って座った。
 最後に捜査一課の課長がマイクを握り、「連続放火事件と声明文を出した犯人(ホシ)だ。一筋縄ではいかないだろうが、各自粘り強く頑張って欲しい。次回の捜査会議は木曜の午前九時からとする。では散会する」と言った。

 映像を見終わった時には、午後一時を遥かに過ぎていた。
 水筒のお茶を飲んだ。
 今の時代は、見知らぬ人に殺人を依頼して人が殺せる時だ。放火方法を教えて、依頼することも可能だろう。中上にはアリバイがあるから大丈夫だろうと思っていたことが崩れていく音がした。
 しかし、捜査一課長が言ったように、放火の実行犯が特定できなければ、立件できない。前の三件の放火の犯人は、すでに死亡した戸田喜八であることを僕は知っている。だから、その他の実行犯が出て来るはずがない。
 だが、妄想の中で犯罪を犯している者が多いことを、その時の僕はまだ知らなかった。

 安全防犯対策課に戻ると、パソコンでネットのニュースを見た。コメンテーターの一人が、「捜査関係者の話によると、中上氏にはアリバイがあるようですよ。少なくとも三月二十八日と四月二十九日については」と言っていた。
 キャスターが「詳細な犯行状況が書かれた声明文がマスコミにも送られてきましたよね。本人にアリバイがあるとしたら、それはどういうことになるんでしょう」と言った。
 さっきのコメンテーターは「今はネットを使って、見知らぬ人にも殺人を依頼できる時代ですよ。放火にしても、その方法さえ教えればできるんじゃないですかね」と言った。
 捜査会議で言っていたようなことをしゃべっていた。

 定時になったので、僕は鞄と剣道の道具を持つと、安全防犯対策課を出た。
 そして、西新宿署に向かった。
 剣道着に着替えて、西森と一時間稽古をした。絶えず打ちまくる稽古だったから、汗がびっしょりと出た。
「上がりますか」と西森が言ったので、僕も頷いた。
 シャワーを浴びて着替えると、ラウンジに上がった。
 今日は缶コーヒーではなく、スポーツドリンクにした。五百ミリリットルのペットボトルがすぐに空になった。
「連続放火事件の犯人が捕まりましたね」と西森は言った。
「ええ。でも、これからですよ」と僕は言った。
「そうですか。今回は、犯行声明文があるじゃあありませんか。それって、自供したのも同じことでしょう」と言った。
「奴にはアリバイがあるんですよ。知っているでしょう」と言うと「そのアリバイには何か裏があるんでしょう」と言った。
 そう、裏があるんだが、西森が思っているようなことではなかった。僕が教えたとは言えなかった。