2025-02-01から1ヶ月間の記事一覧
次回は、3月6日木曜日にアップの予定です。
五 僕は全身、血しぶきを浴びていた。盗賊たちがいなくなると持っていた刀を放り捨てた。 籠の戸が開き、「重ね重ね、ありがとうございました」と中の女性が礼を言った。 戸が閉まると、籠は持ち上げられ、動き出した。 僕は「あそこに倒れている仲間はどう…
四 籠に近寄ると、「私の屋敷まで来ていただけませんか」と中の女性が言った。 僕は考えた。この身なりだ。江戸時代のどこかなのだろうが、まるで分からない。 このままでは、どうにもならない。 「お言葉に甘えさせていただきます」と答えた。武士の言葉とは…
三 僕が落ちたのは、白樺の林の中で、すぐ下の方から怒声が聞こえていた。 誰かの籠を盗賊が囲んでいる感じだった。 付き添いの者は女中二人、侍四人いたのだが、腰が引けていて全く役に立ちそうになかった。籠の中にいるのは女性だろう。 盗賊は八人。勝ち…
次回は、2月28日金曜日にアップの予定です。
二 しかし結局、富樫の説得に負けて、「これっきりだぞ」と言って、試合に出るはめになってしまった。 翌日、試合があるというのに、とある剣豪の夢を見た。明日、タイムスリップするとは到底思わなかった僕は、次の試合の興奮が躰を包んでいるかのようだっ…
僕が、剣道ですか? 1 麻土 翔 一 二月、滑り止めの私立高校の受験に失敗した僕は、都立高校の試験が最後の希望だった。内申書の成績が悪い僕は、当日の学力考査が全てだった。 だが、二月下旬に行われた試験日には、僕はひどい風邪に見舞われていた。咳が…
二十五 三月の面会時にも祐一を連れて行くと、高瀬は喜んだ。 高瀬と祐一だけで話しているうちに時間が来た。 夏美は二人に置いて行かれる気がした。 面会を終えて刑務所を出てくると、その高い塀を見て、「ここにお父さんは収監されているんだ」と、今更の…
二十四 夏美は毎日、ホームヘルパーの講習に通った。 そして一ヶ月後に修了証書を手にした。 夏美は、その修了証書を持って、十二月の高瀬との面会に臨んだ。 高瀬は面会室に入ってくると、「元気だったか」と訊いた。 「元気よ」と夏美は答えた。そして、「…
二十三 秋の畑仕事も一段落がついた頃、夏美は新聞に入っていた広告が目に入ってきた。その中でホームヘルパーに興味が湧いた。 高瀬隆一は、自動車事故により車椅子生活を余儀なくしている。刑期を終え、出所してきた時に高瀬に不自由な暮らしは、夏美はさ…
二十二 十月になった。 夏美は、結婚指輪と祐一の入学式の写真を差し入れていた。 この前、面会に来た時に、退室していく時の高瀬の左手の薬指に結婚指輪が光っていたように見えたからだった。 今まで面会時に高瀬とアクリル板越しに手を合わせたが、それは…
二十一 帰りの電車の中では、夏美は涙を流しているところを人に見られるのを隠すのに苦労した。 祐一を連れて来なくて良かったと思った。最初に面会した時は、嬉しさと弁護士がいた事でわからなかったが、こうして一人で高瀬に面会に来ると、会っているのに…
次回は、2月25日火曜日にアップの予定です。
二十 一週間後、夏美は祐一を連れて、刑務所に午前八時半に着いた。高瀬隆一との面会手続きを取ろうとしたら断られた。 何故断られたのか理由を尋ねると、月二回の面会回数を超えるからだと言われた。誰か他に高瀬隆一に面会に来ている者がいるという事にな…
十九 警察から押収された品物が返却されてきた。 夏美は、それを二階の高瀬の自室となるところに収めた。 八月半ばになって、高瀬と面会できる事になった。弁護士事務所から連絡が来たのだった。 面会室のアクリル板越しに見る高瀬は、少し、いやだいぶ若返…
十八 六月になった。 判決が申し渡される事になった。 「主文、被告人高瀬隆一を懲役八年の刑に処する。罪状、殺人及び死体遺棄罪、罰条、刑法第**条**項及び、刑法第**条**項。……」 主文が言い渡されると、報道陣は一斉に法廷を出ていった。 弁護側…
十七 傍聴席にいた夏美は、証人としてあけみが現れた時は、心穏やかではなかった。真理子の存在だけでも、いっぱいいっぱいのところにあけみが現れたからである。そして、あけみが「ここでそれを言えと言うの。男と女の事だからわかるでしょ」と言った時は、…
十六 十二月下旬になると、夏美は学校に行き、担任と相談をした結果、とにかく二月早々にある有名私立中学校と国立中学校を受験する事に決めた。 国立某中学校は、来月一月の中旬になってすぐの二日間のみ窓口受付を行い、有名私立中学校の方は、郵送であれ…
十五 第二回公判は十二月の中旬だった。祐一の業者テストが行われる時期と、学期末テストの時期に当たっていた。 しかし、公判を休むわけにはいかず、夏美は前と同じような席に座った。真理子も同じように座っていた。 第二回公判は、まず検察側の証拠の提示…
次回は、2月20日木曜日にアップの予定です。
十四 九月になった。二学期になって、祐一は学校に行くのを嫌がった。大勢いる中で、一人だけなのが堪えられなかったのだ。祐一はせめて一学期だけは頑張って学校に通ったが、夏休みの間も誰も友達は来なかった。学校のプールに行く日も休んだ。 夏美は学校…
十三 夏美の実家から取材陣もいなくなり、ワイドショーにも富岡修の件が報じられなくなった六月のある日の事だった。 富岡修が高瀬隆一として詐欺罪で逮捕されたのである。 詐欺罪の逮捕は、明らかに別件逮捕であった。本丸は、高瀬隆一の富岡修殺しであった…
十二 新学期が始まった。高瀬祐一は、夏美に連れられて報道陣の囲みを破るように、学校に向かった。農道を歩いていて、近くに人がいなくなった時、祐一が「ねえ、お母さん、お父さんは悪い事をしたの」と訊いた。夏美は握っていた祐一の手をより強く握って「…
十一 週刊誌の続報は、「富岡修さんのDNAを追え」だった。やはりフリージャーナリストの近藤の記事だった。 近藤の論旨は単純だった。茅野の自動車事故で顔面がわからなくなるほど損傷を負った男がいて、その男が最新医療の技術で、車の所有者と同じ顔に…
十 「夏美さぁ~ん」 干し物を取り込みに庭先に出てきた夏美に、遠くからマイクが向けられて中年の女性リポーターの声が響いた。 「高瀬隆一さんが生きているかも知れないって知ってましたか」 夏美は答えずに洗濯物を取り込んだ。 居間に入ってテレビを付け…
九 三月、祐一の終業式も終わり、夏美は庭で洗濯物を干していた。 そこに三十代ぐらいのハーフコートを着た男性がやって来た。 頭をちょこんと下げて名刺を差し出してきた。そこには「フリージャーナリスト 近藤昭夫」と書かれていた。 名刺を受け取ってしま…
八 夏美は富岡修と紹介されている写真に見入った。見ていくうちに、何故か鳥肌が立った。記事を読んでいくと、富岡修も昨年、七月に自動車事故を起こして数ヶ月入院していた事が書かれていた。ただ、どこで事故を起こしたのか、そしてそれが七月の何日である…
七 一ヶ月ほどして、また島崎と高橋はやってきた。預かっていた物を返しに来たのだった。段ボールに詰められている中身を一つ一つ確認して預かり書の受領欄にサインをすると、島崎が「何も言わないで帰るのも失礼ですから、事情だけは説明します。先月、奥さ…
六 十月の上旬だった。夏美の実家に茅野の警察署の刑事が二人訪れた。 二人は、島崎と高橋と警察手帳を見せて名乗った。 島崎の野太い声から、いつか電話で話をした刑事だと夏美にはわかった。 二人を座敷に通すと、挨拶もそこそこに夏美はすぐに「主人は見…
五-三 七月には夏美に郵便書留で大きめの硬い材質の封筒が送られてきた。住所も名前も電話番号もでたらめだったが、封筒の裏の隅に「Ryu」と書かれていたので、高瀬からのものだとわかった。 開けて見ると、A四版の白紙の紙の束の間に五百万円もの大金が入…