小説「僕が、警察官ですか? 2」

 月曜日になった。

 安全防犯対策課に入って行くと、緑川がやってきた。

「これが日程です」と言って、一枚の紙を差し出した。

 黒金幼稚園と保育所の防犯キャンペーンのスケジュール表だった。

 黒金幼稚園の方は来月の第一日曜日で、黒金保育所の方は第二日曜日になっていた。

「分かった。これで頼む」とその紙に判を押して渡した。

「じゃあ、準備に取りかかります」と緑川は、紙を受け取りながら言った。

 僕はいくつかの書類に判を押していた。

 そうしているうちに、お昼時になった。

 僕は愛妻弁当と水筒を持って、屋上に上がっていった。

 いつものベンチに座り、近くに立っている人がいないかを確認して、弁当の蓋を開けた。

 炒り卵と挽肉の二色弁当だった。挽肉のところがハートマークになっていた。そこを慌てて食べると、水筒のお茶を飲んだ。それから、ゆっくりと残りを食べた。おかずは別のタッパーに入っていて、がんもどきとふきとにんじんの煮物だった。それとポテトサラダがついていた。

 お弁当を食べ終わり、安全防犯対策課に戻り、午後一時になると迎えが来た。

 僕は剣道の道具を持って、迎えの警察官と一緒に部屋を出た。

 覆面パトカーに乗り、府中の警察学校に向かった。

 

 射撃練習は一時間ほどで終わった。ほとんど真ん中を打ち抜いていた。

 教官が、ほぅ、と驚いていたほどだった。

「これほどの腕なら、射撃大会に出ればいいのに」と言った。

 僕はその言葉を無視した。

 警察学校を午後三時に出て、覆面パトカーで西新宿署に行った。着いたのは、午後四時少し前だった。渋滞に巻き込まれたのだった。急いでいなかったので、サイレンは鳴らさなかった。

 

 地下の剣道場に行った。

 道着に着替えて、誰もいない剣道場で、素振りをしていた。

 午後五時になって、西森幸司郎が入ってきた。

「済みません。待たせてしまいましたか」と言った。

「捜査一課は忙しいのでしょう。仕方ありません」と僕は言った。

 そのうち何人かがやってきた。

「では、お相手願いましょうか」と西森が言った。

「いいでしょう」と僕は言うと、防具を着けた。

 西森の支度が整うまで、コートの外で待っていた。

 西森が周りで見ている一人を呼んで、主審役をやらせた。

 僕と西森がコートの外に立った。そして二歩ほどコート内に入ると礼をした。それから開始線まで進んで蹲踞の姿勢をとり、脇に持っていた竹刀を互いに向け合った。

 主審が「始め」と声をかけたので、立ち上がった。

 西森は正眼に構えていた。僕も正眼に構えた。

 西森はなかなか踏み込んで来なかった。仕方なく、僕が一歩踏み込んだ。すると、西森は一歩下がった。

 じりじりと時間は進んだ。相手がこの二年間の全国警察剣道選手権大会の準優勝者であるということが西森の躰から滲み出ていた。まるで隙がなかった。しかし、僕の方にも隙がなかった。

 西森は思い切って、踏み込んできた。竹刀がぶつかった。その途端に、西森の竹刀が弾かれた。小手が無防備になった。その小手を打った。

 僕が勝った。

「やはり無反動は凄いな」と西森は呟いた。そして僕を見て「失礼。無反動の鏡警部は凄いです」と言い直した。

「そんなことはどうでもいいですよ」と僕は言った。

「シミュレーションはしているんですが、実際に受けてみると、まるで歯が立たない。恐るべき技ですね」と西森は言った。

「それほどのことはありませんよ」と僕は返した。

「もう一本、お相手願えますか」と西森が言った。

「いいですよ。いくらでもお相手しますよ。その代わり、今抱えている事件について、話してくれますか」と言った。

「それは」と西森は困った表情を見せた。

守秘義務があるのは分かっています。ただ、興味があるのです。報道されている範囲でいいですから、教えてください」と言った。

「わかりました。報道されている範囲内だけですよ」と西森は念を押した。

「それで結構です」と僕は言った。

 いつの間にか、コートの周りには見物人が増えていた。

 コートの中に入り、互いに礼をすると、開始線まで進み、蹲踞の姿勢をとった。そして、竹刀を交わした。

 主審の「始め」の合図で立ち上がり、互いに正眼に構えた。

 僕はすぐ様踏み込んで、間合いを詰めた。そして竹刀を交わすとそれを弾いた。相手は弾かれまいとしたが、無駄だった。今度はもう一歩踏み込んで胴を打った。

 主審が僕の方の旗を揚げた。

 その後、何度やっても同じだった。西森幸司郎が負けるところを、これほど見たことがない周りの者は皆、驚いていた。

「着替えたら、どこかで話しませんか」と僕は西森に言った。

「上のラウンジではどうですか」と西森は言った。

「いいですよ」と僕は答えた。

 

 ラウンジは十階にあった。

 隅の席に座った。

「で、何が聞きたいんですか」と西森が言った。

「今、担当している事件ですよ」と僕は言った。

「二つあります」と西森は言った。

「二つ? と言うことは、連続事件ですか」と訊いた。

「いえ、それはまだわかりません。ただ、似たような事件が二つ起こっているんです」と言った。

「一つは、去年の五月に西新宿公園で起きた女性絞殺事件です」と続けた。

「で、もう一つは」

「今年の二月に北園公園で起きた、これも女性絞殺事件です」と言った。

「それは新聞で読みました。私の家からさほど遠くない公園で起こった事件ですから」と僕は言った。

 それから三十分ほど、西森から話を聞いた。

 僕は時折、質問する程度だった。

 別れる時、西森が「鏡警部の無反動の秘密を、来週は教えてはくれませんか」と言った。

 僕は笑った。

「こればかりは秘密にしたいんだけれどな」と答えた。

「来週は、今日ほど無様には負けませんよ」と西森は言った。

「そうですね。でも、私も手を抜いたりはしませんよ」と言った。

「それはそうしていただきたい。強い鏡警部と戦って腕を磨きたいものです。では、失礼します」と言って、西森は去って行った。

 僕は重い剣道具を持って、歩いて西新宿署から家まで帰った。