小説「僕が、警察官ですか? 2」

十五

 駐車場に車を置き、ききょうと京一郎を公園に連れて行くと、手を離して走り出していった。

「ここで、お昼にしますか」ときくが訊いた。

「そうだな。そうしよう。午後一時頃、食べられるようにしてくれ」と言った。

 そして、車のキーをきくに渡した。食べ物は車に積んであったのだ。

 あと一時間ほど、時間があった。

 僕は事件現場に行った。

 ジーパンのポケットにはひょうたんが押し込められていた。

 前の公園の時のように、ひょうたんを叩いて「あやめ」と呼びかけた。

「はい」と声がした。

「霊気を感じるか」と訊いた。

「ええ、少し感じます」と答えた。

「それなら、霊気を読み取ってくれ」と言った。

「わかりました」

 ここも犯人が被害者を襲うのには、適した場所だった。

 まず、すぐ近くに大きな木がある。その陰まで被害者を引きずり込めば、通路からは簡単には見えない。

 今までの方法を考えると、口を塞いでから、首にロープを巻き付けて、引き締め、そして、木陰に引きずり込んでいる。この間、二分とはかかっていないだろう。いや、一分かも知れなかった。

 木陰に引きずり込んでから、被害者を見ながら首のロープをさらに引き締めている。そこに犯人の冷酷さがあった。犯人は殺人を楽しんでいる。これは確かだった。

「終わりました」とあやめが言った。

「だったら、映像を送れ」と言った。

「送ります」

 映像が頭に流れてきた。

 被害者は渋谷恵子、三十二歳、OLだった。

 携帯のメールを読んでいた。上司からだった。昼間のある発言がパワハラかセクハラになるのではないか、ということを恐れて、そういう意味で言ったのではないことを説明していた。恵子は「気にしていませんから」と書き送ろうとしていた。その時だった。突然、ハンカチで口を塞がれた。

 僕はその直前から、腕時計のストップウォッチのボタンを押していた。

 恵子は抵抗したが、相手の力は強かった。そして、すぐに首にロープが巻かれた。そのロープが引き締められた。相手は口から手を離して、両手でロープを引き絞っていた。そして、木陰に引きずっていった。

 ここでストップウォッチのボタンを止めた。四十五秒だった。

 一分もかかってはいなかった。

 犯人はここで被害者の顔を見ている。被害者は犯人の目出し帽を見た。その目はやはりガラス玉のようだった。

 それから、犯人はさらにロープを絞めた。被害者の目から涙が出た。そして失禁していた。その時には、意識はなくなっていた。

 さっきストップウォッチを止めたところから、ストップウォッチを動かして、ここまでの時間を計った。三十秒ほどだった。

 それから犯人は、首からロープを解き、ハンカチをどこかに入れて立ち去ったのだ。どの被害者にも死後、いたずらされた形跡はなかった。それだけが救いだった。犯人は素早く犯行現場から立ち去ったのだ。

 さっきの公園のように、犯行現場から逆に公園の入口に向かった。公園に入るところで、渋谷は携帯を出した。そしてメールのチェックをしたのだ。広告メールが多かった。同窓会の誘いもあった。そして、上司からのメールもあったのだ。それを読んで、返信しようとしたところで犯行に遭ったのだ。

 公園の入口から公園を見ると、前の公園と同じように、どこにも危険な感じがしない。仮に女性が一人で通ったとしても。そこが落とし穴なのだ。渋谷恵子は、いつもこの公園を通っていたことだろう。被害に遭うまで、自分が被害者になることは、夢にも思わなかったに違いない。

 公園の入口から駅までの道のりを歩いてみた。コンビニが何軒かあった。あの監視カメラに渋谷恵子の映像が映されていたのだろう。では犯人はどうだろう。

 一番、近いコンビニからでは、自転車で先回りをしていたとしても犯行までの時間が稼げない。だから、その前のコンビニか、その前のコンビニのところで、渋谷の追跡を止めて、公園に先回りをしたのに違いなかった。

 先回りをしたといっても、数分あれば済むことだった。長いこと、あの公園に潜んでいたとは思えなかった。渋谷が歩いてくる時間を計算して、それに合うようにきっちり計算されていたのに違いなかった。だから、犯人が犯行現場に到着して、ほどなく渋谷はやってきたのだ。そして、素早く犯行を行い、素早く立ち去った。これが今考えられる犯人像だった。

 もう一度、映像を再生した。今度は匂いを嗅ぐためだった。あのヘアリキッドの匂いがした。それと制汗剤の匂いもした。これも今までのものと同じだった。

 

「あなたー」と呼ぶきくの声が聞こえた。

 僕はそっちを向いた。きくが見えた。手を挙げた。

 きくが手招きをした。僕は分かったというように、大きく頷いた。そして、きくの方に歩いて行った。

 

 公園のテーブルがあるベンチは先客で埋まっていた。だから、僕らは、芝生の上にシートを敷いて、その上に持ってきたものを広げた。

 ききょうと京一郎が靴を脱いで、シートに座っていた。

 ききょうの好きな鶏の唐揚げがあった。京一郎はささみを茹でたものに味付けしたものを食べていた。

 きくが濡れたタオルを渡してくれた。それで手を拭いて、僕はおにぎりを掴んだ。

 ききょうは、唐揚げを食べると、いなり寿司を手にした。そして僕の方を見た。どっちが先に食べ終わるか、競争しようとしていた。僕は目で合図をした。

 ききょうが食べ始めると僕も食べた。でも、きくの作るおにぎりは大きかった。ききょうの方が先に食べ終わり、両手を挙げた。

 僕は負けるとゆっくりとおにぎりを食べた。ききょうは二つめのいなり寿司を食べていた。

 きくがお茶を水筒のコップに入れて渡してくれた。それを飲んだ。

 きくやききょうや京一郎には、楽しいハイキングなのだろう。だが、僕は違っていた。でも、それでいいのだ。

 デザートはいちごだった。