小説「僕が、警察官ですか? 2」

十六

 昼食後は、しばらく遊んだ後、最後の事件現場に向かった。東椿ヶ丘公園だった。

 南椿ヶ丘公園からは、二十分とかからなかった。

 駐車場に車を置くと、子どもたちを公園に連れていった。

 きくが僕の隣に来ると、「今日はお仕事をされているんですね」と言った。

「分かるのか」

「そりゃ、わかりますよ」ときくは言った。

「そうか」と僕は言った。

「大変ですか」と訊いた。

「ある意味ではな」と答えた。

 

 きくがききょうと京一郎を連れて、公園のブランコの方に行った。

 僕は殺害現場に向かった。

 現場に来ると、ひょうたんを叩いた。

 あやめが「わかっています」と言った。

「そうか」と応えた。

 周りを見ればのどかだった。ここが一昨年、絞殺事件が起きたところだとは、俄には信じられなかった。

 ジーパンのひょうたんが震えた。

「終わりました」とあやめが言った。

「そうか。そうしたら、映像を送ってくれ」と言った。

「はい」

 頭に映像が流れ込んできた。

 被害者は川村康子、二十六歳。パートタイマーだった。

 この事件現場に差し掛かるところで、ストップウォッチのスイッチを押した。

 すぐに口をハンカチで塞がれた。川村は、当然抵抗したが、男の力は強かった。そのうちに首にロープが巻かれた。巻かれると同時に引き締められた。口からハンカチが取られると、両手でロープを引き絞った。

 そして、木陰に連れ込まれた。

 ストップウォッチを止めた。五十秒だった。口をハンカチで塞がれたところから、ストップウォッチを押していれば、もう少し時間は早まっただろう。四十五秒だった可能性もある。

 もう一度、口をハンカチで塞がれたところから始めた。ストップウォッチを止めると、四十六秒だった。一秒は誤差の範囲だった。

 犯行は計画的であり、犯行時間も正確だった。まるで流れ作業をしているようだった。

 川村も携帯を見ていた。LINEをした後、メールをチェックしていた。その時、襲われたのだ。

 前の二件と同じように、時間を遡って追っていった。駅までの間には、五軒のコンビニがあった。一番近いところは、公園に入る前の通りにあった。そこから事件現場までは、六、七分といったところだろうか。その前の通りで犯人が事件現場に向かったとすると、八分ほどの時間がある。犯人が事件現場に着くのは、ギリギリの時間だった。とすれば、その前か、その前の通りで事件現場に向かった可能性が高い。

 この前の前の通りなら、町会が設置した防犯カメラがあった。しかし、もう一昨年も前の事件だ。映像は残っていないだろう。

 駅から事件現場まで歩いて見た。自転車でつけて来たとしても、被害者には分からなかっただろう。何しろ、携帯に夢中だったからだ。

 事件現場に来た。再び、映像を再生した。今度は匂いに注目した。十二月二十日のことだから、制汗剤の匂いはしなかったが、ヘアリキッドの匂いはした。

 この三件とも同一犯だ。そして、新宿で起こった事件の犯人でもあることもはっきりとした。

 今日はこれで良しとしようと思った。

 僕はきくとききょうと京一郎の方に向かって走っていった。

 

 帰りの車の中で、きくが「今日はどうでした」と訊いた。

「上々だった」と答えた。

「そうですか。子どもたちは喜んでいましたよ」

「そうか。良かった」

「ええ」

 

 今日のことを整理した。

 まず、犯行の手口が三件とも同じで、西新宿公園と北園公園で起こった絞殺事件とも同じであること。そして、犯行時間が非常に短いこと。

 今回は自転車を使っていたかどうかは分からなかったが、西新宿公園と北園公園で起こった絞殺事件と同一犯であるのなら、自転車が使われた公算は大きい。

 ヘアリキッドの匂いは、西新宿公園と北園公園で起こった絞殺事件と同じだったこと。制汗剤は同じものもあった。

 何よりも、犯人は、最初から被害者を知っていて襲ったことだ。通りがかりの事件ではないということだ。

 曜日は決められていたが、日時は夜というだけで、その日でなければならなかったのではない可能性が高い。釣りをしていても、すぐに魚がかかるわけではない。仮にかかったとしても逃がしてしまうこともある。犯人は、犯行をするとき、何回かトライしている可能性がある。そして、たまたま成功した場合だけが、事件として公表されることになったわけだ。

 事件として公表される……。

 犯人はそれも目的の一つだったかも知れない。人目につかない時間帯があるにしても、人通りのある公園だった。その日のうちにではなくても、次の日には、必ず遺体は発見される。犯人はそれも計算のうちだったかも知れない。

 自分が犯した犯行が公表されて興奮する。そういう性癖があるのかも分からなかった。

 取りあえず、今考えつくのは、これくらいだろうか。

 

 風呂に入ると、ききょうが「パパ、今日は楽しかった」と抱きついてきた。京一郎も負けじと「楽しかった」と足にしがみついてきた。

「そうか、楽しかったか」と僕は言った。

「パパともっと遊べたら、もっと楽しかったのに」とききょうと京一郎が言った。

「ごめんよ。パパは疲れていたんだ」と言った。

「パパ、疲れていたの」とききょうが言った。

「うん」

「お仕事、大変だものね」と言った。

「うん」

「躰を大事にしてね」とききょうは大人のようなことを言った。

 僕は笑った。

「ああ、大事にするよ。ききょうと京一郎がいるもんな」と言った。

「ママもいるよ」と京一郎が言った。

「そうだな。ママもいるな」と僕は言った。

「何だか、楽しそうですね」と外にいたきくが言った。

「ママも入ったら」とききょうが言った。

「それじゃあ、誰が、洗濯をするの」と言った。

「そうか」と京一郎が言った。

 洗濯機は全自動で、乾燥機能も付いていた。ただ、汚れのひどいものと自分のショーツは洗ってから、洗濯機に入れていた。だから、きくが一番最後に風呂に入ることになるのだった。

 

 夜になって、きくが眠っているのを確かめると、時を止めて、ベッドから出た。

 机からひょうたんを取り出すと、リビングルームに向かった。

 長ソファに横になって、ひょうたんの栓を抜くとあやめが現れた。

「今日は大変だったんですからね」とあやめは言った。

「分かっている」

「昼間から働かされたんですよ」と言った。

「それも分かっている」

「だったら、どうなるかわかっていますよね」とあやめは言った。

「ああ、覚悟している」と言った。

「じゃあ、遠慮なく」と言って、あやめは僕に交わってきた。